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失われた栄光を取り戻す物語

前回の記事もよろしくお願いします。


 前回の記事では「もしも女子サッカーを題材にするなら、なでしこジャパンとその過去の栄光を完全に度外視して、現実と全くリンクしないフィクションにするのは難度が高いよね」と書きました。その理由も書きました。

 さて、現実と同じように、なでしこジャパンのようなチームが過去に存在した作中日本を舞台に女子サッカーの話を描くなら、それは必然的に「失われた栄光を取り戻そうとする物語」になります。

 ちなみに少女漫画もいいですが、かつてのヒット作である柔道漫画『YAWARA』のように青年漫画でもいけるかも知れません。(お色気ものではなく、きちんと勝負を描いた漫画でした。主人公とライバルのあり方も、男性向けの王道的な感じでしたね)

 話を元に戻すと、男子サッカーを扱った『ブルーロック』のように「これから栄光を勝ち取ろうとする物語」ではなく、女子サッカーの話なら、「失われた栄光を取り戻そうとする物語」になるだろうと思われます。

 もちろん絶対ではないです。そのほうがやりやすいだろうというお話です。

 で、「失われた栄光を取り戻そうとする物語」なら当然に、「これから栄光を勝ち取ろうとする物語」とは作風も設定も、主人公のあり方も異なります。異なるようにせざるを得ないと言いますか。

 たとえ少女漫画ではなく(お色気ものではない)青年漫画として描き、ゆえに男性向けの特質たる「目的達成志向」で、「きめ細やかな人間関係より、勝負にこだわる」話であっても、です。

 ある意味で、失われた栄光を取り戻すのは、これから栄光を勝ち取るより厳しい面があると思うのですね。

 何しろ頂点はすでに先達が極めてしまっているわけですよ。その状況、時代背景の中で、主人公たちはどうするのか?

 どうしても未来志向より、過去を振り返る物語になりがちと思います。過去の栄光と、それがなぜ失われたかを考えると、多かれ少なかれビターな雰囲気、作風にならざるを得ない。

 そうではないでしょうか?

 で、ここで例に出したのは女子サッカーですが、他にも「失われた栄光を取り戻そうとする物語」はあります。

 それは、ある種の類型です。つまり、だいたいいつの時代も一定して人気があるのです。

 もちろん「これから栄光を勝ち取ろうとする物語」も、ある種の類型です。いつの時代も一定の人気があります。

まとめます。

・物語の類型の中には、「失われた栄光を取り戻そうとする物語」と「これから栄光を勝ち取ろうとする物語」がある。

・類型である以上、どちらもいつの時代も一定の人気がある。一定の人気が見込める、と言うか。

・そもそもの土台となる類型が異なるのだから、作風も雰囲気も、主人公の態度も違っていて当然である。

・個々人の好みはあれど、どちらがより優れているという話ではない。

 さて、スポーツではなくファンタジーならどうでしょうか。ファンタジーにも当然、これらの二つの類型はあります。

 「失われた栄光を取り戻そうとする物語」には、たとえば没落した家の再興とか、もっとスケールを大きくして国家を再興するとか、そんなのはハイファンタジーで扱いやすいと思います。

 このような物語の場合、これから成り上がって貴族になる、あるいは自分の国を創る物語とは違う物になります。

 土台となる類型が異なる物語には、異なる長所と作風があります。

 世の中のフィクションは、男性向けと女性向けの違いだけではありません。

 いろんな違いがあるのです。

 『ダイの大冒険』や『鬼滅の刃』は、栄光を勝ち取る物語です。

 私が書いている『復讐の女神ネフィアル』は、主人公アルトゥールにとっても、ライバルのジュリアにとっても「失われた栄光を取り戻そうとする物語」です。

 取り戻したい栄光は、それぞれ違うのですが。

 ですから『ダイの大冒険』や『鬼滅』のようにすればいいと言われても、「そもそも土台となる類型(ストーリーの型)が違う」と答えるしかないのです。


 ここまで読んでくださってありがとうございました。また次回の記事もよろしくお願いします。

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