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Be Positive

こんばんは。
本日はこちらの項目で書いていこうかなと思います。
少し、自分について軽く触れてみたいなと思ったから。

僕がどんな人間か。
昔は多分明るい性格で、誰にでも話しかける事ができたし、全てのことにおいて前向きに取り組める姿勢を持っていたように思うんです。

例えるならそう。。
『無邪気に』

しかし、中学に入ってからというものその考え方がガラッと変わってしまいました。

今で言うほどのものではないけれど、いじられキャラだったのだと思います。
人の酌量で言うといじめと言ってもおかしくはありませんでした。

これをきっかけに自分の事が分からなくなり、誰にも相談できず笑顔が減り、本来の自分を表に出すことの怖さを自分自身で体験してしまいます。

そこからと言うもの、僕の人生は自分自身に大きな意味を持つことをしなくなり、言葉で表現すると『もう1人の自分』を無意識的に作り、それを演技し続けていたように思います。

なぜかって。
本来の自分でいることが怖くなったし、これ以上またあのような体験をしたくないと脳にこびりついてしまったからだと思っています。

幼少期ほど社交的にもなれず、友達がいるというより、友達は本当に少なく、本来から持っていた他人のために何かをしていきたいという、本来の意味とは少し違う自己犠牲を元にした考え方が正しいと思い込み、行動を起こしていきます。

そうしていくと、どんどんもう1人の自分が強くなっていき、最終的には本来の自分はこうであると認識してしまうようになります。

多分これがトラウマなのかもしれないし、嫌なことから目を背けていくようになってしまったことなのかもしれません。

それからというもの僕は諦めが早くなり、すぐにまあいいやって考える癖が出ました。

それによって諦めたことも数多くあるし、いまだに後悔していることだって正直たくさんある。

それだけ、僕にとっての中学生活は苦しかった。
よく1人で泣いていたけど、周りには決して見せなかった。

それがかっこよくてそれが大人だと心底思っていたから、自分の心の傷の深さにも気づいていなかった。

でも唯一僕の心を救ってくれたもの。

それが音楽だった。
様々なジャンルの音楽、歌詞、曲風

とても自由に感じたし、たまに見つかるとても自分に刺さる歌詞も好きだった。

とても前向きに進めるきっかけになった。

もちろんいじめられていたと言っても多数からの目が辛かったのもあるけれど、それは今でも許せないというか、こんな経験がなければ違う道もなんていうたらればは浮かんでくる。

野球が嫌になってしまったのもそこに負けてしまった自分がいるからに違いない。

結局は全て自分であって、自分の気の持ちようだなとも思う。
ポジティブに生きようと思えたのは、少し前に自分について考えるきっかけがあったときに今の自分がすごく嫌いだったこともあって、本来の自分ってどうだっけっていうのを再び思い出す事ができたのが大きい。

今でも人に頼ることとか、信頼することは難しくてなかなか仕事とかでもコミュニケーションはうまく取れないけれど、昔に比べると笑顔も増えた気がしている。

何より大きいのは自分の笑顔が嫌いだった自分が今では自分の笑顔もコンプレックスも一つの大きな魅力と思えていること。

それもこれも、自分に合った生き方をしてみたいとか、自分がこうしてみたいと思ったことに忠実にいきたいと思えたからで、全て音楽からもらっているもの。

音楽は偉大だし、音楽は自分を勇気づけてくれるし、音楽は気持ちを前向きにしてくれる。

そんな音楽が今後もずっと好きだ。

過去は消せないけれど、未来を明るくすることも自分次第。

こっからが自分の人生だ。


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