主語をデカくするな!

久々の記事で不満をたらたら垂れ流すのもどうかと思うのだが、これまでの記事もウンコみたいな不満や愚痴の連続だったので、今更どうでもいっか。

俺はこの前ネット記事を読んだ。ある芸能人の復帰の記事である。一応本人の名誉のため明言は避けるが、詳細を伏せて簡単に説明すると、某お笑い芸人で、某グルメタレントで、某有名女優の旦那で、某すれ違いコントで有名で、某エンタの神様なんかに出てて、某多目的トイレで、某マンケンを払って女をニャンニャンだとかして問題になって雲隠れしてしまった、某アンジャッシュ渡部さんの記事である。どんな記事かというと、某渡部さんの妻である某佐々木希さんの某Instagramに批判が殺到しているというものだ。

渡部さんが年末のガキの使いで復活するというニュースは、空気の読めない週刊誌のチャチャのせいで瞬く間に全国津々浦々に広まった。そしてそれをよく思わない人がそれなりにいるようだ。俺が読んだネットの記事というのは、アンジャッシュ渡部の復活をよく思わない人々がいるというものである。それはそうだろう。悲しいけれど、もうやっさんのいたような時代ではないのだ。それはもう変えられない時の流れとしか言いようがない。そして渡部の復帰をよく思わない人たちが、妻である佐々木希のInstagramのコメント欄に批判を書き込んでいるという。これもたいがい気持ちの悪い話だが、まあ、仕方ないだろう。いや、仕方ないと言ってしまいたくない気持ちはあるが、現代というのはそんなネット上の批判やお節介バカはついて回る。問題はその文面である。アンジャッシュ渡部の復活への不満の声が佐々木希のInstagramに寄せられたというその記事には、いくつかのコメントが引用されていた。そのひとつが俺はマジで気に食わないのである。
「国民は許さないよ」
これである。国民が許さないということになってくると、当然この俺も義憤に燃えていることになってしまう。いやいやいやいや、俺を巻き込むなバーカ! 気持ち悪っ! なぜ、私は許さない、と言えないのか。なぜ、自分が気に食わない、と主張できないのか。何をもって自分の怒りを国民の総意にしてしまってるのか、こんこんと問い詰めたい限りである。
こういった手合いは昔からいたが、SNSの普及でめちゃくちゃ可視化されるようになった。俺はその意見に同意するしないじゃなしに、もうそういう述べ方をされたら腹が立つ。意見を述べるのは自由だが、まず自分自身の意見だということを全面に出していくべきで、それができないのなら他人の批判などする以前の問題である。統計でもあるならまだしも、それもなしに、若者は皆そう考えている、男は皆こう思ってる、女は皆こう感じている、こんな風にして述べられる意見や主張、ましてや批判なんてウンコ以下である、ウンコ以下。だいたいそういう言い方をされると俺まで巻き込まれ、勝手にその意見の説得力の材料にされてる感があって非常に気持ち悪い。
主語をデカくせず、個人で勝負しろや! これマジで国民全員そう思ってっかんな!

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