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何度でも「あなたは悪くない」と抱きしめたい|『秘密を語る時間』書評|徳瑠里香

【本稿はライター・徳瑠里香さんによる寄稿です】 

 あれはなんだったんだろう。どうしてあんなことに? 不快な気持ちや小さな恐怖が胸のうちにしこりのように残りながら、ふと思い出しては、思い違いだよ、大したことない、と言い聞かせた。

 誰に相談すればいいのか、そもそも人に言うほどのことなのか。私のせいかもしれないし、言えない。

 どうしてあのとき、へらへらと受け流してしまったんだろう。何事もなかったかのように過ごしていたのだろう。嫌だと言いたかった、怒りたかった。悔しい。いま思えば。

 私たちは、多かれ少なかれ、きっと誰しもが、“秘密”とともに生きている。

 ク・ジョンインさんの著書『秘密を語る時間』は、図らずも私と家族、友人との間に、「秘密を語る時間」をもたらした。

 4歳の娘とふたりで帰省した実家にて。リビングテーブルに置いたこの本を、里帰り中でもうすぐ“娘”が生まれる妹が、何気なく手に取ってページをめくる。静かに、真剣な眼差しで。本を閉じ、少しの沈黙が流れたあと、隣にいた私と目を合わせて、ぽつぽつと語り出した。気づけば、同じ部屋にいた母と末の妹も一緒に言葉を交わしていた(私は三姉妹の長女)。

 過保護なほどに夜道の送り迎えをするようになったこと。
 お風呂場の窓に目隠しシートをみっちりと敷き詰めたこと。
 電話機を人が集まるリビングに置いていたこと。
 下着を外に干さなくなったこと。

 母のそうした行動の背景には、私や妹たち、そして母が受けてきた“被害”があった。あえて“被害”と書いたけれど、幼かった私たちはそれが“被害”なのかもよくわからなかったし、いまでも“被害”と言うほどのことではないのかもしれない、という気持ちもある。

 私たちは小さな“被害”であっても母に泣きつくことができたけれど、幼く、若かった母はひとりで“秘密”を抱えていた時期があったことをはじめて知った。

 その1ヶ月ほど前、大切に想っている友人と食卓を囲んでいる際に、彼女が“秘密”を打ち明けてくれた。そのきっかけをつくってくれたのもこの本だった。

 私はショックで腹立たしくて、ふとしたときに思い出しては、その度に怒りを感じている。許せないし、許さない。

 「“秘密”を語ったところで、その傷がなくなるわけじゃないと思う」

 加害者や周りの人が思っている以上に、その傷は深く長く残り続けてしまうのだろう。悔しいことに。その痛みを私が、ほかの誰かが、“わかる”ことはできない。

 6歳のときに性被害に遭い、9年間、誰にも言えずにひとり思い悩んでいた主人公のウンソ。親友や親に“秘密”を語ることができたとしても、“平凡”な日常を取り戻したとしても、その傷はなくなることはないだろうし、きっとまた苦しくなるときや語らずにはいられなくなるときが来るんじゃないか、とも思う。"秘密”を人に語ったからと言って、心が一瞬軽くなることがあったとしても、傷が癒えた、解決した、とは到底言えない。

 それでも。やっぱりひとりで抱え込まないでほしいと思う。
 あのとき、守れなかった母親も、逃げられなかった娘も、決して「あなたは悪くない」。
 私たちは、悪くないんだ。そう、何度も言い聞かせたい。

 6歳のウンソは、「母」だったかもしれないし、「私」だったかもしれないし、「彼女」だったかもしれないし、「娘」かもしれない。ウンソの母もまた、「私」かもしれない。

 「ママ、わたしをまもってね」

 脈絡もなくそう言う、娘の声が心でこだまする。
 守りたい。守れるだろうか。守りたい。

 まだまだ、いまの世の中、どれだけ守りたいと思っていても、気をつけていても、自分の意思や努力だけでは防げないこともあるだろう。どんな状況であっても、被害者側に過失も責任もない。間違っているのは、許せないのは、紛れもなく加害者だ(この本が改めて私にそう、力強く教えてくれた)。

 ひらがなを覚え始め、文字ならなんでも読みたい時期の娘が、「このほんをよんでみるね」と無邪気にページをめくっている。

 「は、にてんてんがつくとなんだっけ?」
 「ば、だよ」

 いまはこんなやりとりをしているだけで、読み聞かせはしていない。いつか娘が自分ひとりで読めるようになるくらい大きくなったら、この本をさりげなくテーブルに置いておくか、そっと手渡したい、と思っている。

 「もしも」を想像するだけで胸が苦しくなるし、想像したくもないけれど、娘もいつか、たやすく人に語れないような“秘密”を抱える日が来てしまうかもしれない。そのときは、ひとりで抱え込まず、決して自分を責めないでほしいから。何度でも「あなたは悪くない」と抱きしめて、一緒に悲しみ怒りたいから。

 “秘密”とともにある人、“秘密”とともにある人のそばにいる人、「娘」である人、「母」である人には特に、この本のページをめくってみてほしい。傷口が開いたり、胸がえぐられるような気持ちになるかもしれないけれど。それでも、静かに佇み、淡々と展開するこの物語が、ほのかな光にもなりうる「秘密を語る時間」をもたらすかもしれないから。私も娘が大きくなるまで、この本を手元に置いておこうと思う。

秘密を語る時間_Cover+Obi

★キム・ボラ監督、キム・ハナも推薦★
ク・ジョンイン 著/呉永雅 訳
『秘密を語る時間』(柏書房)

評者:徳瑠里香(とく・るりか)
編集者・ライター。1987年、愛知県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒。出版社にて、書籍やWEBメディアの企画・編集・執筆を行った後、オーガニックコスメブランドのPR等を経て、独立。現在は多様な「わたしの選択と家族のかたち」を主なテーマに執筆・編集等を行う。著書に『それでも、母になる-生理がない私に子どもができて考えた家族のこと』(ポプラ社)がある。

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