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【海のナンジャラホイ-44】1年生の海藻

1年生の海藻

1年生と多年生

新学期が始まります。あちこちの小学校で、可愛らしい「ピッカピカの1年生」を見かけるようになります。大学でも学部1年生や大学院の修士課程や博士課程の1年生が加入してきます。そういえば、1980年代あたりからだいぶ長くやっていたこの「ピッカピカの1年生」のコマーシャル、長く目にしていませんでしたが、3年くらい前に復活したようですね。学校でも会社でも、新しい世界に飛び込んで1年目の初々しさは、確かに「ピッカピカ」な感じがしますよね。
実は、今回のお話の「1年生」は、この「1年目」という意味の1年生ではありません。「1年しか生きない」という意味での1年生です。言い換えると、受精卵の段階から発生が進んで、成長して、繁殖して、やがて死に至るまでの生活環が1年以内に完結するということです。これに対して2年以上生きるものを「多年生」と言います。

がんばる1年生

海藻にも1年生のものがあります。褐藻類のコンブの仲間には多年生のものが多いのですが、そのなかでワカメは1年生です。苦手な夏の高温期を顕微鏡サイズの配偶体でやり過ごすことができ、胞子体を高温に曝さずにすむのは、ワカメがコンブ目の海藻の中でも例外的に分布範囲が広く、北海道から九州の南部にまで生息することができる理由でもあるのでしょう。ただ、1年の中に生活環を収めるということは、かなり忙しいのです。夏をやり過ごした配偶体から秋に若い胞子体が出来て、春には2メートル以上の大きさになるわけで、そうすると単純に計算すれば、4ヶ月くらいの間に平均して1日に2センチ近く成長していることになるわけです。他の多年生コンブ類に比べて色が薄くて体が柔らかくて灰汁(あく)が少ないのは、短期間に急いで成長する必要があるからなのでしょう。「若布(わかめ)」と言う名の由来も、このあたりに関係がありそうです。
褐藻類のホンダワラ類(第6回参照)も多くは多年生なのですが、アカモク(写真参照)は数少ない1年生です。やはり秋から冬を経て春にかけて、こちらは大きなものでは5メートル以上になるので、ワカメよりもさらに勢いよく成長することになります。アカモクも、やはり、他のホンダワラ類に比べると体全体が細くて柔らかく、灰汁が少ないのです。短期間に急成長するためなのでしょう。おかげで、ホンダワラ類の中でもアカモクは食用として特に好まれ「ギバサ」や「銀葉藻」などの名で健康食品にもなっています。

写真:アカモク

ワカメは本当に1年生?

はじめにワカメは1年生であると明言しましたが、実は、絶対にそうであるとは言い切れないのです。私たちが普段目にする部分であり食べる部分である胞子体は、秋から春にかけてしか存在しません。これは間違いありません。春から初夏に放出された遊走子(胞子)は海底に着底して配偶体になり、夏をしのいで秋に受精を経て胞子体を作るのが普通なのですが(第22回参照)、この配偶体は実験室で環境条件を制御することによって成熟させないまま維持しておくことができるのです。温度を高めにして明かりを暗くして成熟しないように培養すれば配偶体は5年を超えても生き続けることがわかっています。これは、野外で、もし同じような環境条件があるなら配偶体が海底の何処かに隠れて生き続けることができる可能性を示しています。もちろん、毎年秋には水温が下がるので、多くの配偶体は成熟するのでしょうが、秋に成熟し損ねた配偶体が翌年以降に成熟する可能性だってあるかもしれません。もし、配偶体が野外で何年も生き残っているようなことがあるならば、ワカメは1年生であるとは言い切れないわけです。
でも、野外の環境でワカメの配偶体がどのように生きているかについては、調べることが難しく、この点についてはまだ明らかになっていないのです。ワカメのような身近な海藻にも、まだ秘密があるというのは驚きですね。

○o。○o。 このブログを書いている人
青木優和(あおきまさかず)
東北大学農学部海洋生物科学コース所属。海に潜って調査を行う研究者。


*「ワカメ」のことをもっと知りたい方は,ぜひこの絵本をお読みください。
『わかめ―およいで そだって どんどんふえる うみのしょくぶつ』(青木 優和(文)畑中 富美子(絵)田中 次郎(監修))

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