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またとない日曜日

「ねこちゃん、すごいよねえ」と4歳娘に言われる。なんの話か分からないが、呼ばれたから隣に行ってみる。

彼女は、ポケモンのアニメを見ていた。

いつも「ママのパソコンでテレビみたい」と言われる。彼女の兄、つまり私の7歳の息子が本物のテレビを独占している。娘からするとテレビ、というのは画面に映しだされた動画、を意味しているようだ。テレビ=動画。パソコンで何か動画を見たいのだ。なので今日の午前中は、彼女にパソコンの使用権を与え、私はベランダで一人考え事をしていた。風を通すためリビングの窓を開けていたら、ベランダまで娘のケラケラ笑う声が聞こえていた。

小休止でリビングに入ると、「ママ、みてみて。ねこちゃんだよ!」と娘が興奮して話しかけてきた。チラッと見ると、大きな恐竜たちとピチューが画面に映っている。「ポケモン見てるの?」と聞くと「ママもいっしょにみようよ」と誘われた。

娘の重量感のあるボディが好きだ。隣に座ると、ついギュッと抱きしめてしまう。彼女は甘えん坊で触られるのが好きなので、いわゆるWIN-WINの関係だ。よく見ると目がいつもの目に戻っている。昨日の夕飯を食べ過ぎたのか、朝イチは腫れぼったくて別人のようだった。

イヤホンの片方が耳から落ちたので、またつけようとして邪魔な髪の毛を疎ましそうにしている。同級生に比べて彼女の髪の伸びるのは遅かった。長い髪に憧れる娘に「結んでほしい」と言われても、ずっとちょんまげしかできなかった。今はボブくらいになったので嬉しい。イヤホンをつけるのを手伝いながら「髪の毛が伸びてきたね」と何度も言ってしまった。

彼女が着ている濃いピンクのフリフリのトップスは、数日前にZOZOTOWNの黒いダンボールに入って届いた。丈が長いので、保育園には着ていけないかもしれない。去年だったら保育園に着ていけない服は買わなかった。お金がなかった。今年はお仕事が順調なので、不要不急のフリフリトップスも勢いで買える。

キラキラした目で、画面を見つめている。私も一緒に画面の中のポケモンたちを眺める。途中からなのでイマイチ分からないが、恐竜っぽいポケモンの群れの中にピチューがいて、サトルかサトシと女の子がいた。恐竜っぽいポケモンは大事そうにたまごを抱いていて、その周りをピチューがぴよぴよ飛び回っている。

するとピカピカ電子的な色合いで光りながら、ミュウが出てきた。ミュウが出てきた瞬間に「ねこちゃんだね」「ねこちゃん、すごいね」と娘が興奮している。なるほど、ミュウをねこちゃんと言っているのか。ミュウは、なんだか曲線的でツルンとしたシルエットをしている。

「みてみて。すごいよ」と言われてミュウを見た。ミュウは現れたり消えたり神出鬼没だ。また出てきたミュウを「ねこちゃんだねえ」と言いながら、嬉しそうな顔で見ている。娘に言われたからミュウを見た。が実は私は、ずっと娘の横顔を盗み見ていた。

子どもが産まれるのは不思議な感覚で、何にも比べづらい。どんどんと大きくなっていく。まるで昔からここにいたような当たり前感を出してくるが、この子は5年前には私の隣にはいなかった。そして5年後にも、私の隣にはいないような気がする。隣の部屋で一人テレビを見ている7歳息子の様子が、娘が一人行動を好むようになる日を予感させる。子どもが成長して親を離れるのは早い。

こうして隣の席で、一緒にポケモンを見る日はいつまでなんだろう。そのうち「一人で見たい」なんて言われる日が来るのかな。やっと耳が隠れるくらいに伸びた彼女の髪は、きっともっと伸びて肩に届くようになるのだろう。その頃には、このフリフリトップスは着れなくなって、この花柄のパンツも履けなくなるんだろうな。プニプニで筋肉のないお腹で鉄棒を頑張っていたら、上手になってきたね。数ヶ月前は私が持ち上げないとできなかったのに、今は勇ましく一人で前まわりをできる様子を見せてくれる。徐々にスラッとした体型になっていくのでしょう。舌ったらずの喋り方は、だんだんと標準の発音になっていくのだろうな。そして指しゃぶりのクセも治るのかな。でも寝顔は今と同じなんだろうな。

あらゆる条件が組み合わさって、今日という日が形作られている。買ったばかりのフリフリトップスを着た娘と、この家で隣に座り一緒にポケモンを見た日曜日。きっとまたとない、奇跡のような一日。そして明日起きたら、また濃い一週間がはじまる。

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