見出し画像

スタートアップが抱える知財課題と特許庁スタートアップ支援施策の紹介(前編)

日本ライセンス協会の独禁法WG・ICTビジネスWGによるオンラインセミナー「スタートアップが抱える知財課題と特許庁スタートアップ支援施策」を視聴しましたが、その中でも特許庁等により一般に公開されている情報を中心にまとめたのでレポートします。前後編のうちの前編になります。
セミナーの講師はスタートアップ支援チームの進士千尋氏です。

1.中小企業とスタートアップの違い

スタートアップには決まった定義がないが、概ね創業から5年以内であり、市場のニーズに合致するように急速なスピードで事業を転換しながら、ブロックチェーン、量子コンピューティングなど従来にない画期的な技術開発を行う会社をスタートアップと呼んでいる。スタートアップは、急成長を前提としてVCや個人投資家から資金を調達する。

一方、中小企業は急成長ではなく安定的な経営を行い、資金調達は銀行からの融資である。融資された資金を必ず返済することにより成長する。中小企業の主な課題としては、品質向上、開発期間の短縮、低コストが挙げられる。

スタートアップは経済成長を牽引する存在であってほしい。企業価値1兆円以上の企業数について日米での1990年と2013年の件数を調べたところ、日本では54社→100社と2倍にしか増えていないのに対し、アメリカでは28社→426社と25倍もの増加があった。

また、各国のユニコーン時価総額におけるGDP比では、アメリカ2.96%、イスラエル1.49%、イギリス1.44%なのに対し日本は0.04%と極端に少ない。

2018年6月15日に閣議決定された「未来投資戦略2018」では、官民が一丸になってあらゆる製作を総動員することにより、我が国のベンチャー・エコシステムの構築を加速し、グローバルなベンチャー企業を生み出していくことが提言されている。KPIとして、企業価値または時価総額が10億ドル以上のユニコーンまたは上場企業を2023年までに20社創出することが挙げられている。

2.日本のスタートアップは知財への意識が低い

一般的に会社組織の経営資源として、ヒト、モノ、カネ、情報、知財の5つが挙げられるが、スタートアップは、ヒト△、モノ×、カネ×、情報×、知財○である。このように、スタートアップにとって企業価値≒知的財産である。米国では知的財産は大事なのは常識であり、例えばライフサイエンス分野でスタートアップは創業から10年で約50件、IT分野でも約20件の特許出願を行う。これに対し、日本ではスタートアップは創業から10年でライフサイエンス分野で約10件~15件、IT分野では数件程度の特許出願しか行わなず、日本のスタートアップは知財の重要性に気づいていない。

また、特許庁が行った調査では、日本のスタートアップで創業前に知的財産が経営戦略に組み込まれているのは、電気機械電子で20%、IT分野で10%、医薬バイオでも45%に過ぎない。

支援する側(VC)も知財に詳しくない。VCにおける知財支援を行える投資家の有無について調査したところ、60%のVCでは知財支援を行える投資家が社内にいない。知財支援を行える投資家が社内にいるVCは25%に過ぎない。

スタートアップにとっての知的財産の重要性について考えると、海外VCからの出資、大手企業とのM&A等においては知財が重視される。不十分な知財戦略により資金調達やイグジット機会の逸失の可能性がある。

スタートアップの生の声を集めたところ、①知財戦略の重要性に気づいていない、②スタートアップに通じた知財専門家に出会えない、③そもそも難しそうだし、何をやっていいのか分からないという意見が多かった。スタートアップは知財の初歩的なところでつまづいている。

3.スタートアップの成長過程と知財

スタートアップの成長過程は以下の通りである。
①エンジェルラウンド(コア技術創出)→起業→②シードラウンド(PoCの完了)→③シリーズAラウンド(ビジネスモデルの構築)→④シリーズBラウンド(事業の拡大)→⑤シリーズCラウンド(EXIT)

①エンジェルラウンド、②シードラウンドでは、
・従業員は創業者のみ
・CEOが知財活動に参画
・資金調達は数千万円
・主な投資家はシードキャピタル(ギャップファンド、技術系VC)
であることが多い。
これらの最初期のラウンドでは、知財のマイルストーンは、知財戦略の明確化や、大学と企業との共同研究契約の締結、研究成果の商用化、大学との知財契約である。

③シリーズAラウンドでは、
・従業員は10名前後
・知財担当者(兼務も含む)配置
・資金調達は数億円
・主な投資家はシードキャピタルに加えてベンチャーキャピタル(VC)、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)
であることが多い。
アーリーのラウンドでは、知財のマイルストーンは、ビジネスモデルと知財の範囲の合致、知財のピボットである。

④シリーズBラウンド、⑤シリーズCroundでは、
・従業員は数十人
・常勤の知財担当者配置
・資金調達は数億~数十億円
・主な投資家はシードキャピタル、ベンチャーキャピタル(VC)、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)
であることが多い。
後期のラウンドでは、知財のマイルストーンは、ポートフォリオ化、事業会社との知財契約、競合への権利活用、侵害リスクの低減、知財のIR、グローバル対応である。

知財に関していえば、

シード・起業前の知財活動のポイントは、CEOが知財活動に参画することである。また、知財体制・活動のアイディアとして、中長期的に自社の知財活動をハンズオンで支援してくれる弁理士等と連携することが挙げられる。

アーリー(シリーズA)の知財体制・活動のアイディアとしては、知財担当者(兼務者を含む)を明示的に配置したり、同一業種の経験豊富な人材(大企業出身者等)からアドバイスを得ることが挙げられる。

ミドル・レーター(シリーズB、C)の知財体制・活動のアイディアとしては、常勤の知財担当者、常設の知財部門を設置することが挙げられる。

特許庁の活動により知財が大事であるという意識はだいぶスタートアップに浸透してきたという手ごたえがある。

4.特許庁スタートアップ支援チームの紹介

スタートアップの知財活動を支援するために、特許庁が2018年7月にスタートアップ支援に特化したチームを設立した。特許庁によるスタートアップの支援は5つの柱から成り立っている

①知財戦略 知財アクセラレーションプログラム(IPAS)
知財専門家・ビジネス専門家からなる知財メンタリングチームを形成し、スタートアップを支援する。非常に人気のあるプログラムである。
毎年、100社以上の公募があり→審査・選定を経て15社を採択する→採択されたスタートアップに対し、知財専門家やビジネス専門家がメンタリングを行う。
知財だけではなくビジネスのサポートも行うのが特徴である。
支援の流れとしては、出口戦略等の診断・構築 → シーズ戦略等の診断・構築 → 知財戦略構築サポート → 即時権利化すべきシーズの出願戦略サポート となる。

知財メンタリングチームの組成は、ビジネスメンター・知財メンター・メンター補佐(若手専門家)である。支援先スタートアップの事業、技術分野、支援ニーズに応じて最適な専門家を選出する。
ビジネス専門家は、ベンチャーキャピタル、経営コンサルタント経験者から構成される。
知財専門家は、スタートアップ支援経験のある弁理士、弁護士などから構成される。
IPASでは知財専門家・ビジネス専門家を募集中である。メンター、メンター補佐への就任を希望される場合は2020年7月10日までに応募してほしいとのこと。
活動内容としては、
(1)ビジネスの専門家、知財の専門家およびスタートアップの経営者の交流や、相互の知見・経験の共有を目的とするナレッジシェアプログラムへの参加
(2)支援先企業に選定されたスタートアップの知財戦略構築を支援するメンターまたはメンター補佐への就任
がある。

②スタートアップに役立つ資料の作成
スタートアップ支援チームでは、成長ステージに対応した知財活用・評価・支援の手引き・事例集を作成している。具体的には、
一歩先行く国内外ベンチャー企業の知的財産戦略事例集
ベンチャー投資家向けの知的財産に関する評価支援の手引き
などがある。これらの資料は特許庁の特設サイトであるIP BASEで公開されている。

③特許庁は速さと安さにはこだわっている
スピードアップのスピード感に対応した審査制度(スーパー早期審査)を用意した。スーパー早期審査では、審査請求から約0.8カ月で最初の拒絶理由通知が出され、特許査定または拒絶査定の最終処分まで約2.5カ月と非常に短い。2019年3月末時点での実績は、面接活用早期審査が10件、スーパー早期審査が113件である。
また、スタートアップは審査請求料、特許料等の手数料および国際出願に係る手数料がそれぞれ1/3になる。証明書類も不要であり、非常に便利である。

④海外展開もサポートしている
「JETRO Innovation Program」と提携しており、海外展開する際に、①Boot Camp→②現地メンターによるメンタリング→③現地展示会への出展と、海外進出の各ステップでサポートを行う。

⑤スタートアップと知財専門家の交流の場を作った
スタートアップ向けサイト「IP BASE」は、スタートアップが「まずみるサイト」、そして専門家と「つながるサイト」を目指している。IP BASEでは、ベンチャー企業の知財取組事例や支援施策を紹介している。

5.オープンイノベーション推進のために

契約において問題が生じている事例として、共同開発成果に関する知財の独占等を求められるケースや、広範囲な協業禁止や知財管理に関する取り決めによりビジネス展開が制限されるケースがある。また、未来投資会議から、スタートアップ企業が大企業から一方的な契約上の取り決めを求められたりしないよう、問題事例とその具体的改善の方向や独占禁止法の考え方を整理したガイドラインの作成の提言があった。このように、大企業とスタートアップの間の契約ガイドラインの必要性があった。

このような流れにより、経済産業省では、大企業と研究開発型ベンチャーの契約に関するガイドライン、モデル契約書をとりまとめて近日公表する予定である。
<ガイドライン>では、①基本的な考え方、②連携のステップ、③各ステップにおける留意点と事例紹介
<契約書のひな型>では、①秘密保持契約、②PoC契約(Proof of Concept)、③共同研究契約、④ライセンス契約
が示される予定である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?