見出し画像

アメリカ転職 会社の去り方 

僕はアメリカの製薬会社で働く日本人研究者。2023年でアメリカ上陸20周年を迎えた。2023年も終盤に差し掛かったところで5度目の転職を決め、11月22日で2年と3か月勤めた会社を去った。超ジョブ型雇用で、転職を何度も経験するアメリカでは、会社の去り方もとても重要だ。

過去に最悪の会社の去り方をした。直属のボスとの人間関係が悪化し、突然、同僚に挨拶もできないまま、次の職を見つける前に会社を逃げるように去らなければならなかった。次の職を見つけるまで6か月もかかった。6か月後に転職できた会社は、以前からあこがれていた素晴らしい会社だった。しかし、それにも関わらず、よいスタートダッシュはできなかった。それは前の会社の去り方が最悪で、それを引きずってしまったからだった。だから、転職先でよいスタートダッシュを切るためにも、すがすがしく前の会社を去ることはとても重要だ。

アメリカでの退職プロセス

転職のために退職する場合、ほとんどの会社で2週間の事前通知が義務づけられている。2週間あれば仕事の引継ぎが行えるからだ。退職者は、退職届(resignation letter, resignation notice)を直属の上司に提出する。ほとんどの人が2週間きっかりで会社を去る。場合によっては、余っていた有給休暇を使い切り、ほとんど出社しないまま会社を去る人もいる。退職届を受け取った直属上司は、人事部と連絡をとり、退職の手続きがスタートする。その後すぐに上司は自分の部署内やその他の関係部署に~がいつ退職するかをオフィシャルにアナウンスする。退職者とやり遂げなければならない仕事や確認事項がある者は、それらを退職者が会社を去る前に完了するように指示する。上司からのオフィシャルなアナウンスメントに続いて、退職者自身が担当するプロジェクトの関連するメンバーに直接連絡し、退職までに詰めておくことを確認する。最終日に会社の規定に則った最後の給料が振り込まれる。同時にラップトップパソコンやオフィスへのアクセスバッジなどを返して退職のプロセスが終わる。

すがすがしく会社を去るためにできること

会社の規定に従って退職までのプロセスを素っ気なく淡々と行って会社を去ることもできる。でも、すがすがしく会社を去るためにできることがいくつかある。

心の整理(10/30~11/5, 退職の3週間前)

退職プロセス自体は素っ気なく機械的に行われるものだが、実際の退職者の心理はそんな単純なものではないはずだ。転職活動をして、新しい会社へ移る決断まで、一緒に働く仲間には何食わぬ顔をして、これまでと変わらないように働かなければならない。仲間を欺く、裏切り者の罪悪感を持つ。自分勝手と謝りたい気持ちになるのも自然だ。仲間に不満があって辞めるわけでないなら、良い仲間と一緒に働けたことに感謝する。たとえ不満がある仲間に対しても、どこか感謝したいところはあるだろう。罪悪感はある。感謝もする。でも、自分の人生だから、自分の決めたやりたいことを選択したのだ。分かってもらえるか?もらえないか?かは、相手次第。自分ではコントロールできないから、どう受け止められるかは相手に任せるしかない。

一緒に働いてきた仲間を驚かせ、失望させるかもしれないけど、最終的にはゲームを楽しめ!と思うことにする。会社を去ることを告げた後、それぞれの人が、どんな接し方をするか?ゲームだと思って、それぞれの人を観察して楽しむ。残念がってくれれば、とても光栄なことだ。残念がってくれた上で、それでもエールを送ってくれれば、とても嬉しいことだ。伝えたとたん冷たくされれば、それだけの関係だったということ。それぞれの仲間の人間性と、自分との関係を反芻する良い機会となる。転職の多いアメリカでは、会社を去ってもLinkedInで弱く繋がっていられる。それぞれの人が会社を去ることを告げた後、どのように接してくれるかで、その弱いつながりが、簡単に切れてしまうものか?細く長く切れずに繋がっていられるか?決まるかもしれない。

上司に伝える(11/6、退職の16日前)

サインをした退職届をいきなりメールで上司に送りつける人もいる。でも、僕は、まず上司に面と向かって自分の口から退職する決断をしたことを打ち明け、話し合った上で退職届を出すことにした。毎週、月曜日の朝10時から1時間、上司のメアリー(仮名)と1対1のミーティングをしている。彼女はリモートで働くので、実際に面と向かって会うことはできないが、ビデオ越しに顔を見て話すことはできる。そこで退職を告げることにした。通常は、ミーティングの前、朝6~7時に1~2ページにまとめた進捗状況を彼女に送るようにしていた。そうすれば毎回、彼女は、僕がだいたいどのようなことを話し合いたいか事前に把握できる。だが、この日ばかりは、進捗状況の最初に僕の退職についてが書かれているので、事前に送るのを控えた。

毎週行っている1対1のミーティングだが、退職を伝えなければならない日はミーティングまでがとても長く感じた。彼女は、僕が退職の話を切り出すなどとは想像もせず、いつもの進捗状況確認のミーティングのつもりでいるだろう。そんな彼女を突然退職の話で驚かせなければならない。10時直前にビデオミーティングに入り、彼女を待った。とても緊張した。

少し遅れてメアリーがビデオミーティングに入った。僕はできるだけ落ち着いてゆっくり話すように心がけた。(それでも実際は緊張して早口になっていたかも。。。)
「メアリー、驚かしてごめん。実は会社を退職することに決めました。」
もちろん、彼女は驚いた。でも、OKと言ってくれた。
僕は続けた。
「とても魅力的な新たなポジションを見つけました。自分のさらなるキャリアアップのためにとても魅力的なので、それを無視して見送ることはできませんでした。驚かして、そしてがっかりさせてしまって、ごめんなさい。でも、自分の人生なので転職すると決めました。」

メアリーはとても落ち着いていた。「だから、いつもの朝一番の進捗状況のメールが今日は来なかったのね。もちろんKatsuが辞めるのは、残念だし、仲間もショックを受けるだろう。でも、転職を決めたということは、今の会社ではできないさらなるキャリアアップができる、とても良いポジションを得たということでしょう。だから、おめでとう!」と言ってくれた。これで、僕も大分落ち着くことができた。次は退職日を決めることだ。

「2週間の事前通知なので、本日11月6日から2週間後の11月17日を辞める候補日としています。でも、仕事の引継ぎのためにサンクスギビングホリデーの直前11月22日まで伸ばすことで、引継ぎ作業に余裕が持てるようなら、喜んで退職日を11月22日にします。」と伝えた。メアリーは、それはとても助かると言ってくれた。それで、僕は退職日を11月22日としてメアリーとのミーティングの後にオフィシャルな退職届を出すことにした。

転職先の会社名は次の仕事を開始するまで伝えない

残された者からしたら、僕がどんな会社に転職するかは当然興味がある。だから「よかったら転職先の会社が、どこか聞いてもいい?」と聞かれる。でも、実際に転職先で仕事を開始するまで、会社名は伝えない方がよい。転職活動の際にはたくさんの人を巻き込む。転職先の何名もの人とインタビューをする。複数の会社に応募すれば、巻き込む人の数は何倍にもなる。転職活動の最終段階になってリファレンスチェックが必要となると、かつての同僚が僕のサポートのために時間を削って転職先と電話で話してくれる。特に僕のいる転職の多いバイオファーマの業界では、誰が誰とつながっていて、僕の転職のことが、誰から誰へどのように伝わるか分からない。自分から直に転職を伝えたいお世話になった人や大切な友人に別のルートから風のうわさのように伝わる事態は避けたい。だから、実際に新しい会社で仕事を開始し、LinkedInの自分の仕事先をアップデートするまでは、会社名までは公表しない方がいい。

特に大切な仲間には直に伝える(11/7、退職の15日前)

メアリーとのミーティングで僕はもう一つお願いをした。通常は、変なルートで退職のうわさが広まり、要らぬ混乱を招かないように直属上司から他の社員全体に退職者のことがアナウンスされる。上司や人事部の指示を待たずに、退職者が勝手に自分の退職を周りに触れ回ることは禁じられている。でも、僕は特に大切な仲間には、オフィシャルなアナウンスメントで僕の退職を知るのではなく、直に自分の口から伝えたいとお願いした。メアリーは僕の意向を分かってくれた。人事部と掛け合ってくれて、全社員へのアナウンスを待って僕に半日の猶予をくれた。そのおかげで自分の部署の仲間にはそれぞれビデオコールして直に自分の退職を告げることができた。もちろん、退職の予定を告げた際には、それぞれにショックを受けていた。でも、同時に直にすぐに伝えたことに感謝してくれた。

全社員へのアナウンス(11/8、退職日の14日前)

退職を告げた2日後の早朝7時、まだ仕事が始まる前にメアリーは、僕の退職を全体にアナウンスするメールを発信した。すぐに数名の親しい同僚から、退職を残念がってくれると同時にエールを送ってくれるメールが僕のもとに届いた。とても光栄で嬉しいことだった。そして気持ちがとても楽になった。これで自分の退職を誰にも隠す必要がなくなった。

「立つ鳥跡を濁さず」以上の引継ぎ(11/8~22、退職日まで実質11日間)

退職が決まると、ほとんど引継ぎをせずに、場合によっては残っている有給休暇を使いまくって辞めていってしまう人もいる。でも、そんなこと繰り返しながら転職をしていけば、いずれツケが回って来るだろう。

引継ぎを全力を尽くして最後まで行う。立つ鳥跡を濁さずどころか、すべて整理整頓して、跡を磨き上げてから去る。これまでの感謝に、利息を付けて返すくらいの気持ちで引継ぎを行う。このことで最も恩恵を受けるのは他の誰でもなく自分だと過去の退職経験から学んだ。

やりかけている仕事は完了するまで、あるいは切りの良いところまでやって引継ぎしやすくする。これまでに自分が行ったプロジェクトの仕事を整理整頓して、引き継ぐ人が簡単に見つけられるようレガシーファイルとして共用フォルダに移す。1on1ミーティングを開いて、レガシーファイルフォルダにはどのような情報ファイルがどのように整理されて保管されているか? どのように見たいファイルを見つけるか? 保存されたファイルはどんな時にどのように役立つか?などをしっかり時間をかけて説明する。

しっかりした引継ぎをすればするほど相手は感心・感謝してくれる。相手から感謝されれば、すがすがしく会社を去ることができる。引継ぎをサボって後ろめたい気持ちを持ったまま逃げ去るのとは雲泥の差が生まれる。相手に感謝される引継ぎをすることで最も恩恵を受けるのは、他の誰でもなく自分自身だ。

特に大切な仲間とは1対1で話す時間を作る(11/13~22)

11月14日、僕の所属する部署でお別れランチ会を開いてくれた。社内で大きな会議があるとても忙しい週だった。リモートで働く上司のメアリーも自宅があるフィラデルフィアからボストンまで5時間以上ドライブして会社まで来てくれた。大切な会議のある忙しい週なのに、僕のためにさらに時間を取らせるのは申し訳なかったが、皆で顔を合わす最後の機会だったので、素直にお別れランチ会を開いてもらった。内向的な僕は大人数で雑談するのは苦手だ。でも、この日ばかりは、皆が様々な雑談で楽しそうに笑っている顔をみるだけで(良い仲間と働けた。名残惜しい。感謝!)と思えた。

特に大切な仲間とは1対1で、短いオンラインミーティングを開いたり、オフィスのカフェでコーヒーを飲みながら話したり、ランチに行ったりして、話す機会を設けた。「いろんな人が関わっていて迷惑がかかるといけないので会社名までは言えないけど、今度の会社は比較的大きな会社で、扱っている新薬プロジェクトの種類も異なり、これまでの経験も活かしつつ、新たなチャレンジもあり、次のキャリアアップに必要な転職だと思ったんだ。しばらくはリモートで働くけど、会社はサンフランシスコ郊外のベイエリアにあるので、そのうちにカリフォルニアに引っ越すことになる。でも、これからも友達としてよろしく!」などと伝えた。

最終日11月22日は、アメリカ感謝祭の4連休の直前で、多くの人がすでに休暇に入っているか、自宅から働いていて、オフィスに来る人はほとんどいなかった。でも、後輩のインド人のニーラ(仮名)は、僕とのお別れランチのためにオフィスまで来てくれた。彼女は大企業からこの小さな会社に1年前に移ってきた。若い彼女は前の大きな会社では自分の所属するグループ以外の人と仕事する機会はなかった。この小さい会社に入って初めて僕を含めて様々な部署と関われるようになり、長い新薬研究・開発の過程で自分の仕事が他の部門とどのように関わり合っていくかの貴重な経験を楽しんでいるところだ。僕からもたくさんのことを教わったと感謝を伝えてくれた。僕もとても頭がよく、新しいことをどんどん吸収できる若いニーラを頼もしく思えた。「この会社でさらに経験を積んだら、また別の環境でさらに飛躍できること間違いなしだ。その時は、リファレンスで応援するから」と伝えた。

同じグループ内でずっと僕の大切なパートナーを務めてくれたデビッド(仮名)とは、最後の引継ぎミーティングをした後、最後の祝杯を挙げた。彼は学卒で仕事を始めたため、博士号PhDを持っていない。学歴社会のアメリカではかなりのハンディキャップだ。僕はPhDの代わりに、認定資格を取ることを勧めた。デビッドと僕のトキシコロジストの専門分野には幸い認定資格制度があり、社会に出た後にもキャリアステータスを上げるチャンスが残されている。デビッドは持ち前の素直さ、前向きさ、明るさでそれに向かって頑張っている。もちろん仕事では議論することはあったが、ずっとよい信頼関係で楽しく働くことができた。「これからも連絡を取り合おう(Keep in touch!)」と誓って最後の祝杯を終えた。

ゲームは楽しんだ

結局、僕の退職がアナウンスされた後も、誰もがプロフェッショナルな対応で僕に接してくれた。2年と3か月前、大きな目標を持って、この会社に入った。残念ながら会社の大きなプロジェクトが不成功に終わり、僕がこの会社に入った時の目標であった新薬を世に出すことは、夢のまま終わった。でも、この2年と3か月は、全然無駄ではなかった。たくさんの貴重な経験、エキサイティングな時間、素晴らしい仲間を得ていた。すがすがしく会社を去ることで、あらためてそれを実感できた。


#退職エントリ

この記事が参加している募集

退職エントリ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?