想起と記憶:意識のレンズ再考
はじめに
私たちの意識を形作る脳の働きから、意識における時間・空間・自他の観念が、中央と周辺に緩やかな厚みの差を持ちながら広がっている様子を意識のレンズという言葉で考えてきました(参照記事1)。
この記事では意識のレンズについて整理のために少し言葉を変え、少し新しい概念も取り入れて再考します。
構築された記憶と想起される現実
意識のレンズの中央付近には、想起される現実があります。
想起される現実は、その時に外界からの知覚や、身体内部からくる感覚を入出力しながら、脳の想起の能力(入出力がなければ夢を見せるような能力)により想起されるものです。
これに対して、レンズの周辺は、脳のハード的には長期記憶、ソフト的には潜在意識に記憶されているものに基づいています。
この周辺部分には、法則や世界観や人間観が刻まれています。これらは構造化されて記憶されていますので、構築された記憶、と呼ぶことにします。そしてこれらの構築された記憶は、想起された現実への入力にもなっています。
なお、場合によっては想起された現実が現実世界からの事実としての刺激によって訂正される時に、構築された記憶にフィードバックがかかって修正や更新がなされることもあります。
構築された記憶は構造化された記憶ですので、比較的言葉で表現しやすい形式知的なものを多く含みます。そこでは法則、世界観、人間観が明確に区分されて記憶され、利用されます。
一方で、想起される現実は、思考の中に立ち現れる現象です。これはかなりあいまいでありながら短時間であれば精度の高い予測ができます。そして、時間、空間、自己があまり明確に区別されずに混ざり合い、言葉で伝えることも難しい暗黙知的な形態です。形式化されていないからこそ、一瞬の判断やひらめきなど、短い時間に凝縮された知性を発揮できます。
もう一つの記憶:エピソード的記憶
また、ハードとしての脳の長期記憶には、構築された記憶以外に、エピソード的な記憶があります。これは構築された記憶とは別のメカニズムで記憶され利用されるもので、日常的に我々が記憶と呼んでいる物はこちらの記憶に属しています。
エピソード的な記憶は、特に想起された現実との差異があった部分を強調して記憶する性質があります。また、エピソード記憶は大量の情報であるため、選択的かつ限定的に想起される現実から引き出されて使用されます。
夢の中にいる時には身体的な刺激がないため、起きている時にはいつも引き出されるような記憶が、引き出されなくなります。この仕組みが、夢が、現実のエピソードとつながりのない荒唐無稽になる理由ですが、同時に、夢の中の私達はだいたい自分自身の人格を引き継いでいる理由でもあります。つまり、エピソード記憶は外界や身体からくる刺激によって識別される「状況」が引き出すための鍵になっていますが、構築された記憶は状況に関わらず想起される現実に利用されるという事です。
話を整理する
整理すると、以下のような構造になります。
長期記憶
構築された記憶
法則、世界観、人間観などが形式化されて保存される。
想起される現実と、現実世界のギャップがきっかけになって修正される場合がある。
状況によらずいつでも利用される。
エピソード的記憶
体験した出来事が形式化されて保存される
特に、想起される現実と、現実世界のギャップがあった部分が強く記憶される性質がある。
大量の記憶であり、状況に応じたものが、想起される現実から引き出されて利用される。
想起される現実
記憶ではなく、リアルタイムな思考によって現れる現実
構築された記憶から、法則、世界観、人生観などが提供され、その影響を受ける。
自動的に想起されるイメージであり、刺激や記憶とイメージに差異がなければ修正されない。差異があれば、その刺激や記憶に沿うようにイメージが修正される。
刺激として、外界からの刺激(目や耳からの知覚)と身体からの刺激(体の中の感覚神経)がある。
想起された現実から判断できる状況に応じて、その状況に即したエピソード記憶を呼び出して利用する。
こうした二種類の長期記憶の仕組みと、それらの記憶と外や内からの刺激が合わさって、「いま、ここ、私」という意識が作られるという考え方です。この意識は参照記事1で書いたように、個人の統合と、コミュニティの統合の働きも支えています。
個人の中での統合により、構築された共有記憶と、想起される共有現実とが芯の通った個人を形作ります。
また、コミュニティ内での統合により、構築された共有記憶と、想起される共有現実とが、団結力の強いコミュニティを形成します。
さいごに
少し概念を整理したことで、意識のレンズの考え方がすっきりしてきました。基本的な軸は同じですが、名称や構成を少し変えただけでも、考えがまとまりやすくなったかなと思っています。
参照記事一覧
参照記事1
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