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アメリカ転職 トランジション戦略 前の会社を退職後、次の仕事を始めるまでに何ができるか?

僕はアメリカの製薬会社で働く日本人研究者。2023年でアメリカ上陸20周年を迎えた。5度目の転職を決め、11月22日に前の会社を退職し、12月4日より新たな会社で働き始める。前の会社を退職後、次の仕事を始めるまでに何ができるか? 次の仕事でよいスタートが切れるように、トランジション戦略を考え、実際に実行してみた。


1. これまで働いた会社を振り返る

先月まで働いた会社での2年と数か月を振り返る。3つの質問を自分にした。

何ができた?

  1. ふたつの早期プロジェクトを臨床試験開始まで進めるなど、会社にとって大きなマイルストンにいくつも貢献できた。

  2. 皆から信頼を得て、仲間と楽しくエキサイティングに働けた。

  3. 大きなミーティングでインパクトのあるプレゼンをする経験を何度も味わえた。それ以前にいた大企業では味わえなかった存在感・貢献感を大いに堪能する機会だった。

  4. 本業のトキシコロジストに加え、アメリカに来てからは諦めていたパソロジストの役割も経験し、自分の商品価値を広げられた。

何ができなかった?

入社当時に掲げた3つの大きな目標

  1. 会社初の新薬を世に出すこと

  2. 新薬承認の結果を踏まえてその実績を論文発表すること

  3. 新薬承認の勢いに任せ、自分のグループを発展させ、自分も昇進すること

これら全てが、夢と散った。最終の臨床試験結果が新薬申請のための基準に及ばず、プロジェクトはとん挫した。自分のグループを大きくするどころか、プロジェクトの失敗とともに全社員の半数がレイオフされ、一緒に働いてきたたくさんの仲間を失った。

なぜ転職を選んだ?

入社当時に掲げた三大目標のすべてが達成できなくなった。新たな目標を作り直して会社に残ることと、転職して全く新たな挑戦を始めることを、イメージして比べたら、圧倒的に後者にワクワクした。そして、その期待通り、これまで住んだボストンではなく、新天地サンフランシスコで新たなワクワクするポジションを得た。

これらの質問に対する自分の答えは、新たな会社でのスタートダッシュの準備に役立つはずだ。

2. 区切りをつける

当初はもっと曖昧な区切りしかイメージしていなかった。せいぜい、少し高級なレストランに行って、妻と一緒に美味しいディナーを食べて、転職とこれからの始まるボストンからサンフランシスコへの大移動をお祝いするくらいのことを考えていた。ところが、前の会社を辞める1週間ほど前になって突然、妻が驚きの提案をした。「この際、チャンスだからポルトガル旅行しない?」
確かにアメリカ東海岸に住んでいてヨーロッパには旅行しやすい。これまでも、ヨーロッパの国の中でまだ行ったことがないポルトガルにはいつか行ってみたいねと話していた。ただ、転職のことで頭がいっぱいの僕は、この時期に海外旅行までは全く考えていなかった。旅行のことはいつも妻が入念に計画してくれる。旅行となっても、僕は実質自分の荷造りくらいしかしなくていい、というか、それ以外は役に立たない。

突然の提案で少し驚いたが、確かに新たな会社で仕事を開始するまで漫然と11日間自宅で過ごすより、思い切って旅行して、非日常を楽しんだ方が、区切りづけにはもってこいだ! 前回の転職の際は1週間のトランジット期間を家でゆっくり過ごしたが、実際に何をしていたか?覚えていない。それならいっそのこと、大胆に遊んで、思いっきり区切りをつけ、その後、スタートダッシュに集中する方がよい。メリハリがつく。11月23日~29日までポルトガルを旅行し、その後、新たな会社が始まる4日間はスタートダッシュの準備に集中すると妻と約束し、妻の大胆な提案に乗ることにした。

そして急遽ポルトガル旅行となった。偉そうに大胆な旅行計画をしたように聞こえるかもしれないが、実際は飛行機、宿泊、旅程全て妻ひとりで計画を立て、僕はそれに便乗させてもらっただけだ。

リスボンの街並み
ベレンの塔
ジェローニモス修道院
ナザレの街並みと砂浜
ペーナ宮殿

食べ物がおいしくて、素敵な街並みの広がるポルトガル、リスボン中心の旅行は、期待以上に楽しかった。妻のち密な旅行計画のおかげで毎日おいしいものを食べ、リスボン近郊のほとんどの見どころを回ることができた。とても良い区切りがつけられた。妻の大胆な提案に感謝!

3. 新たな会社でのスタートダッシュを準備する

逆算してみる

僕はすでに57歳。65歳まではこのままアメリカで働き続けたいと思っている。5年後の62歳の自分、そして8年後の65歳の自分をイメージしてみる。
どんな人間になっていたいか?
どんなポジションで、どんな仕事・役割をしていたいか?
何を達成していたいか?
資産はどれくらいにしておきたいか?
などなど
65歳までに残された日数は約3000日。日数換算すると、驚くほど短く感じる。1日1日を大切にせねば!と気が引き締まる。

新たな会社でやりたいことを言語化する

以前の会社の振り返りと将来の自分のイメージから、新たな会社でやりたいことを言語化してみる。

  • 即戦力として自分の位置を確立する。

  • これまで経験した低分子化合物医薬、高分子タンパク医薬に加えて、新たな分野となる核酸医薬、遺伝子治療医薬を経験して自分のキャリアを広げる。

  • トキシコロジストのリーダーとなり新薬を世に出す。それを論文にする。

  • 若手のトキシコロジストを育てる。

  • せっかく手に入れたパソロジストとしてキャリアも維持・発展させる。

トランジション戦略の骨組みづくり

実際のスタートダッシュは会社に入ってからしかできないが、どんなことに焦点を当てるか?のトランジション戦略の骨組みづくりは進められる。インプット(学び)とアウトプット(貢献)に分けて骨組みを考えた。会社に入ってからどのようなことを学び、それを基にどのように貢献し、よいスタートダッシュを決め、上記の言語化したやりたいことを実現させるかの戦略を練る。

インプット

学ぶことはさらにハードとソフトに分ける。

ハード

  • ゴール(目標):会社全体のゴール、自分の所属する部署のゴール、直属上司のゴール

  • プロジェクト:自分が担当することになるプロジェクト、そのプロジェクトで自分が真っ先に取り組むアクションアイテム

  • ミーティング:上司との1on1ミーティング、自分が所属する部署のミーティング、担当するプロジェクトのミーティング

これらは、実際に会社に入ってしまえば、すぐに目に見えるものだ。だから、これまでの自分の知識・経験を活かせば、すぐに明らかにできるはずだ。よりチャレンジングなのが、ソフトだ。

ソフト

  • 人:直属上司、同僚、プロジェクトチームメンバーの人格、人間関係

  • 文化:意思決定プロセス、ミーティングスタイル、チームワークスタイルなど

こちらは目に見えない、僕の苦手とするところだ。でも、それぞれの会社で異なる。そして良いスタートダッシュを決めるには超重要項目だ。特に直属上司やその他のキーパーソンのコミュニケーションの仕方・好み、チームワークのスタイル、意思決定プロセスなどが、以前の会社とどう違うか比較しながら明らかにしていき、自分のアウトプット戦略に活かす。ここを疎かにすると、不必要に人間関係を悪化させたり、周りに混乱を招いたりすることになる。

アウトプット

アウトプットは、短期的と中長期的に分ける。

  • 短期的アウトプット 早期に周りの仲間から信頼を得ていくための小さな貢献
    (例、担当するプロジェクトの緊急アクションアイテムをスピーディーに完了し、チームメンバーから感謝され、信頼を獲得する)

  • 中長期的なアウトプット 自分の強みを活かし、自分の位置を確立するための規模の大きな貢献
    (例、担当するプロジェクトの中長期研究開発プランを立てて、重要なミーティングでプレゼンし、上司や周りから信頼を得ながら、自分の裁量で能動的にプロジェクトを推し進められるよう自分の責任範囲を広げていく)

もちろん短期的アウトプットにまず取り組む。インプットで得たハード情報の中から自分の経験を活かしてすぐに完了でき、仲間の信頼を早期に得やすいものを選ぶ。その時にソフト情報を疎かにしない。会社独自のコミュニケーションスタイル、意思決定プロセスに即した形で貢献する必要がある。
例えば、自分が担当することになったプロジェクトで、ある試験を完了させ、その結果をチームに伝えることが、有効かつ重要なアウトプットの場合があるとしよう。もちろん、自分のこれまでの経験を活かし、的確なデータ解析で、分かりやすいプレゼン資料を作り、理路整然としたプレゼンをすることは重要だ。だが、ソフト情報を無視すると大けがをすることがある。それぞれの会社独自の、あるいは上司やその他のキーパーソンが好むコミュニケーションのスタイル、意思決定プロセスがある。本来、上司に先に伝えるべきものを、それをすっ飛ばしてチームにプレゼンしてしまえば、信頼を得るどころか、上司との信頼関係を台無しにしてしまうかもしれない。

僕のような内向的で不器用な人間は、アウトプットの準備には、本来の仕事だけでなく雑談の準備まで含まれる。仕事・プロジェクトの話の方が具体的だから実は簡単だ。急に何の前触れもなく振られる雑談の方が、僕のような人間にはやっかいだ。何の準備もなく、急に不慣れな話題を振られると凍ってしまう。外向的な人から見ると信じられないかもしれないが、日常生活、趣味、仕事以外で考えていること、家族・友達など、それぞれでどのようなことが自己開示できるか?あらかじめ準備しておく。雑談を疎かにしてはいけないことはこれまでにたくさん学んだ。仲間との信頼関係を得るには、仕事・プロジェクト以外にどれだけ自己開示できるかも大きく関わる。幸いこちらは、実際のスタートを切る前に準備を始められる。

インプットとアウトプットのバランスをとる

以前、僕は、憧れていた素晴らしい会社に入れたにも関わらず、よいスタートが切れなかったことがある。自信がなく、失敗を恐れ、インプットを重ねるばかりで、アウトプットができなかった。入社してしばらく何の存在感も示せず、空気のような存在だった。典型的な、インプット>>アウトプットの失敗パターンだ。トライアンドエラーが許され、失敗しながら、自分の成長を模索していくアメリカで、こんな消極的なアプローチをとっても誰も手を差し伸べてはくれない。

短期的アウトプットは、少々問題が生じても、一般にインパクトが小さいので、トライアンドエラーが許されるキャパシティが高い。特に内向的で小心者の僕のような日本人は、とかくインプット>>アウトプットに傾きがちだ。トライアンドエラーを繰り返しながら、適応していくのが全く自然だと意識しながら、少々大胆に攻めていくくらいでちょうどよい。

ただし、僕のように典型的な目標達成型人間で、とかくハード面だけに目が行きがちな人間は、ソフト面に注意することを忘れないようにはしなければいけない。とにかく上司やその他のキーパーソンと頻繁にコミュニケーションをとってゴール・コミュニケーションスタイル・意思決定プロセスなどがずれないようには気を付けなければならない。

アウトプット>>インプットの失敗例もたくさん見てきた。スタートダッシュで目覚ましい勝ちをとりたいと焦って、インプットが不十分なまま、大きなアウトプットで自爆してしまうパターンだ。新しい会社での文化・意思決定プロセスも把握しないまま、過去の自分の限定的な経験のみから自分の意見をまるで唯一無二の正解のように主張する。本当にそれが唯一無二の正解なら救世主となるが、実際は唯一無二の正解とそれ以外はすべて明らかな誤りなどという事象はめったにない。これをやらかして入社後、あっという間に上司とぶつかって去っていく人、要注意人物、一緒にやりたくない人のレッテルを張られてたくさんの敵を作ってしまう人を何人も見てきた。

基本的なストラテジーはこうだ。インプットをある程度したら、短期的アウトプットストラテジーを早めに立てる。リスクを取って短期的アウトプットでトライアンドエラーをしながら、自分のスタイルをアジャストしていく。次第にアウトプットを多くしていき、アウトプットで貢献が増えていけば、仲間から信頼を得られるようになる。仲間からの信頼が得られたら、いよいよ中長期的大規模なアウトプットにトライして、部署内、プロジェクトチーム内、会社内での自分の位置・役割を確立していく。

ルーチンを守る

新たな会社でよいスタートを切ると言っても、集中しすぎて私生活を疎かにしたら、おかしくなる。運動・睡眠・食事で自分にとって良いルーチンになっていることは、スタートダッシュに気合を入れすぎて犠牲にならないように注意する。運動・睡眠は自分のコントロール下で自分の責任だが、食事はほとんど妻が作ってくれる。転職に伴い今後、ボストンからサンフランシスコへの移動、サンフランシスコでの家探しが待っている。これは妻にも大きな負担がかかる新たな挑戦だ。妻にもかなりのストレスをかけている。妻のサポートも当たり前のことのようにせず、感謝し、気遣うようにせねば!と強く自分に戒めている!

さもよいスタートダッシュが決められるように偉そうなことを書いてみたが、さあ、明日、新たな会社でのDay 1。どうなるか? 
ワクワク、ソワソワ!




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