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「問いを立てる力」から考える、経営とリベラルアーツ


(本記事は、某メディアでの掲載用に執筆したものです。諸事情で公開できなかったので、このNoteの第一稿として公開させていただきます)


「経営(マネジメント)において重要なのは、正しい答えを見つけることではなく、正しい問いを探すことである。間違った問いに対する正しい答えほど、役に立たないものはない。」(P.F ドラッカー)



 AIがますます仕事と生活に入り込み「答え」が溢れる時代だからこそ「問い」が重要になります。答えはある意味で「飽和」しています。一方で「枯渇」しているのは問いの方です。

皆さんの働く組織を見れば明らかでしょう。膨大な説明資料、リサーチ結果のデータ、パワーポイントプレゼンテーション、それに加えてWeb上に溢れるありとあらゆる情報。当然読みきれないほどの情報に囲まれ私たちは働いています。

しかし「問い」はどうでしょうか。ミーティングや対話の中で、参加者から生き生きとした「独創的で視点を変えるような問い」が生まれるという組織は多くありません。「この膨大な情報は、結局何の問いに答えるためのものか」も曖昧なままです。

膨大なプレゼンテーション資料や説明資料を禁止する企業も増えています。Amazonの創業者ジェフ・ベソスはパワーポイント資料を原則禁止していますし、日本でもトヨタ自動車などは報告や分析資料を原則的に1枚で表現するように求めることで知られます。発信する情報ボリュームを制限されることで、当然人は「答えるべき重要な問いは何か」に意識を向けるようになります。

 では、この「問い」を立てる力とはどのようなもので、どうすれば磨けるのでしょうか。また先進企業ではどのような取り組みが行われているのでしょうか。著者がピーター・ドラッカーをはじめ先人から学んだ考え方といくつかの事例を見ながら、一緒に考えていきます。

 「問う」力とは、人を活かす力

 大学で学生に経営やビジネスの理論を教えるときに常に心がけていることがあります。それは「問い」をベースに話を組み立てるということです。

「もし会社がほぼこの世に存在しなかったら、どのような世の中になる?」
「人がやる気になる条件を1つあげるとしたら、あなたは何だと思う?」

といった問いです。問いかけによって、聞き手の「関心」「注意」を呼び覚ますことができます。「問い」こそが、人の主体性や創造性を引き出す鍵です。だから良い経営者・マネージャー・リーダーは問いの立て方が極めてうまい。メンバーが自分の頭を使って答えを見つけ出すような問いを発します。答えようとする中で人が主体的に考え、チームワークが促進され、顧客価値も高まるような問いです。

名著「ビジョナリ−・カンパニー」(日経BP社)の著者ジェームズ・C・コリンズはこう書いています。

「教育で効果を上げたいのなら、正しい答えを示そうとしてはだめだ。よい質問をすることに集中するべきだ。」

マネジメントとは人の成長を支えながら成果を上げる仕事です。だから、このコリンズの考えはそのまま当てはまります。「事業は何か?」「顧客は誰か?」「顧客に撮っての価値は?」など、「問い」を立てることでマネージャーの脳を刺激し、眠っている発想やアイディアを引き出してきたピーター・ドラッカーは、この「問い」の大切さを特に説き続けてきた人でした。私が20年前にクレアモント大学院大学に留学していた際に、彼の話を身近で聴いて「ドラッカーの経営学は、『問いの経営学』なんだな」と実感したことをよく覚えています。彼のマネジメント理論は何より人間を活かすことを重視しているので、ある意味当然かもしれません。
 
 「問いを変える」から始めてみる

 人間は1日に何千回、何万回も問いに答え、選択していると言われます。問いの内容によって出す答えも変わります。マネジメントでも全く同じです。たとえば「どうすれば部下を命令に従わせられるか?」という問いには、そのための答えが探されます。その結果、答えが見つかって強制的に言うことは聞かせられたとしても、自発的なアイディアが生まれる組織にはなりにくい。感情的なしこりも残ったままでしょう。

優れたマネジャーは最初から目的を意識した正しい問いを探します。このケースで言えば「どうすれば部下と自分の間で、組織の目的を達成するための最良の方法について、できる限り合意できるか?そのためにはどのような行動が必要か?」といった問いがより良い答えを生み出すかもしれません。重要なのは、日々のマネジメント実務の中で無意識に問いが浮かんだら、

「目的は何だろう?今の問いは目的に向かうために正しいものか?」

と自問することです。例えば、ビジネスシーンで頻繁になされている問いを目的に照らして以下のように変えることはできるはずです。

•「どうすれば、もっと売上げを伸ばすことができるか?」
→「顧客が我が社に求めていることで、我が社がまだ提供できていないこと何だろう?」

•「どうすれば、イベント来場者を大幅に伸ばすことができる?」
→「どのような価値を高め、何を伝えれば、人はもっとイベントに足を運んでくれる?」

•「どうすれば、部下のモチベーションを高めることができる?」
→「部下個々人は、そもそもどのような価値観、欲求を持って働いているだろう?どうすれば、それらを少しずつでも実現していける?」

問いを変える前と後では何が違うのでしょうか。もともとの問いは、答えを急ぐ問いです。本質的な目的や価値を考えることなく、答えを急ぐ(急がせる)問い。これに安易に答えると、何度でもまた同じ問いに戻ってくることになります。価値ある成果は上がらず、組織も人も成長しません。記憶に新しいところでは、社会的問題になった某中古車販売企業の管理スタイルは典型的に「数字の答え」だけを即座に求めるものでした。数字が出るか出ないのかしか問われない世界では「数字さえ出せば正解」という文化が根付き問題行動が頻発するのは当然です。その結果もっと短期的に結果を求める問いしか出なくなり悪循環にはまります。MBAを持っている後継社長がそんな基本的なマネジメント原則も理解していなかったのが残念です。

 問いを変えることは決して難しくありません。まずは、今社内で無意識に問われていることをメンバーと一緒に確認してみるだけでも効果があります。

「待てよ。今立てるべき問いはこれで合っているかな?より大事な問いって何だろう?難しいね。。どう思う?」

これも十分大切な「問い」です。このような悩みや葛藤を率直に見せてくれる上司の「問いかけ」によって、部下たちは創造性を発揮するスペースが与えられます。正しい答えより、正しい問いを一緒に探す。コストが一切かからず、抜本的なイノベーションを生むことができるマネジメント原則です。

 欧米企業で広がる「哲学をイノベーションに繋げる」動き

 多くの方がお気づきだと思いますが「問い」によって真理を探求するのは「哲学」が得意とするアプローチです。古代ギリシャ時代の「ソクラテス式問答法」がその源流といえます。「経営はリベラルアーツだ」と明言するドラッカーが、問いをベースにした経営学を発案したことはある意味当然の流れとも言えるでしょう。

 最近では、最先端のテクノロジー企業でも哲学的な問答、思考、対話を企業経営の中核に取り入れるケースが増えています。哲学研究者であり起業家でもある吉田幸司氏によると、10年ほど前、哲学の博士号をもつD.ホロヴィッツが米グーグル(アルファベット社)の提供するサービスのパーソナライズ機能やプライバシーの問題などに関わる開発プロジェクトを主導していたことをきっかけに「インハウス・フィロソファー(企業内哲学者)」がスタートアップ企業でも雇用され始めていることが話題になったと言います。2014年に、米アップルで著名な政治哲学者J.コーエンがフルタイムで雇用されたというケースもあります。同様に、哲学研究者で自らもメタ社に2019年から4年間企業内哲学者として在籍した経験を持つ佐々木晃也氏は「近年哲学者が民間企業でワークするという動向、いわゆる『企業内哲学(in-house philosophy)』の動向が世界的に見られる」と自身の論文で明言しています。また、これらは個人の哲学者が企業内で雇われるケースですが、前述の吉田氏によると欧米では「哲学コンサルティング」の企業や団体も設立されており、それらを利用するケースも増えているそうです。

 哲学的な知は企業のイノベーションや戦略にどう役立てられているのでしょうか。「センス・メイキング」(プレジデント社)などの著書で知られるデンマークのコンサルティングファームRed Associate社は、哲学をはじめ多様な人文、社会、自然科学の知を統合した独自の手法で企業に戦略やイノベーションに関する提言を行っています。同社のパートナーであるミッケル・B・ラスムセン氏への取材を元に、WORKSIGHT誌は以下のような内容を記事で紹介しています。(一部文言は藤田が補足)

「例えば、アディダスから『ランニングシューズにおける市場シェアが落ちている』との相談を受けたとする。普通のコンサル会社であれば『なぜシェアが落ちているのか』を調査するところだが、彼ら(Red Associate社)は違う。まず『この会社は今まで何を(どういう事業を)やってきたのだろう』『競合他社は何をやっているのだろう』『関係がありそうなテクノロジー(技術)は何だろう』といった切り口でデータを収集する。そして得られたデータをもとに『なぜ市場シェアが落ちているのだろう』ではなく『なぜ、人間は走るのだろう』と考えていく。」

 有名な投資家ピーター・ティールの「賛成する人がほとんどいない、あなたにとって大切な真実はなんだろう?」という問いかけも有名です。「出現する未来」(講談社)で広く知られるようになったUプロセス理論のC・オットー・シャーマーは、「あなたの仕事で一番大事な問いは何ですか?」というたった一つの質問を150人強の科学者や社会起業家にぶつける共同研究を行ないました。多様なリベラルアーツの知や問いを経営に取り込んでいる世界の最先端企業と比べ、日本企業のマネジメントはいまだに「上位下達」型が多く、遅れてしまっているように感じます。 

 問いが生む「本当の知識」

 ドラッカーは「知識労働者(ナレッジワーカー)」という言葉を50年以上前に世に出しました。知識労働者とは、工場や設備の有無にかかわらず、知識という生産手段を自ら携行し、いつでもどこでも成果を生む労働者のことを指します。知識について彼はこう言います。

「知識は、本の中にはない。本の中にあるものは情報である。知識とはそれらの情報を仕事や成果に結びつける能力である。」
(ドラッカー 「創造する経営者」より)

ここでいう「本」は現代の「AI」に置き換えることができると私は思います。本もAIも基本は、これまで人間が生み出した情報を誰もがアクセスできるように編集されたものであるからです。しかしそれは、本当の意味でマネジメントにおいて価値を生む「知識」とは言えないとドラッカーは言います。彼の言葉をそのまま借りれば、それらは「情報」です。その情報を、実際に顧客の満足、従業員のモチベーション、社会の人々の幸せに結びつけるためには、その過程で人間にしか発せられない無数の良い「問い」が必要になるのです。それを忘れなければ、生成系AIの卓越した能力と人間独自の能力が融合され、経済的にも、社会的にも、倫理的にも正しい「答え」が数多く生み出されると私は信じています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

以上

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