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【サスペンス小説】その男はサイコパス 第31話【愛情と温情は、必ずしも最善ではない】

マガジンにまとめてあります。


 何とか自首まで持ってゆきたい。自分が通報しても証拠不足だ。

 自白は正式な警察の取り調べであっても、確たる証拠とは扱われないことが多い。取り調べの圧迫を受けたなら、何でも言ってしまう人間が多いからだ。冤罪を防ぐために、自白は重要な証拠とはされない。だから、取り調べを受ける前にこちらから自首してもらわなければならない。

 知也としては、水沢が抱えているであろう、良心の呵責に訴えるしかなかった。

 水樹は叔父に同情しているが、実際にやったことを知れば、あえて隠し立てはしないだろう。それでは危険が大き過ぎる。

「水樹は、警察からセキュリティの件であなたの名前を出されなければ、自分からは何も言わなかったでしょうね」

「……そうでしょうね」

「自首してください。隠し通せる自信がおありなら別ですが」

 意図的に突き放す言い方をした。警察がどこまで調べているかについて、知也はくわしくは知らない。自首しなければ、証拠不十分で起訴どころか逮捕もされないかも知れないが。

 それは言わないでおく。

 しかし当然だが、自首なら格段に心象は良くなる。それは言うまでもない。水沢も知っているはずだ。

「あなたの言われるとおりです、きっと隠し通せはしないでしょう。水樹にも、迷惑を掛けてしまいました。彼は何も悪くはないのに」

 これで終わったか。

 観念した様子の水沢を見て、知也は冷静に判断した。

「罪は軽くなりますよ。今のうちに自分から警察に連絡を入れてください」

 とにかく警察から連絡が来ないうちに、だ。水樹が水沢の件を知らせてしまったので、遅かれ早かれ任意での出頭をしろとは言ってくるだろう。そう、警察から先に出頭してくれと言ってくるにしても、まだ任意でなくてはならない。充分な証拠はないからだ。

 世間の一般的な考えとして、水沢がしでかしたのはかなりの重大なミスだとは思われているだろう。さりとて刑事事件として扱えるかとなれば全く話は別だ。自首しなければ、このままシラを切り続ければ逃げられる公算も大きい。水沢も分かってはいるだろう。しかし。

「あなたは、一生ごまかして生き続けることはできない」

 ここでカラオケのボリュームを上げる。最近のヒットソングが流れてきた。人気アイドルグループのプロモーションムービーが映し出されている。十代の少女たちばかりで、知也も一人ひとりがとういう娘(こ)なのかはよく分からない。

「よければ歌ってください」

「……やめておきます」

「じゃあ、俺は一曲だけ」

 今も人気のアーティストの、数年前のヒット曲のデータを呼び出して再生させる。特にアーティストに思い入れがあるわけではない。曲は気に入っていた。

 『もしも君がいなければ僕は幸せだった』

 

 曲が終わった時、水沢は自分のスマートフォンを取り出した。連絡先は警察だった。

「もしもし、先日、そちらで事情聴取に応じた水沢と申します。担当の刑事さんはおられますか? 重大な事実をお知らせしたいのです」

 

 ──これで事件は終わった。少なくとも、知也にできることはすべて終わったのだ。

 その日のうちに水沢は警察に出頭し、知也もついて行った。出てきた刑事は、知也の取り調べをしたベテラン刑事だった。知也は、水沢と彼を引き合わせると同時に、自分の推理を話して聞かせると言った。

「ほうほう、名探偵の登場というわけだ。まあ現実は推理ドラマのようにはいかないんだよ。でも君は頭が良さそうだから、一応参考意見として聞いておこう」

 ベテラン刑事はそう言って、水沢を他の警官に任せると、知也を連れて水沢とは別の取り調べ室に入った。

「なるほど、パチンコでね。それは確かにあり得るなあ。よし、容疑者が庭の植え込みに隠したかどうか、捜索してみよう」

「あの広い庭を探すのは厄介だとは思いますが、よろしくお願いします」

「なあに、これも仕事さ。こういう地道な仕事をこなしてこそ事件捜査だよ。フィクションとは違うんだ」

「そうした部分も書かれている小説があります」

「ああ、美人作家さんが書いた、美人探偵の話だろう? 俺はドラマしか観てないけどね。あれはなかなかリアリティがあって面白い」

「やはり、そう思われますか」

 娯楽小説やドラマに、そんなリアリティなど要らない。そんな声もあるのは知也も知っている。ネットを見ると本当にいろんな意見がある。いちいち気にしていてはやっていけないだろう。

 知也は他にも訊きたいことがあった。二階の割られた窓の近くには、石が落ちていたか? 一階の窓は、時道翁がいたのとは別の窓も割られていたのではないか?

 訊いても答えてはくれないだろう。マスメディアへの発表を待つしかない。フィクションの探偵役のようにはいかないな。知也はそう思った。




「お前はきっと無駄に落ち込んでいると思っていた。当たっていたな」

 今日は日曜日、水沢が自首した土曜日の翌日だった。二人は母校の三橋大学の近くにあるハンバーガーショップにいる。水樹に連絡アプリで様子を聞くと、ここにいると返ってきた。知也は自転車を飛ばして来店したのである。

「無駄に、って言うなよ」

「先に警察に叔父さんのことを知らせたのはお前だろ」

「それはそうだけど、まさか本当に……」

 二人は店内の一番奥のテーブルに着いていた。テーブルの上には、それぞれが頼んだアイスルイボスティーがある。ノンカフェインのお茶だ。

「水沢さんは一生隠し通しては生きられない。どうせ自首するなら、あるいはバレなら早いほうがいい」

「確かにそうだよ。知也は正しい。でも僕はそんな風に割り切れない」

「割り切れない、割り切れる、じゃない。事実だ」

 水樹はそれきり何も言わなかった。怒っているようではなく、知也の冷淡さを恐れている様子もない。ため息をつくと、視線をテーブルに落とす。

「ところでお前、椿さんとはどうなったんだ?」

 心配しているが、話を逸したい気持ちもあるのだろう。知也はそう思いながら落ち着いて答える。

「例のベテラン刑事さんには、だいぶ心象が良くなった。水樹も取り調べを受けた、あの初老の刑事さんだよ」

「それが、どうかしたのか?」

 知也はにやりと笑った。どこか不気味さがあると、水樹は思った。受け取りようによっては、ある種の邪悪ささえ感じさせる笑みだ。知也のほうも、水樹がそう感じるであろうことは分かっている。

「椿がこれまで俺を付け回していたこと、郵便箱に妙な手紙を何度も送ってきたこと、全部あのベテラン刑事さんに言った。連絡アプリでブロックしたから逆切れしたんだろうが、もうそろそろこちらも打つべき手を打つ時だからな」

「え……?」

「ストーカー行為で訴えた。これまで送られた手紙も全部取ってある。いつ、どうやって俺の前に現れたかも、ボイスレコーダーで記録してある。警察に提出した。被害届は受理されたよ」

「そんな、椿さんが可哀そうだよ!」

「可哀そう? そうだな、あいつは暴力には訴えないだろう、許してやってもいいのかも知れない。でも、俺はもううんざりだ」

「知也、もう一度だけでも話し合ってあげたら──」

「いいや、美人だからって許されると思ったら大間違いだね。法的には俺は何もまずいことはしていない。この件では、椿に情状酌量はないぞ」

 ただ、初犯だから、そこで減刑はされるだろうが。起訴されたとしても執行猶予になるだろう。

「そうだろう? 弁護士さん?」

「それは、たぶん。刑事事件は専門外だけど」

「よし、これで万事解決したな」

 知也は笑った。なんの屈託もない笑い方だ。

 水樹の顔に、怖れと、いくばくかの哀しみの色が表れていった。

 
続く

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1話あたり2,000から3,000文字です。現在連載中。

第一作目完結。83,300文字。 共感能力を欠く故に、常に沈着冷静、冷徹な判断を下せる特質を持つサイコパス。実は犯罪者になるのはごく一部…

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