退職につながる二要因理論
前職で非常にお世話になった方が、退職をされるという話を聞いた。もうずいぶん長く働いていた方なので、そのまま定年かFIREするまで行くのかと思っていたが、思ったよりも早い退職の報せだったので、少し驚いた。
そんなことを思いながら、Yahooニュースを見ていると、こんな記事が目に留まった。
記事の中では、”給料が安い会社=離職率が高い”と考えてしまいがちと記載があったけれど、離職や転職はそこまで単純なものではない。
私は前職で人事を担当していたので、入社する人を迎えることもあったし、退職する人を見送ることもあった。正社員の退職は、無いとは言えないというか、めちゃくちゃ多いわけではなかったけれど、毎年一定数の退職があり、5~6年の間に見送った方の数はそれなりにある。
社員が退職する場合、特別なことがなければ退職前に面談を行う。
それは多くの企業で実施されていることだし、特に珍しいことではない。面談をして、退職の理由や背景などをお伺いするのだ。
ほとんどの場合、100%本音を聞き出せるということはない。もし100%本音を打ち明けられるような関係性を築けているのであれば、退職を決意する前に相談がある。実際に早い段階で相談をもらって、問題を解決して退職に至らずに働き続けたというパターンもあった。
しかし、退職を決意した後から、どのような説得をしても(一時的に思いとどまらせることが出来たとしても)、遅かれ早かれ退職になる。退職の決心というのは、そうそう簡単には翻せない程度に重い。
ちなみにここで言う「退職を決意」というのは、上司に口頭で話すレベルではない。口頭で退職相談であれば、話し合いの余地があるけれど、記入済みの退職届が提出されたら、もう翻すことは出来ない。なんとか翻意できないかと思って、あれやこれやと頑張るけれど、大抵は徒労に終わる。
さて、人はどうして退職するのだろうか。
リクナビ調べの退職理由ランキングによると、下記のようなものがランキングされていた。
上記にランクインいているような理由は、どれもどこかで見たような「あぁ、そうだよね・・・」と感じるような特に不思議のない理由たちが並んでいる。わざわざ言及することでもないかもしれないけれど、敢えて一言付け加えるならば、退職理由というのは決定的に大きな何かがあるというよりは、複数の要素が絡まりあって頭をもたげているときに、何かトドメのようなことがあって、退職を決意するに至る。程度とタイミングというのも、非常に大きな要素と言えるだろう。
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退職や仕事におけるモチベーションについて、少し違う角度からの考え方をご紹介しよう。
アメリカの臨床心理学者のフレデリック・ハーズバーグ氏が提唱した「二要因理論」というものがある。
仕事における満足度や動機形成においては、動機付け要因と衛生要因の2つが関わっているとする考え方だ。
動機付け要因は、仕事の満足に影響を与える。
例えば、「達成する」「承認される」「仕事そのもの(内容ややりがいなど)」「責任」「昇進」などがあり、これらが満たされると、仕事を通じて満足度を得ることが出来る。
もし仮に、これらが満たされていないからといって、すぐさま不満を引き起こすわけではないという点も重要なポイントだろう。
上記に挙げたような動機付け要因は、マズローの欲求段階説で言うところの自己実現欲求や、社会的欲求などに言い換えることができ、比較的高次元の欲求と位置づけされている。
衛生要因は、仕事の不満足に関わっている。
例えば「会社の方針や管理方法」「監督」「給与」「対人関係」「作業条件(環境など)」などがあり、これらが満たされていない場合、仕事に対する不満が発生し、モチベーションが低下する。動機付け要因と異なり、衛生要因は満たしていたとしても、満足感につながるわけではなく、あくまで不満を発生させないために守るという位置づけになる。
マズローの欲求段階説で言うならば、生理的欲求であったり安全欲求に近いものがあり、基礎的な段階に位置づけされている。
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中長期的に、雇用した人が退職をせずに働き続けられる会社というのは、衛生要因が満たされた状態(安心して働ける環境、待遇などがある)が維持されていて、且つ、仕事を通じて満足感が得られるような動機付け要因が満たされている状態(仕事を通じて働く理由が得られる)が揃っているということなのだろう。
難しいこととしては、どちらの要因の基準ラインも時代とともに推移することにある。
例えば、ひと昔前であれば一般企業で「週休2日」というのも、好条件の1つだったが、現在は週休2日なんていうものは当たり前になり、週休3日やフレックス制度などが好条件(もはや当たり前?)になりつつある。
仕事のやりがいや承認についても、ひと昔前であれば「もう管理職は目の前だな」というのは、出世頭にかける賛辞の一つだったが、近年では管理職を希望しない人が増え、「管理職」はポジティブ・ネガティブの両方の響きをもつ扱いが微妙なものに変わりつつある。
時代の流れとともに、基準ラインはどんどんと変わっていく。
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どうすれば退職を減らすことが出来るのか。
まず衛生要因をしっかり満たすことにフォーカスすることだろう。
これは、他社との比較で単純に把握をすることが出来ますし、"比較的"変えやすいもので、社内でのヒアリングを行って改善活動を行うということも可能と言える。
そして、衛生要因がある程度満たされてきたら、動機付け要因に挑む。「承認」というのは、上司や同僚からの声掛けなどもあるけれど、それ以前に「大切に見てくれている」と相手が認識できることが大切だ。普段の仕事ぶりや努力を知らない人から「よく頑張ったね」と言われるよりも、普段からよく関わってくれている人からその努力を認められる方が実感が持ちやすいから。
勘違いしてはいけないのが、大切に見るというのは細かく管理するということではない。可能な範囲で権限を与え、任せること。その上で、褒めて認める。文章で書くとこんなにシンプルなことなのに、部下を持つと途端に難しくなる。
「仕事そのもののやりがい」というのも、認識するのに時間がかかることがある。
なぜ、その仕事が存在するのか。その仕事の先に、どんな人がいて、どんな価値を受け取っているのか。
そんなことについて、時には数字で示したり、感情に訴えかけたりして理解できる状態に持って行くことが大切なのだ。
かつて、コールセンターの人事をしていた時のこと、あるオペレーター社員の方から退職の相談がありました。
私はその方の上司に確認しましたが、業務の成績は決して悪くはなく本人が悲観しているほどではなく、自身を持ってもらうために、普段から褒めたり、積極的な声掛けをしているという事でした。
しかしながらその方は、業務に自信が持てず、仕事を続けていくモチベーションがどんどんと小さくなってきていると話してくれました。実態と自己認識がズレている不幸な例です。
私はその方に大して、こんな話をしました。(ポイントだけ抜粋しています)
このやりとりは、ちょっとシンプルな例ではあるのですが、仕事に自信を無くしてやりがいも感じられなかったオペさんが、チームにとってどれだけ貴重な戦力で、お客様の役に立っているかを再認識するのに役立ちました。このお話をしたのはもう5,6年くらい前のことですが、今でもバリバリ頑張ってくださっているそうです。
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結局のところ、動機付け要因を満たすためには、対話を続けていくしかないのだと思います。
もちろん、先進的な取り組みをしている企業や、世の中にとって価値があるビジネスを展開している企業で働いていれば、”やりがい”を感じやすいかもしれません。しかし、企業やビジネスの存在価値と個人がそこで働く意味というのは、完全一致ではありません。
1人1人のビジョンや目的に大して、それが仕事とどのように紐づくのかをつなぐ言葉がなければ、認識にズレが発生してしまったり、一時的な出来事でモチベーションが下がってしまうということは悲しいかなどこにでもある不幸な話です。
退職防止に近道はありません。
普段から当たり前に声をかけたり、会話をすること。感謝をすること。成長実感が得られること。認められること。そんな環境を作り維持し続けること。
一つ一つは簡単だけれど、忙しい中で、維持し続けるのは難しいことです。組織として、個人として互いに努力して補完しあって初めて形になる。そういう意味では、退職を決めるタイミングは、従業員側に完全に主導権があるけれど、辞める前に何かできることがあるか?と一瞬だけ立ち止まって見るのも大切かもしれません。
これは「辞めてはいけない」という話ではなくて、どうやっても難しい環境や合わない環境というのはあるので、そういう時は迷わず辞してしまえばいいのだけれど、「本当にそうかな?」と少しだけ考えることは必要かな、と。そうでなければ、”ただの認識のズレ"があったときに、うっかり辞めてしまうことになるし、そこに気が付かなければうっかり退職を繰り返してしまうことになってしまうから。