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生命の起源における影響のループ:連鎖の分類と抽象化

ループ中心のシステムモデリングについて、考えてみたいと思います。

私は個人研究として、システム工学の観点から生命の起源の探求を行っています。物質や機能や性質のような要素に着目するのではなく、フィードバックループに着目するアプローチを取っています。この観点から、システムに現れるループをモデル化することが有用と考えています。

しかし、ループ中心のモデルを考えていると、混乱してしまう事が多くあります。それは、生命現象に現れるループが多面的であると同時に、多層的になっているためだと気がつきました。この記事では、このループの多面性と多層性について掘り下げて考えていきます。

■連鎖とループの側面

例えば、地球の水の循環は、物理的に水が海から蒸発して雨になり、山に降った雨が川になって流れて、やがて海に戻ります。このように物理空間の移動という現象が連鎖し、ループを形成しています。

一方で、一日の中での昼と夜の循環、一年を通しての季節の循環は、物理空間の移動とは異なる意味を持ちます。もちろん、これらが起きる原因は地球という天体の自転や公転という物理的なループによるものです。しかし、その物理的なループとは異なる意味で、状態の変化が連なり、循環しています。これは、状態遷移の連鎖が作るループです。

生物の中で行われている化学反応にも循環は多数見られます。反応Aの生成物が反応Bの材料となる、という形で化学反応が連鎖し、最終的にまた反応Aが発生する、といった循環です。これは物理空間や状態遷移のループとは、また異なっています。もちろん、物理的に物質が移動する事や、その物質の状態の変化を伴っています。しかし、同じ物質が循環上に移動したり、同じ物質の状態が循環しているわけではありません。化学反応を入力を出力に変換する処理と捉えると、その処理が連鎖し、循環しています。つまり、処理のループです。

このように、ループと一言で表しても、空間移動、状態遷移、処理といった様々な側面での連鎖が、ループを形成しています。

■影響のループ

ある処理が行われることで、その処理自身や他の処理が促進されたり抑制されたりする場合があります。例えばろうそくに火をつけると、その熱で固体のロウが溶けて液体になり、更にそれが揮発してガスになります。ガス状のロウは火の燃料となり、燃焼が促進されます。燃焼が促進されると熱が上昇したり、外部に熱が発散したとしても一定の熱が維持されます。この熱が再びロウを気化させます。

ロウソクは燃え方が一定になるように設計されていますのでこのループは一定の循環を維持します。他方、そうした設計がなされていないものに火が移れば、そこからはこの熱と可燃物の揮発の循環が時間と共に広がっていきます。

そこには処理のループの側面もありますが、燃焼現象の抑制を伴う自己維持的な循環や、自己強化的な循環をしているという点で、単なる処理のループ以上の意味を持ちます。

これはフィードバックを伴うループであり、表現が難しいですが、影響のループと言えそうです。

■影響とは

ここでいう「影響」とは、物質の移動、状態遷移、処理に対して及ぼす影響を指しています。抑制にせよ強化にせよ、移動、状態遷移、処理に与える影響が、ここでいう「影響」です。

この影響のループでは、これまでに挙げた各種のループ同士が、影響を与えあいます。物質が移動することで処理に影響を与えることがありますし、状態が変化することでも影響を受ける処理があるでしょう。ある処理の出力が別の処理の入力として使われること自体も、影響を与えていることになります。

このように、空間移動ループ、状態遷移ループ、処理ループの各々は、それ自体で影響のループになり得ますし、ループを形成していない空間移動、状態遷移、処理の断片的な連鎖が複合的に連なって、影響のループを形成することも可能です。

■価値と意味のループ

価値の判断ができる存在が介在すると、価値の連鎖という層も加わります。

この価値の連鎖では、価値があると確定している物から、つながりがある物は、全て価値があると捉えることができます。さらに、価値のループが形成されると、価値があるという確定しているものにつながりがなくなっても、この価値のループ内で価値が循環的につながり、その価値の循環が、確定した価値を持ち得ます。

このような、価値の連鎖やループの形成には、価値を判断できる存在が必要です。これは生物の知覚反応の仕組みです。

また、さらに情報に意味を持たせて扱うことができる存在が登場すると、意味の連鎖や意味のループという層も加わります。意味の連鎖も、意味があると確定しているものから連なる場合と、意味の循環が意味を確定する場合があります。

意味の連鎖やループの形成に必要な、情報に意味を持たせて扱う能力は、意識を持つ知能の仕組みです。

価値や意味は、空間移動、状態遷移、処理へ作用します。生物の知覚反応は、価値があると判断した方に物を移動させ、状態を遷移させ、化学物質を処理します。人間は意味があると判断したものを保護したり強化すたりする方向に、これらを操作します。

抽象的に言えば、価値や意味が、影響を及ぼしていることになります。このため、価値の連鎖や意味の連鎖も、影響の連鎖を担う事ができ、影響のループの形成に組み込む事ができます。

■内部と外部のループ

生物や知能など、影響のループにより自己維持や自己強化をしているシステムは、通常、内部と外部の間に境界を持ちます。

この生物や知能という容器の中に、生命や知性という現象が閉じ込められていると考えることもできます。しかし、その視点だけでは説明が難しい事も多くあります。生命の起源や、知性の本質などです。

影響のループという観点で捉えると、生命や知性は、容器の内部の構造やメカニズムだけでは、維持や強化ができないことがわかります。

確かに容器の内側にも複雑な仕組みがありますが、本質的には外部との影響のやり取りがなければ持続も形成もできません。おそらく、生命の起源の解明には、容器の内部だけでなく外部とのやり取りも深く考慮しなければならないでしょう。

その意味で、ループという視点、ループの様々な側面、それを抽象化した影響のループというレイヤーという考え方が、重要だと思っています。

また、影響のループが内側と外側の両面をつなげているという考え方は、生物の集団が形作る生態系や、知能の集団である人間が構築している社会を議論に持ち込みます。生態系や社会にも、影響のループは無数に存在し、これが個々の生物や知能の存続や強化に欠かせないものであることは明らかです。

従って、生命や知性を考える時、生態系や社会にも焦点を当てる必要があります。さらにいえば、生命の起源においても、おそらく化学物質の生態系や社会のようなものに、目を向けることが必要です。

■さいごに:生命の起源の探求への適用

生命現象を、処理のループの観点から捉えることを私は提案しています。生命を物質で定義しようとしたり、自己複製や自己調整といった機能で定義しようとすると、DNAや細胞が登場する以前の化学進化がどのようなものかを想像することが困難になります。

この点を踏まえて、私は、DNAや細胞が登場する以前と以後を共通のレンズを通して見ることができる、処理のループに着目するというループ中心の視点を重視しています。このループ中心の視点から、生命の起源の探求にアプローチしています。

今回の記事で、ループ中心の視点の基礎となる連鎖について、空間移動連鎖、状態遷移連鎖、処理連鎖、価値連鎖、意味連鎖といった側面を整理することができました。そして、これらを抽象化し、影響ループというレイヤーを抽出することができました。

これまで、これらの概念は頭の中でぼんやりと区別しているに過ぎませんでしたが、この整理で、明確にループの側面やレイヤを意識しながら議論を進めることが可能になりました。

生命現象の基礎的な視点としては、やはり生物を形成している化学物質と、それが生み出す化学変化による処理の連鎖に着目する必要があります。しかし、処理の連鎖は必ずしもループを形成しているとは限りません。

一方で、影響の連鎖の方に視点を移すと、生命は自己調整や自己強化を含め、様々な形で影響のループを形成していることが分かります。これは処理のループによって実現されている場合もあれば、処理の連鎖と空間移動や状態遷移が絡まり合って実現していることもあります。

知覚や意識を獲得した生物や知能であれば、さらに価値や意味もこの影響のループに加わります。

今後は、処理の連鎖とそのループだけでなく、影響の連鎖とループにも焦点を当てて生命現象を考えていきたいと思います。それにより、大きな謎の一つであるDNAの形成過程についても、アプローチできる可能性があると考えています。



<ご参考1>
以下のマガジンに、生命の起源の探求をテーマにした私の個人研究の記事をまとめています。

<ご参考2>
生命の起源の探求の個人研究の初期段階の内容は、以下のプレプリント論文にまとめています。
■日本語版
OSF Preprints | 生命の起源の探求に向けた一戦略:生態系システムの本質的構造を基軸とした思考フレームワークの提案
■英語版
OSF Preprints | A Strategy for Exploring the Origins of Life: A Proposal for a Framework Based on the Essential Structure of Ecological Systems



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