見出し画像

【詩】ヴェネツィア

寄せる波が、岸をあらう
足もとの浜辺を越えて
石だたみを濡らしている
水の都、ヴェネツィア
この町に、陸と海の境界はない
街並みはどこも波打ち際だ
歩む足を、潮があらっている

地面は海に浮かべた薄い板で
同じ目線の、同じ水面に
浮いたり沈んだりを繰り返す
干潟につなぐ古びた筏
潮のうねりに、まかせている
とりとめもなく入り組む路地で
すれ違うのは、人と猫だけ
貨客を運ぶ乗り物は
運河を行き交う船だけだ

わたしは、絡み合う路地で
途方に暮れていた
同じような抜け道の
似たような壁のむこうに
見おぼえのない家並みがあり
たどり着こうとする目印を
あるはずもなく、見失しなう

地図にたどった近道は
薄暗い、壁と壁とのすき間で
目印にした小さな広場は
斜めにズレた空間にすぎない
水に浮かべたパズルの上で
わたしは、泳ぐすべを知らずにいた

岸辺につづく穴の奥から
人のいきれがあふれてくる
通り路にひしめく喧騒が
うねりとなって押し寄せる
石だたみは波打ち、揺れている
渦に揉まれ、つまずきながら
わたしは、やる方もなく溺れていた

浴びせかける潮の風
運河を急ぐエンジンの音
波間に揺れるゴンドラの影
市にならぶ野菜の色
漁ったばかりの魚のにおい

仮面と仮装に興じる人々
あてなく、刹那の酔いに身を投じ
思い悩みを、振り払おうとするのか
町は、黙って見過ごすばかりだ
対岸のともし火に、憂いをみつめて

筏は、艫綱に手さぐりする
土の薰りにあこがれて
樹々の息吹きに、目を凝らす
まとわりつく、潮のしぶきにさらされて

©2022  Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。