見出し画像

手っ取り早く即戦力人材を調達する超ジョブ型雇用が生むアメリカの歪み

僕はアメリカの製薬会社で働く日本人研究者です。今、アメリカの製薬業界では転職活動が超加熱し、新たな人材を採用しても、すぐにその人材が他へ流れてしまう現象が起こっています。超ジョブ型雇用のアメリカでは、どの会社も手っ取り早く即戦力で使える人材を、他社から引き抜きたいために、どんどん引き抜き合戦が加熱化しているのです。その結果、リクルーターから引く手あまたに転職話がやってくる即戦力人材と、即戦力人材となれないためなかなか良いポジションにつけずに経験を積めない若者の間に大きなギャップができる職種が増えてきました。

人を育てるメンバーシップ型 手っ取り早く即戦力調達のジョブ型

僕は人を大切に育てるメンバーシップ型雇用の日本と、よい雇用条件で手っ取り早く即戦力人材を調達する超ジョブ型雇用のアメリカの両方の雇用形態のいいとこ取りをしてきました。戦略的にやったのではなく、たまたま本当に恵まれた時代に社会に出て、その後、運良く米国に渡ることができたからでした。

僕が社会に出たのは日本のバブル景気が弾ける直前の1990年初期。僕は日本の大手製薬会社の研究員として採用されました。大学時代に遊び呆けていた僕を、会社に入ってから上司・先輩がゼロから鍛えてくれました。当時の僕の大切な仕事は、新薬候補の薬の投与によって、体の中の臓器組織・細胞に異常が生じないかどうかを、顕微鏡で確認するする仕事でした。そのためにはあらゆる臓器の組織・細胞が正常時にはどのように顕微鏡下では観察され、異常が生じるとどのような反応を起こすかを知識として習得しなければなりません。大学時代にそれらを何も習得してこず、使い物にならない僕をみて、当時の上司たちは僕を特訓することにしました。毎日、午後の2時間、グループのリーダー、副リーダー、そして2年上の先輩の3人が、下の写真のような複数で観察できるディスカッション顕微鏡というものを用いて、顕微鏡での観察の仕方を手取り足取り教えてくれたのです。学生気分が抜けずにいた僕は、昼ごはんを食べて眠くなる午後に2時間も顕微鏡の特訓を受けることを、恐れ多くも「眠いのに勘弁してほしいなぁ」などと迷惑に思っておりました。グループリーダー、副リーダーはその後、僕が所属していた安全性研究所の所長・副所長にまで上り詰めるとても仕事のできる人たちでした。2年上の先輩もその後、アメリカに派遣され大活躍される僕の将来の見本となった仕事のできる先輩でした。当時は迷惑とさえ思っていた特訓でしたが、今思い返すと、とんでもない贅沢な教育を、仕事中に給料をもらいながらさせてもらっていたことになるのです。

一度に複数の人が観察できるディスカッション顕微鏡

その後、この日本の製薬会社は、ようやく学生気分が抜けて、より研究者として成長していきたいと思うようになった僕に、大学院に行って博士号を取得する機会をくれました。博士号を取得し、仕事でも何とか使い物になるようになると、長年の僕の夢だった、アメリカ支部への出向も叶えてくれました。このように、人をゼロから育て、一人前にしていくメンバーシップ型雇用の日本の会社のお陰で、僕は夢だった米国に渡ることができたのでした。

超ジョブ型雇用のアメリカでは、このように人をゼロから育てあげる職場環境は存在しません。ジョブディスクリプションに明記されていることが即戦力としてできる人材を初めから募集します。すでに即戦力として使い物になる人材しか採用しないのです。このため、若い研究者は、大学院で博士号を取った後も、即戦力人材になるために、ポスドクとしてインターンとして社会に通用する経験を自らで積んで成長していかなければなりません。ゼロから人を大切に育て上げてくれる日本と比べると、とても厳しいキャリアアップを強いられます。

僕は日本の製薬会社からアメリカ支部へ出向し、そこでアメリカでの新薬申請などの経験を運良く積むことができました。その経験を自分の履歴書に書くことができたため、アメリカ企業の現地採用のジョブディスクリプションを満たす即戦力人材になることができ、そのままアメリカで転職し、アメリカに永住することができたのです。今度は、アメリカのジョブ型雇用の恩恵を得て、アメリカに居座ることができたのです。

ゼロから僕を育ててくれた日本の会社から見れば、僕はひどい裏切り者です。僕は、日本とアメリカの雇用形態のいいとこ取りをして、今、アメリカに居座っているのです。僕がもともとアメリカに生まれていたとしたら、果たして自分は今の地位に至るまで、自分の力だけでキャリアアップできただろうか?と思うこともあります。

即戦力調達の超ジョブ型雇用が生んでしまう世代間ギャップ

コロナ禍でバーチャルでの転職活動が用意となり、転職の周期が更に加速しました。僕もそれに乗って昨年、転職をした人間のひとりですが、いざ自分が自分の部署を成長させ、人材を確保・育成していかなければならない立場に立つと、超ジョブ型雇用が生んでしまう世代間ギャップを感じるようになりました。使いやすい即戦力人材は、常に供給より需要が多くなるため、タイミングよくジョブディスクリプションにピッタリあった人材を採用することがとても難しいのです。即戦力人材不足のため、若干経験不足でも人材育成をしながらジョブ型雇用せざるをえない時代になったことをひしひしと感じます。

大企業では、即戦力人材不足のため、じゃっかん経験不足でも若い人材を、人材育成も兼ねて囲い込む動きが始まりました。例えば、僕の携わる新薬の安全性を研究する仕事では、ヒトの安全性に関わる重大な判断が要求されるので、資格制度があります。資格をすでに持っている人材を採用するのがもっとも効率的な方法ですが、人材不足のため容易ではありません。大企業では、「将来資格制度を取れるようにその教育・サポートもするからぜひ我が社に入ってくれ」と若い人材を囲い込むようになり始めました。

僕がいるスタートアップの小さな会社でも、即戦力人材が簡単に採用できず、少々経験不足の若い人材の採用を考えなれけばならない時代に来ました。若い人材にとって小さな会社に入るメリットは、入社すぐから大企業では味わえない大きな仕事に携わり、さまざまな経験ができ、一気にキャリアアップできることでしょう。

日本とアメリカの雇用制度のいいとこ取りをしてきた僕は、この人材育成を兼ね備えた新しいタイプのジョブ型雇用を進化させることがとても楽しみです。僕の都合の良い勝手な解釈ですが、これから人材育成に取り組むことは、僕をゼロから育て、アメリカに永住するという夢まで叶えてくれた日本の会社、上司、先輩への少しでも恩返しになるのではと考えています。

自らで考え、キャリア形成していかなければならない厳しい時代が来た

大学時代は遊び呆けて、社会人になってからゼロから育ててもらうという古き日本の時代はもう終わりました。自分の力で自分のやりたい仕事を選ぶジョブ型雇用の時代にそのようなゼロから人材育成する制度に戻ることも良いことだとはぜんぜん思いません。ただ、自らで自分のキャリアアップを真剣に考え、常に変化し続けなければならない、とても厳しい時代が来たとは感じます。自らの責任で、キャリアアップの機会が来たら、すぐに変化できる準備をしておかなければならない。ただ、同時に、仕事である程度のことを成し遂げようとすれば、ある程度の時間が必要なことは当然で、リクルーターが好条件の新たなポジションを頻繁に持ってきてくれるからと言って、あまりに短期に転職を繰り返してしまったら、やがて何も大きな仕事ができていない空っぽのキャリアが出来上がってしまう。

僕ができることは、自分がこれまでに日本とアメリカで受けてきたものすごい恩恵に感謝し、たとえ短期で転職されようとも、自分のチームや周りで働いてくれるメンバーのキャリアアップは全力で応援することだと思っています。若い人材を育成することにより、自分自身のアウトプットも増加し、自分自身のキャリアアップの相乗効果も得られる次世代を育てる新しいタイプのジョブ型雇用に貢献したいです。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?