鳥の声

同じ町に住む一人暮らしのおばあさんが亡くなった。80歳くらいだったらしい。最後は自宅で、帰省してきた息子さんに看取られて旅立った。

おばあさんはヨウムを飼っていた。いつも窓際の鳥かごにいて、私が物心ついたときにはすでにヨウムはいた。名前はむーちゃん。

むーちゃんはおばあさんの言葉を真似る。おはよう、こんにちは。笑った声、えー？という口癖まで。

通夜の日、鳥かごは奥の部屋に隠されていた。それでも、襖の向こうからおばあさんの声がする。覚悟はできていたと思うけれど、それを聞くたびに息子さんはどんな気持ちになるだろうと思うと、涙が出た。やさしいおばあさんだった。

私たちが目を覚ますよりずっと早くから、鳥たちは鳴いている。
雀もカラスも、鳩もヒヨドリも、みんな鳴いている。鳥たちが朝鳴いているのは、起きてすぐに「ここは自分の縄張りだぞー！」と叫ぶためらしい。

鳴いている鳥を見ていると、どこかにいる仲間と会話していることに気づく。ぴよぴよと鳴いたら、目を開けてじっと待つ。遠くの方で、ぴよぴよという声がする。するとまた、ぴよぴよと鳴き出す。話したら、聞く。
鳥たちの会話を人間の時間に置き換えたら、どのくらい話し込んでいるんだろう。

おばあさんは死んでしまった。それでもむーちゃんは鳴き続ける。
むーちゃんは、おばあさんが死んでしまったことに気づいていないのだろうか。むーちゃんは、いつかおばあさんのことを忘れてしまうのだろうか。

鳥は一生同じパートナーと添い遂げる種もいる。いつも一緒にいる仲間のことは忘れない。でも、人間と違って動物は生存率が低い。死んだ仲間のことなんていちいち覚えていたら、心が病んでしまうのではないか。
そう思うと、むーちゃんはおばあさんのことを忘れてしまうかもしれない。

こうして飼い主が亡くなったとき、飼い鳥は施設に行くことがある。その施設では、様々な鳥たちが鳴いている。飼い主が教えた歌、飼い主の上ずった電話用の声、くしゃみの音などをずっとずっと鳴いている。

あの鳥たちは、忘れてしまったのに飼い主の声で鳴く。それは飼い主を覚えているのではなくて、ずっと仲間と会話してきた、その声色、その音程、その音波で鳴いているのだ。そして、返事を待っている。もうその声は返ってこないのに。

私がおばあさんになって、施設に入って、まわりのすべての人をすっかり忘れてしまっても。
朝、ベッドの上で鳥たちの声を聞いたら、私は「おはよう」といって、夫の「おはよう」という声を待つのだろうか。