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問題なく順調に進むプロジェクトよりも、問題を起こしながらそれを解決していくプロジェクトの方が最終産物がデカくなる

僕はアメリカの製薬会社で働く日本人研究者です。仕事がら僕が関わるプロジェクトというのは、将来薬になるかもしれない薬の種の研究開発です。とても幸運なことにいくつかの画期的新薬を世に出すプロジェクトに関わることができました。反面、それを遥かに上回る数の途中で開発中止となったプロジェクトにも関わりました。それらは、本当の薬となることなく、散っていきました。中止となったプロジェクト全てが完全に無駄になったという訳ではなく、将来のさらなる画期的新薬につながる重要な知見を残してくれたり、個々人に次のプロジェクト成功につながる貴重な経験を積ませてくれました。なので、それぞれのプロジェクトの最終産物というのは、世に出た薬だけではなく、そこで蓄積された貴重な新たな知見や個々人の成長・経験も含まれます。そして、これまでたくさんのプロジェクトに関わり、僕が痛感した法則が、「問題なく順調に進むプロジェクトよりも、たくさんのチャレンジングな問題を起こしながら、何とかそれらを解決し、育てていったプロジェクトの方が、最終産物がデカくなる」というものです。

生体内の新陳代謝の機能によく似ているかもしれません。ずっと同じ細胞が組織に居座り続けるのではなく、年老いて機能が衰えた細胞は、自ら死んでいったり、免疫細胞に食べられて消滅し、その空いた空間を、新たに生まれた若い細胞が埋めて、臓器組織全体の機能を維持していく。プロジェクトも、当初の予定通りに全く問題なく順調に進むことなどなく、問題を起こしながら、それを解決することで、より健全に育てられ成長していきます。そしてとてもおもしろいことにその問題が大きく、その問題解決策が劇的なものほど、成長も大きく、最終産物がデカくなる傾向があると強く感じます。

自ら問題を作り出しておいて、それを解決したら高評価を受けた

僕の関わったあるプロジェクトでは、それまで僕の責任担当である安全性の研究が僕の計算通りに順調に進んでいました。最初の規制当局との対応も順調ですんなり受け入れられたため、次の規制当局との対応を舐めてかかり、きちんと戦略を練って万全の体制で臨むことを怠りました。結果、2番めの規制当局との対応では僕が作成した文書は受け入れられず、追加の試験が課せられ、プロジェクトは滞り、それを解決するのに1年を要しました。僕の責任担当部分で不合格をもらってしまったわけです。しかし、1年後に問題を解決し、規制当局から受け入れられ、プロジェクトの開発が再度進み始めると、問題解決の第一の立役者として僕は高い評価を受けました。もちろん、僕も大喜びしました。でも、冷静に振り返ってみて、不思議な感じがしました。そもそも、僕が万全の準備を怠り、自らで問題を作り出したのです。その上で、自分で作り出した問題を解決したら、高評価がもらえたのです。もし、当初から万全の準備をして、プロジェクトを順調に滞りなく進めていたら、今回の問題解決を高評価は得られなかったのです。でも、面白いことに、これは僕の個人的な評価の利益だけに留まりませんでした。プロジェクトは1年遅れることになりましたが、その間に行った問題解決のための研究成果でプロジェクト自体がより強固で盤石なものになりました。プロジェクトをすんなり順調に進めていたら、最終産物はこれほど盤石なものにはなっていなかったのです。

この他にも不注意で起こした予期せぬ実験結果で、プロジェクトに余計な問題を作ってしまったこともありました。しかし、その問題解決の過程から、思わぬ新たな知見が見出され、それが新たな論文につながったこともありました。
結局中止となったプロジェクトですが、中止となる前に、何とかプロジェクトを救おうとチーム一丸となって行った研究成果を、今後の画期的新薬の開発に役立つ新たな知見として論文にできたこともありました。

たくさんのプロジェクトに関わってくると、思い出に残っているものと、あまり思い出に残らないものがありますが、たくさんの問題を抱え、苦労したプロジェクトの方がずっと思い出深いです。僕には子供はいませんが、世話のかかる子ほど可愛い親のような心境でしょうか。

問題の大きさと最終産物の大きさの相関関係

僕の限定的な経験に留まりますが、とても面白いことに世に新薬として送り出せた成功プロジェクトの多くは、その過程で大きな問題に何度も直面していると感じます。成功プロジェクトでも、比較的順調に大きな問題もなく進んだものは、市場に出した後のインパクトが大きくないとも感じます。一方、画期的新薬と呼べるこれまで十分な治療法のなかった領域に大きなインパクトが与えられる薬では、開発途中で大きな問題がいくつも起きていると実感できます。逆に考えると画期的新薬を世に出すためには、大きな問題がつきもので、そのような大きな問題がないということは、画期的ではないということかもしれません。

問題に感謝

翌々考えてみると専門性を武器として仕事をする人はすべて、その専門領域で何らかの問題が起き、それを問題を解決することが仕事と言っていいかもしれません。すべてマニュアル通り順調にことが進み、問題が起こらなければ、その領域の専門家は、自分の知識・経験を駆使して、問題解決して自分の仕事をする機会がないのですから。

問題が起こると反射的に嫌だと思ったり、拒絶したくなると思いますが、その際には自分に言い聞かせようと思います。

  • 問題は自分の仕事を作ってくれる

  • 自分に活躍の場を与えてくれる。

  • 自分を成長させてくれる

  • 意味があって起こっていることで、プロジェクトや人をより強固に成長させてくれるもの

問題に感謝!




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