書くことは生きること その16
私には何の才能もない。ただこれまで何かを書くことでピンチをすり抜け、生きてきた。誰にでもできる書くという作業が私にとっては生きることなのだ。『書くことは生きること』の実体験を連載する。
ミステリー小説に挑戦!
前記のように私は本を読まないヘボ作家だ。付け焼刃のごとく有名作家先生の本を読み漁った。最初から最後まで一気に読ませる作家もいれば、途中でリタイヤしてしまう作家もいた。私の目標は、へたくそでも最後まで一気に読んでもらえる作品を書くことだ。そして読んだ後、少しの時間でいいから余韻に浸ってもらいたい。そんな高い目標を掲げた。
書き始める前に“視点”をどうするかで悩んだ。一人称、すなわち「私は」という視点で書く場合、本人が常にその場にいなければ小説は成立しない。本人がいないシーンは書けないのだ。短編ならなんとかなりそうだが、原稿用紙500枚となると「私」だけで貫く自信がない。それに最初から最後まで作文のような一人称では読者もつまらないだろう。
では、三人称一視点ではどうか。例えば、
「花子は太郎に強く抱きしめられた。頬が真っ赤に染まっているのが自分でもわかる。ふと振り返ると次郎の姿はそこになかった」
これなら書けそうだ。だが、もっと違う表現方法はないものか。もう一度巨匠たちの本を読み返してみる。なるほど、もう一つの視点がある。先生たちはそれを「神の視点」と呼んでいた。
簡単に解釈すると、天から俯瞰した情景を表現するということか。しかし、それだけでは描けないものがある。それは人の心の中だ。神様だからといって、人の心の中まで覗けはしない。
ある先生の一言で吹っ切れた。
「視点の選び方にルールはない。書き手がどう表現したいか選んで書けばよい」
はい、そうします! 私はミステリーに関しては素人ですから、好きに書いていこうと決めた。
主人公は実在の人物
その時の年齢は56歳。こんな年齢になれば誰でも多くの人たちと交流している。顔さえ忘れている人もいれば、短い付き合いなのに強く印象に残っている人もいる。その中でも強烈な記憶があるM子さんを主人公にすることに決めた。
M子さんはシングルマザーとして三人の子供を育てていた。しかし、定職には付いていない。生活費のすべては男性からもらっていた。愛人というわけでもなく、結婚詐欺というわけでもなく、巧妙な手口で複数の男性から金銭を得ていた。彼女の狙う男性は中小企業の社長で既婚者のみ。彼女に言わせれば「モテない小金持ち」である。捕まえた社長に言う決め台詞は、
「生まれ変ったら結婚しようね!」である。はっきり言って彼女の容姿はお世辞にも美しいとは言えない。ただ、愛情の込め方は本物なのだ。愛情と性に飢えた男性は喜んで彼女に金銭を渡すらしい。
稀代の毒婦と呼ばれた木嶋佳苗が逮捕された時、M子さんの顔が浮かんだ。その時には彼女との付き合いは無くなっていたが、心の中でにんまり笑うM子が浮かんできた。「バカじゃん。やりすぎだよ。引き時を間違えたね」と。
アバウトなプロット作り
この強烈なキャラクターを主人公に置くことに決めて、今度はプロットを作っていく。パソコンではなく、コピー用紙に書きなぐっていった。生意気に時系列を入れ替えたり、登場人物を新たに追加したりしながら、なんとなくおおまかなストーリーが出来上がっていった。プロであればもっと細かい人物相関図を書いたり、登場人物の履歴書を書いたりするらしいが、私は早く一行目が書きたくて仕方がなかった。まだ整備前の自動車にエンジンをかけて、アクセルを思い切り踏み込んだのだ。
その17につづく
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