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なぜ、発信をするのか

・自分にできない理由ばかり探すのはやめなさい。
・分からないのは仕方がないからできることを始めなさい。
・明日やればいいと先延ばしをするのをやめなさい。
・一度やめたらクセになるから少しでもいいから続けなさい。
・気分が乗らないときこそ、考えすぎずに流し込みなさい。
・どんな人でも失敗をするから恐れずにやりなさい。
・自分が思う以上にできるから限界を作るのをやめさない。
・結果が出ないことがあっても自分の可能性を信じなさい。
・無理だと決めるのは他人ではなく自分だから今すぐ動きなさい。

これがすぐ行動できる8箇条である、と『きっと明日はいい日になる』という本に書いてあって、noteを書かずに眠いから寝ようとしていたタイミングでこの文章に出会い、今記事を書いている。

でも、夜な夜な眠たい瞼を擦りながらnoteを書いているんだろう?

その問いの答えとして偶然を意図的に創りたいのだと自分で気づいた。

『発信』とは自分の考えていること、気づき、経験を頭の中で言語化して声に出したり、文章にしたりしてこの世に誕生させることのことを言う。

元々なかったものがこの世に誕生するわけなのだから、その時点で誰かの人生の歯車に異変が生じている。

僕は昨日、自分のお店で出会った同級生とZOOMでお話する機会があった。当時はお互い大学生で未来について語り合った仲だったが、久しぶりに話して彼は起業をしていた。

心から尊敬をした。そんな中彼が
『かっちゃん(記事を書いている僕)のnoteを見て刺激もらってたわぁ』と言ってくれた。

僕は一時期毎日投稿を3ヶ月ぐらいしていたのだが、それについて久しぶりにあった彼がフィードバックをしてくれた。

こんなことを書くのはすごい大袈裟かもしれないし、ポジティブ過ぎるお話かもしれないが、僕のnoteが少なからず彼の起業をもしかすると、気持ち程度後押ししていたかもしれない、と今となっては考えられる。

僕がnoteを始めていなかったら、身内の子も僕の真似をして発信をしていなかったかもしれない。

こうやって自分から発信をしていなかったから彼ら、彼女らの明日は全く別の日になっていたのかもしれない。

発信することは『きっかけ』になるのだ。

例えば、発信することで、周りの人が読んでくれた自分に感想を言ってくれるようになったりするのだが、その感想を言ってくれるというイベントが起きている時点で昨日とは違う人生になっている。

つまり、一見偶然(たまたま)のように思えた出来事も実は自分の手で創出することができるのだ。

僕はnoteを始めた当初、同世代の不特定多数の人に向けて記事を書いていたが、最近は身内向け(フォローしてくれている友達)に記事を書いている。

なぜなら偶然は信頼、信用の距離感が近い方が起こりやすいと、僕は考えているからだ。

急に知らない人から、『お前記事書けよ』と言われても『いや、なんでやねん』となると思うが、知っている人が書いていたら『こいつが書いているんだったら俺も』とか『この前読んだ記事よかったよ!』と偶然を装った必然を創出しやすい。

そして、身内の行動がどんどん変わっていって、周りを巻き込んで欲しいし、どんどんその和が広がっていけばいいなと思う。

僕は共感が広がると言うのは自分と価値観が合うということだと、考えている。

自分と意見が合う人がどんどん増えていったら、めっちゃ人生楽しいだろうなぁと思う。。

だから、僕は周りを巻き込む為にも、まずは自分から発起人となる。

偶然は自分から創り上げていくんだ。










サポートはいらないです!!多分、僕より良い記事を書いたり、挑戦している人は他にもいっぱいいるので!