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運だけでここまで来たキャリア

自分のキャリアを振り返ると運だけでここまで来たとつくづく思ってしまう。たくさんの幸運なガチャを引いたおかげで今の自分がある。

幸運なガチャたち

時代ガチャ

バブル末期1991年に社会に出た。地方大学出身だったが何の苦労もなく東京の大手製薬会社の研究員になれるよい時代だった。

人材育成ガチャ

どっぷりメンバーシップ型雇用の時代だった。全く使いものにならない状態で入ってくる新入社員を懇切丁寧に一から育ててくれる時代だった。研究職についた僕は、仕事の傍ら大学院にも面倒を見てもらって博士号を取らせてもらえた。

人事異動ガチャ

将来アメリカで働いてみたいという夢を持っていた僕は、英語も話せず、仕事も一人前にこなせないうちから、上司との面談の際、いつも希望勤務地「第一希望:アメリカ、第二希望:ヨーロッパ」と書いて上司を困らせた。上司にアドバイスを受け、英会話を磨き、博士号をとると、2003年、僕の夢のアメリカ派遣を叶えてくれた。

転職ガチャ

アメリカに赴任して2年、アメリカでの仕事が面白くなった頃に、あと1年での帰国命令が出された。日本へ戻りたくない僕は急いで転職活動を行い。アメリカにとどまる方策を苦慮した。これまで僕をたくさんサポートしてくれた上司、仲間、会社を裏切って。

本来なら就労ビザで来ている僕のような立場の人間をわざわざ現地採用してくれるアメリカの会社はない。しかし、たまたま自分にピッタリのポジションを募集している日系企業のアメリカ支社があった。日本人で日本とのコミュニケーションが必要なポジションだったため、採用されることができた。このガチャがアメリカ永住を叶えてくれた。

アメリカ就労ガチャ

現地採用されアメリカに留まることができた僕だったが、それから2年足らずでプロジェクトの終焉とともにレイオフされることになってしまった。だが、絶妙なタイミングでグリーンカードが取れた。現地採用され時、グリーンカード取得のサポートを採用条件に入れていたのだ。これでアメリカ人と対等にアメリカの会社にも挑戦できる。

日本で教育を受け、キャリアを積んできた僕を、どれだけアメリカの企業が興味を持ってくれるか?最初は自信がなかったが、何とか純アメリカの製薬会社でポジションを得ることができた。

再び転職ガチャ

しかし、初めての純アメリカ企業挑戦は失敗に終わった。アメリカの会社文化に馴染めず、上司や仲間から信頼関係を得ることができなかった。2年足らずで、ほとんどクビの宣告を受けて、転職先も決まっていないまま会社を去った。

ほとんどクビのような状態で失業した僕を採用してくれる会社はアメリカにあるのか? 転職活動は以前よりずっと難航した。6ヶ月失業期間が続いた。しかし、最後には3社から採用通知がいただけた。しかも、その中のひとつは僕が日本にいた時から将来働けたらいいなと思っていたドリームカンパニーだった。そして、それ以降、そこで10年以上充実した仕事をすることになった。

人間関係ガチャ

キャリア全体を通して何と言っても最も幸運だったことは人間関係ガチャだ。
家族ガチャ:両親には、何の苦労もなく、日本で素晴らしい教育を受けさせてもらった。子供の頃はいじめにいじめ、兄らしいことは何もできなかったのに、ふたりの妹は僕を今でも慕ってくれる。
結婚ガチャ:僕はバツイチだ。はじめの妻は僕がアメリカに来てちょうど10年になろうかという頃、愛想を尽かされた。内向的な僕とは対照的に外向的な彼女は、日本にいる時から僕以上に海外に出ることに憧れていた。そんな彼女の夢を叶えたいというのも、僕が日本を出て、アメリカに永住したいという強い動機になった。もし彼女がいなかったら、アメリカに永住できていなかったかもしれない。そして彼女が僕から去ったことも、重要な自分の分岐点となった。もう一度、自分を魅力ある人間として、男性として、磨こうと思い直す重要なきっかけとなった。そして、今の妻と出会い、恋愛し、再婚することができた。
友人・仕事仲間ガチャ:海外赴任、退職、転職など自分の人生の分岐点の際は、いつも誰かが様々な形で助けてくれた。仕事でキャリアを積んでいく間も、とても素晴らしく才能溢れた仲間とともに切磋琢磨することができた。
最初に挑戦した純アメリカ企業の上司とは信頼関係が築けず、関係が悪化し、退職につながった。でもその上司との経験でさえ、その後の自分の働き方・人間関係に対する考え方を見直すためになくてはならないガチャだった。

なぜ幸運だったのか?

自分は本当にラッキーだったとしか言えない。生まれた時代、育ててもらった家族、入った会社、出会った人々、すべて自分がコントロールできない部分でただただ幸運だった。ただ、夢を持ち、イメージし、それを行動に起こし続けたことは、幸運がつかめたことに少しはつながったかもしれない。

ガチャの中には、わらしべ長者型のガチャも散りばめられていた。引いた時は、一見大外れ。とんでもないどん底に自分は落ちたと思う。でも、真剣にそれと向き合うと、そこにはとんでもない大当たりが潜んでいた。

例えば、日系企業のアメリカ支社からレイオフされた時だ。その時点では、大外れのガチャだ。でも、それが純アメリカの会社に挑戦する機会となった。
クビになった時も、その時点では、どん底だ。しかし、半年後、自分が日本にいた時から憧れていた会社に転職することができた。

前の妻に出ていかれた時も、もちろんその時点ではどん底だ。しかし、その衝撃が大きければ、大きいほど、それと同じパワーで自分と向き合うこともできた。その後、僕の仕事のパフォーマンスはバク上がりした。同時に私生活でも健康になり、今の妻と出会い、新たな恋愛をして再婚することができた。

どこまでこんな脳天気な考え方が通じるのかはわからない。でも自分がワクワクできるうちは変える気はない。




#わたしのキャリア


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