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外国に事業を展開する際に知っておきたい海外での知的財産活用入門

本稿は「月刊研究開発リーダー2020年4月号」(技術情報協会)に掲載された記事を転載したものであります。

1.はじめに

 世界経済がグローバル化した今日では、アメリカ、中国、ヨーロッパ、あるいは新興国等の外国に事業を展開する際に、各国の知的財産の制度に合わせた戦略を立てることが必須となってきている。知的財産戦略を立てることなく海外にむやみに事業展開を行っても、そこで痛い目にあって高い授業料を払わされたのでは、せっかくのビジネスも台無しである。本稿では、外国に事業を展開する際に知っておきたい海外での知的財産の活用方法を紹介したい。

2.海外進出の際に守るべき知的財産の3つの区分

 知的財産には大別して3つの種類がある。一つ目は、特許権、意匠権、著作権等の知的創造物である。知的創造物とは、個人や企業が独自に開発した発明や技術、デザインのことをいう。このような知的創造物は個人や企業にとって貴重な財産であるため、他人に無断で使用されないよう、権利を保護するための対策が必要である。
 二つ目は、商標権、サービスマークやロゴマーク、地理的表示(GI)等の営業標識である。このような営業標識は、個人や企業が商品やサービスの営業を行う際に消費者に識別してもらうために表示するものである。
 三つ目は、営業上や技術上の営業秘密である。営業秘密は、他社に対して秘密とすることでその価値を発揮する情報である。このような営業秘密は、一度でも漏洩すればたちまち情報の資産としての価値が失われてしまい、その回復は非常に困難となる。
 上述した3つの種類の知的財産のうち特許権、意匠権、商標権については各国の特許庁に申請を行うことにより権利を取得することができる。また、地理的表示についても各国で申請を行うことにより登録される。一方、著作権については著作物を創造したときに自動的に権利が発生し、登録は必要ではない。以下、これらの様々な種類の知的財産のうち、各国の特許庁への申請が必要な特許権、意匠権、商標権について説明する。

図

3.知的財産権をどのように活用するか

3.1 現地での商標権の取得は必須

 海外でビジネスを展開するにあたって、自社の屋号や自社製品のネーミングについて商標登録出願を前もって行うのは必須といえる。最近は一般の経済ニュースでも中国等において地元企業が日本の著名な名前(例えば、青森りんごや讃岐うどん)の商標権を先に取得してしまい日本企業が海外でビジネスを行う際に障害となるケースが紹介されている。このように、商標権については自社の屋号であったり自社製品の名前であったりしても他人が商標登録出願を行うことができ、いわば「早い者勝ち」の世界なので、できれば実際に自社の製品等を海外に輸出する前から商標権だけは先に取っておくことが望ましい。
 海外で商標登録出願を行わなかったために痛い目にあったケースとして「無印良品」を展開する良品計画の例がある。良品計画は中国でもビジネスを展開しているが、中国の地元企業がタオルやベッドカバーについて「無印良品」の商標権を先に取得してしまっていた。そして、良品計画の中国子会社が、「無印良品」の名前をつけてタオルやベッドカバーを販売したところ、商標権を持つ中国の地元企業に訴えられ、良品計画はこの地元企業に対して損害賠償金約1千万円を支払わなければならなくなった。
 このように、商標権は登録までのハードルが低いものの、誰でも商標登録出願が可能であるため、自社が商標登録出願を行わなかったことにより他社に自社製品のネーミングについての商標権を取られてしまうことは何としても避けなければならない。

3.2 海外での意匠権の取得も有効な手段

 自社の製品がデザイン性に優れている場合は海外で意匠権を登録するのも有効な手段である。海外で自社の製品の意匠権を取得した場合は、少なくとも現地企業がデッドコピーして模倣品を製造することを未然に防止することができる。各国での意匠登録出願は後述する特許出願と比較して翻訳代が必要ないため、比較的安価に各国で意匠権を登録することができるというメリットもある。
 海外で意匠権を活用する具体的事例を紹介したい。美容機器やフィットネス機器を開発し、世界的にヒットさせている株式会社MTGは、海外での悪質な模倣品に頭を悩ませてきた。同社は美容機器に斬新なデザインを施すことによりブランドを確立させてきたが、デザインが素晴らしければ素晴らしいほど模倣品も数多く出回ってしまう。このため、同社は製品を販売している中国等の外国において意匠登録出願を積極的に行い、各国で意匠権を登録することにより、模倣品に対して積極的に意匠権侵害訴訟を提起して多額の損害賠償金を得ている。また、ジェトロ(独立行政法人日本貿易振興機構)や中国の摘発当局と連携のもと、模倣品の摘発を積極的に行っている。

図2

3.3 海外での特許権については、何の技術をどの国に出願するかを見極める

 上述した商標権や意匠権と比べて、各国で特許出願を行って特許権を取得する場合には費用の問題に気を付ける必要がある。各国で特許権を取得するには現地の言語の特許明細書が必要になるが、日本語の特許明細書から現地の言語の特許明細書への翻訳には多大な費用がかかる。また、海外で特許出願をすれば全て特許権となるわけではなく、その分野の専門家が従来の技術に基づいて容易に思いつくことができないという要件(進歩性)が必要となり、商標権や意匠権と比べて権利取得までのハードルは高い。このため、特許権については何から何まで特許出願を行うのではなく、何の技術をどの国に出願するかを見極めなければならない。
 しかしながら、海外市場において複数の会社が同じ製品分野でシェアを分け合っている場合に、自社に有効な特許権がなければいつ競合他社から特許侵害訴訟を起こされるか分からないというリスクが残る。ある程度成熟した分野では、製品に不可欠な要素である複数の特許権を各社がそれぞれ有することにより、お互いに手出しができない状態となっている。このような均衡が成り立っている市場に自社の新製品が参入しても、製品に不可欠な特許を持っていなければ、競合他社から特許権侵害訴訟を仕掛けられることにより市場からの退出を余儀なくされるケースもある。
 このように、外国で特許権を取得するのは商標権や意匠権を取得する場合と比較して難易度が高いが、それでも将来の海外での事業リスクを考慮すると必要最小限の特許権は取得しておく必要があるといえる。

4.海外に事業を展開する際の3つのステップと知的財産リスクについて

4.1 海外でビジネスを行うときの流れについて

 国内で展開していた自社の事業を海外でも展開する場合は、よほどの大企業でなければ概ね以下の3つのステップの流れとなる。すなわち、まずは各国で開催される業種別の展示会に自社のブースを出し、次に現地の代理店との商談を行うことによって現地での製品等の販売について契約を結ぶ。その後、この契約に沿って自社の製品等を海外に輸出し、現地の代理店に販売してもらう。なお、大企業が海外に事業を展開する際は日本の商社等を活用することになるが、そのような場合でも以下に述べる知的財産リスクについては商社任せにするのではなく自社で注意を払う必要がある。

図3

4.2 展示会への出展と知的財産リスク

 海外に事業を展開する際に、まずは各国で開催される展示会に会社のブースを出し、自社の商品やサービスを来場者にアピールすることから始まる。展示会では自社の商品やサービスの展示を行う他、展示員による来客者への技術説明、カタログやパンフレットの配布、サンプル品の提供等が行われる。このような海外で開催される展示会への出展は、ジェトロ(独立行政法人日本貿易振興機構)が手厚くサポートしてくれるので、もし展示会への出展を初めて行う場合はジェトロの支援窓口に問い合わせるのも一つの手である。
 このような展示会では、主に2つの知的財産リスクがある。まず、各国の展示会で出品した商品やサービスについて、現地企業等による知的財産権の横取りに気を付けなければならない。具体的には、例えば展示会で出品した商品等のネーミングをそのまま現地企業等がその国の特許庁に商標登録出願してしまうことがある。このように現地企業等によって自社の商品等のネーミングについて権利を取られると、将来その国でビジネスを行う際に現地企業が取得した商標権が邪魔となってしまい、自社商品の名前を変えなければならない事態に陥る可能性がある。
 二つ目の知的財産リスクとして、模倣品の発生が考えられる。各国の展示会で商品やサービスの展示を行った場合は、展示会が終わった後に現地企業が模倣品をその国で販売する流れは避けられない。展示会で展示した商品やサービスが画期的であればあるほど、模倣品も多く発生すると考えられるため、いざその国でビジネスを行おうとしたときに粗悪な模倣品が市場で溢れている可能性もある。このため、このような模倣品の発生を特許権や意匠権、商標権といった知的財産権で抑える必要がある。

4.3 現地の代理店との商談と知的財産リスク

 各国で開示される展示会で自社の商品やサービスを展示すると、その国の様々な代理店からビジネスを現地で行うことについてコンタクトされる場合がある。このようなコンタクトがあった場合、現地の代理店と商談を行うことにより、その代理店を通して海外で自社の商品やサービスの展開が可能となる。
 このような現地の代理店との商談でもいくつかの知的財産リスクがある。具体的には、まず、現地の代理店による知的財産権の横取りが考えられる。深く考えずに商談を始めてしまうと、自社の商品等のネーミングについての商標権を現地の代理店が勝手に取得してしまう場合がある。このときには、将来的にビジネスの見直しを現地の代理店と行う際に、商標権が相手側にあることにより交渉が不利になってしまうおそれがある。また、現地の代理店との契約が終了した後、商標権がないため引き続きその国でビジネスを行うことができなくなってしまうおそれもある。
 二つ目の知的財産リスクとして、現地の代理店による模倣品の製造販売が考えられる。商談の場において自社の製品やサービス等のコアな技術を安易に現地の代理店に話してしまったり、自社工場の内部のノウハウ部分を現地の代理店に見せてしまったりすると、現地の代理店がその国の製造業者等を使って模倣品を勝手に作るおそれがある。このため、商談の際には秘密保持契約や技術指導契約、共同開発契約等について契約書をしっかりと締結するとともに、現地の代理店と商談を開始する前にできればその国で特許出願や意匠登録出願を行っておくことが望ましい。
 三つ目の知的財産リスクとして、秘密情報の漏洩や流出が考えられる。上述したように、現地の代理店との商談の場ではついうっかり自社の製品やサービス等のコアな技術やノウハウをしゃべってしまう可能性がある。特に、契約をまとめるトップの立場にいる者が知的財産に詳しくないとこのようなトラブルが生じやすい。また、現地の代理店の人間が自社工場の内部を見学する場合には、隠しておかなければならない情報の切り分けを事前に行い、オープンにしても問題のない技術のみを見せるようにすることが肝要である。

4.4 海外への商品等の輸出と知的財産リスク

 現地の代理店との商談がまとまり、契約書が締結されると、自社の商品等を外国に輸出することになる。具体的には、輸送手段の確保や通関手続きを行うことにより、外国への自社の製品等の輸出が可能となる。
 しかしながら、このような海外への商品等の輸出でも、今までに挙げた様々な知的財産リスクに加えて、新たな知的財産リスクが発生する。
 まず気を付けなければならないのが、海外の各々の国において競合他社の特許権、意匠権、商標権の侵害行為とならないかという点である。これから海外に輸出しようとする自社の製品等について、現地企業によって既に特許権、意匠権または商標権が取得されている場合には、将来に製品等の販売の差し止めや損害賠償請求が求められることがある。
 このように現地企業が先に特許権、意匠権または商標権が取得するのは、上述したような展示会での出展等から知的財産権の横取りが行われることに起因する場合もあるが、近年は諸外国の技術力も飛躍的に向上しており、最先端の技術を海外の現地企業が独自に開発している場合もあるので注意が必要だ。
 なお、特許権、意匠権、商標権等の知的財産権は国ごとに発生するため、ある国では自社の製品等が権利侵害となってしまう特許権を他社が既に取得しているが別の国ではこの会社が特許権を何も取得していない場合もあるので、国ごとの他社の知的財産権の取得状況をチェックすることが大事である。
 このように、海外に製品等を輸出する際に、他社の知的財産権を侵害してしまうことを予防するためには、資金に余力があれば前もって先行特許調査や先行商標調査等を国毎に行うことが望ましい。
 海外への商品等の輸出を行う際の二つ目の知的財産リスクとして、パテントトロールの存在がある。パテントトロールとは、自分で製品の販売やサービスの提供を行うことはないが数多くの特許権や商標権を集めることにより、製品等の販売を行う企業から特許のライセンス料を取る個人や企業のことをいう。相手が製品等の販売を行う企業であれば、相手の製品に関係する特許権や意匠権を自社が取得していれば一定の牽制になるが、相手が何も製品の販売を行わない場合は自社の特許権等は相手には効かないので厳しい戦いとなる。パテントトロールに対抗するのは容易ではないが、ある時には訴訟も辞さない構えで強気に対応を行い、別のある時には妥当なライセンス料を支払う等、交渉の状況に応じて柔軟に対応することが望ましい。

5. おわりに

 以前は日本企業は国毎の特許出願件数で世界一の座に輝く等、知的財産戦略でも国際的に先導的な立場を担ってきた。しかしながら近年は中国の地元企業による特許出願件数が急増して日本を追い抜かす等、グローバル化による知的財産権の重要性は益々増している。外国に事業を展開する際に思わぬ損害とならないよう、これからの時代は知的財産権についても注意を払うことが求められている。また、海外での知的財産活用に長けた日本企業も近年では増えてきている。守りだけでなく攻めの知的財産戦略を行うことにより、海外でもビジネスを有利に進めることができると考えられる。本稿が皆様の参考となれば幸甚である。


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