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『イギリス名詩選』よりジョン・キーツ『つれなき美女』

 岩波文庫の、国ごとに優れた詩を集めたシリーズがあります。その中で『イギリス名詩選』から、ジョン・キーツの『つれなき美女』をご紹介します。

 見事な鎧に身を固めた騎士が、妖精の美女に誘惑され、恋に呪われて丘をさまよう。そんな幻想的なストーリーが描かれています。

 『つれなき美女』の日本語訳は、他にもありますが、私としてはこの『イギリス名詩選』の訳が一番美しいと感じさせられます。

 英語の原文も載っており、読み比べるとニュアンスの違いが分かり、なかなか興味深いものです。

 欄外の訳者による注にいわく、「絵画的であり、浪漫的で、中世的な情調に溢(あふ)れている」とのこと。

 絵画的とは、つれなき美女の虜となった騎士の内心の想いを描くよりも、騎士の姿や妖精の美女の様子など、外側から見た情景を見事に言葉で表現しているのを指しています。

 浪漫的とは、ロマンチックな、という意味で、それもそのはず、ジョン・キーツはイギリスでも代表的なロマン派の詩人です。

 ロマン派とは、中世ヨーロッパの騎士道ロマンスなどにインスピレーションを得て理性的なものよりも、個人的な心情やロマンを芸術で表現していった人たちを指します。
 
 ひょっとすると、現代日本でも人気の中世ヨーロッパ風ファンタジーの源流は、このロマン派あたりにまで遡(さかのぼ)れるかも知れませんね。

 詩の中の騎士は、妖精の美女に誘惑され、彼女によって洞窟で眠りに就きます。

 目覚めた時には妖精の姿はなく、傷心の思いで冬の丘をさまよい続ける、そんな物語が、ごく短い詩で、実に美しく語られます。

 美しいだけでなく、これまでに妖精の美女に虜にされてきた王侯貴族や戦士たちの凄惨な声など、底知れない不気味さも表現されています。

 騎士はその様子を語ります。

「夢の中には蒼白い王侯や武者たちが現れた、
いずれも死人のように蒼ざめていた、
そして、叫んでいた、──『あのつれない美女が
お前を虜にしてしまったのだぞ!』と」

 中世初期、アーサー王伝説の時代から騎士道ロマンスがあり、その中で妖精の美女と人間の騎士が恋をする話もあります。

 ジョン・キーツは、おそらくはそこから着想を得たのでしょう。

 『イギリス名詩選』の訳者いわく、「キーツ個人の悲恋が反映されているようにも思える」そうですが。

 いつか、この詩をモデルにファンタジー小説を書きたいのですが、未だ実現には至りません。

 どうやっても、原案の美しさと神秘と、奥深い雰囲気を表現し切れる気がしないのです。

 だから今も書けずにいます。

 私の大好きな詩です。

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