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強き美しき母に #1 そんなサラッと言うなよ
よもぎでございます。
私と家族を描いたノンフィクション連載、はじまります! 日記だと思って気楽に読んでくださいね。
※実話ですが、作中に出てくる人物は全て仮名となっております。
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石田千秋。22歳。全国のどこを探してもごろごろいる、普通の理系大学生。
春から大学院に進学することになっているので、書類を整理していた。
大学院入試もそこそこの勉強でクリア。そもそもあんまりレベルの高い大学ではなかったというのもある。
昔から裕福な家庭ではなかった。
母は自営業というのか、個人で塾をやっていた。
父は普通の会社員。正確に教えてもらったことはないけど、多分収入は低い方だと思う。
私の一つ下に弟が一人。智也という。
あまり優秀ではないけど、専門学校を出てさっさと就職した。好きなことを仕事にして、よく頑張っていると思う。
実家にお金を入れているという点で、私より大人だった。
両親も弟も、大学を出ていない。
私は家庭の中で一番高学歴であれど、唯一働いていない身として肩身が狭かった。
それでも最低限の文化的な生活をして、何も不自由のない、仲の良い家庭だった。
そんな平々凡々な家庭の中、私一人だけが理系の大学に進み、更にはわがままを言って大学院にまで進学した。
正直両親は、早く就職して家にお金を入れて欲しいと思っていたと思う。
でも「やりたいことがあるなら、最後までやりなさい」と言ってくれた。
お金はどこから借りてきたかわからないが、多額の入学金も、授業料も払ってくれた。
大学院を出たらいいところに就職して、両親に恩返しをしなくちゃ。お金をたくさん送ってあげよう。
そんなことを考えながら、大学院入学に必要な奨学金の書類を準備していた。
***
奨学金の申請書類の中には、親に確認しないと書けないことがいくつかあった。
親の生年月日も曖昧だし、収入とか、勤務先の電話番号とか。わからないことをまとめて聞くために母に電話をかけた。
「もしもし? 千秋だけど。奨学金の書類で聞きたいことあるんだけど今いい?」
「おー元気してらが? 今大丈夫だよ。なにわがんないってな?」
「とりあえずお父さんとお母さんの生年月日」
「それ前にも言ったでばな。いいが、お父さんが昭和○年の......」
地元の訛りが耳にすぅっと馴染んでくる。いつの間にか、私の言葉にも訛りの色が戻り始める。
「んで世帯主が? ......お父さんね。はいはい。」
「あとは? まだなんかあるが?」
「長期療養者の申請ってのがあるけど、うちは何もないからいらないよね? 糖尿病患者はいないでしょ、脳梗塞もガンもいないでしょ」
「あぁ、お母さんガンだ」
「......へ?」
私の脳がスーパーコンピューターのように高速回転し、最適解を求める。
お母さんが、ガン? そんなサラッと言うなよ。
いやいやここは、変に驚かないで普段通りの返事をするべきだ。
私の頭の中のコンピューターは、そう答えを出した。『平然とせよ』。
「あぁ......そうなの、いつわかったの? 手術とか入院は?」
「前から胃荒れてるって言ってたべ。あれ胃薬でしばらく様子見てたんだけども、調べたら胃ガンだったみたい。胃カメラやりたくなくて先延ばしにしてたんだけどね、早くやればよかったじゃ、あっはっは」
「ちょっと笑い事じゃないでしょ......。手術するならそっち帰るから。いつ?」
「再来週の火曜日の予定だけど。なんも来なくてもいいじゃよ、交通費かかるんだから。こっちはお父さんも智也もいるんだから大丈夫。引っ越しもあるんだべ?」
「そうだけど......」
確かに、母はずっと胃の不調を訴えていた。
風呂上がりに急に「吐き気がするからそっとしといてくれ」と、裸のまま床に寝そべっていたりした。
何やってんだかと思ったものだが、今思えば明らかにおかしかった。
「ガンって、ステージとか言われた?」
「ステージⅢだってよ。よくわかんないけど、早く手術しないといけないんだってさ。めんどくさいねぇ、お金もないのに。」
***
ステージⅢ。
電話を切ってから一晩中、胃がんについて鬼のように調べた。
60代以上の男性に多い。母は50代なのに。なんで? なんでお母さんが?
ステージⅢは、簡単にいうとギリギリ他の臓器に転移していない段階らしい。
でも胃の一部または全部の切除が必要。抗がん剤治療も必須。
【胃がん】【生存率】などと検索する私の手は震え、心拍数は上がり、脳に心臓の音が響く。
ガンだからってすぐ死ぬわけじゃない。ちゃんと手術も抗がん剤もやるんだし。
現代の医療はすごいんだ。だから大丈夫、大丈夫。
【胃がんステージⅢの5年生存率は20%】
普段ならネットの情報を丸ごと信じることなんてない私。
目の前がチカチカして、吸っても吸っても酸素が入ってこなかった。
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第一話はここまでです。
あの電話をかけなかったら、いつまでも知らないままだったんでしょうか? ちょっと渋ったような、でもガンになったことなんて微塵も気にしてなさそうな、あの口調。お母さんらしいわ。
【次回】第二話 見えないようにしとけよ
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