毬丸ハツカ

適当なことばかり書いていますので、私を信じないでください。 しがないリーマンですので、以下に投げ銭をしてもらうとモチベーションになります。 https://bit.ly/3HtUXSb よろしくお願いします。

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    最近の記事

    セルフレビュー「世界は「問い/答え」でできている 」

     昨日投稿したところで早速反省会。現時点(2023/1/22 20:30)でビュー数7なのでやはり虚空に向かってしゃべっているおじさんのままである。やる意味あるのかという感じだが、見つけた微妙なところは追記していく。もしもなんかあればメールをください。 2023/1/23比較器と比較尺度  比較器と比較尺度の概念の区別について混乱が生じている気がする。  「ミッシングリンク」ではこう言っている。  「比較尺度」は「解」の集合と断言していいのか、というと少し違う気がする

      • 世界は「問い/答え」でできている

        鬱屈としていた東京での生活、極東ロシアの厳しい寒さと あの地下室で働いていた、とても楽しかった日々たちへ 今もうだつは上がらないけれど…  昔うだつの上がらない大学生だったときに読んだ本で、感銘をうけるとともに一つの問いが浮かんだ言葉がある。それは夏目漱石の研究者である石原千秋の『大学生の論文執筆法』という本に書かれている次の言葉だ。  「そこに無いものを問う高級な問い」に、すごい、自分もそんなことができるようになりたい、と思うとともに、私は「なぜないものを問えるのだろ

        • Project KosmopolitesⅠ

           「世界市民思想」の実践として、自分なりに考えている2つのオプションをここに書き連ねたい。情報と関係に関する論考は完成していないものを世に出す意味はないと思い、そこに至るまでの経過がおそらくはどこにもほとんど残っておらず、当てにならない私の記憶も含めてよくわからなくなっているが、この実践に関してはラフ案の段階から残しておこう。この実践は完成したものをポンと出しても参加しづらいということもあるので。もちろん、これは暫定案であって、最終的にどうなるのかとか、うまくいくのかとかはわ

          • セルフレビュー「「よい」と「悪い」のリヴァイアサン」

             反省会と補足というか論の背景というか蛇足というか。本当に用語がごちゃごちゃなものを作ってしまったなあという感じである。 2022/10/15「事前/事後」  自らの言葉の中に看過できない矛盾のように見えるところを見つけてしまった。  ここでは「善/悪」はある系に自然に生まれるものとみなされている。しかし、最後にこう述べている。  この論考では基本的に「善/悪」と「正義」はほとんど区別していないのに、1では自然に生まれる、2では自然に生まれないと言っている。これはひど

            「よい」と「悪い」のリヴァイアサン

             ここでは世界市民思想の構築の第一歩として、善悪や自由というものに関する私が漠然と個人的に持っている見方について、それを明確化して述べていきたい。それは言い換えれば「善/悪」や価値判断、自由という概念を「ミッシングリンク」で取り扱ったような比較と情報と関係の形式において読み解く作業を行うということである。  比較と情報と関係の形式とは何か、そのアウトラインをここで提示しておこう。情報理論における情報や、身体の感覚器官、言語や記号、測定機器などで取り扱われるおよそあらゆる情報

            RPGゲームの資本論

             HP、MPを消費することでHP、MPを増やしていくって、なんか資本家みたいだなとふと思ったというお話。  ちゃんとクリアしたRPGはゲームボーイアドバンスのポケモンくらいが最後で、ドラクエやFFは友達がしているのを後ろで見ているくらいだったからなんとも言えないが、この手のRPGの基本的なシステムというのは変わっていないのではなかろうか。  プレイヤーは貧弱な初期ステータスを元手に、ストックとして持っているHPとMPをレベルを上げてそれ自身を増大させるために、それを消費す

            星たちの光をめぐって――いくつかの岡村天斎監督作品について

             ここに書こうと思うのは岡村天斎監督作品のうちのDARKER THAN BLACKシリーズと、世界征服〜謀略のズヴィズダー〜についての考察だ。多分、Wolf’sRainについても書けば、もっときっちりした流れを追えるはずだが、しんどいから無理だ。クロムクロについてはこの流れの中で解釈が出来ないので無理だ。  DARKER THAN BLACKについては何度か少しネットで調べたが、きちんとこの作品の細部を拾っている考察というのにあたらなかった。細部を読み取り繋げれば、登場人物

            おじさんが虚空に向かって喋る言葉

             安倍晋三元総理の死を見て、日本の民主主義政治を毀損したのが他のイデオロギーでも、暴力団などでもなく、主義主張もなく妄想と現実の区別がつかなくなった一個人だというのは、印象的だった。現時点で私のざっくり見た報道を信じるのであればということになるけれど。  こういった事件は例を挙げるまでもなく何度も起きてきたと思う。京アニの事件とか、拡大自殺とか。個人的に強く印象が残っているのは、他人を殺傷していないが、新宿で焼身自殺を図ったおじさんがいたのを覚えている。  私は実際に妄想と現

            セルフレビュー「「違う」と「同じ」のミッシングリンク」

             以前に書いたエッセイ「「違う」と「同じ」のミッシングリンク」について、書いた後から振り返ってみて、おかしかったこと、気がついたことをここに書き加えていく。やる気が続く限り続く永遠の反省会。 2022/6/25 「形」とベイトソンの情報の定義「形」について  「違い」、「形式」、「情報」、これらを結びつける一つの喩え話として、プラトンの著作『メノン』の一節とベイトソンによる情報の定義を比較検討したい。  ソクラテス-プラトンはここでまず初めに「形」について、「色に随伴し

            「違う」と「同じ」のミッシングリンク

            見失ったものを取りもどすとき  私は紛れもなくいわゆる「ポストモダン」思想にかぶれた人間のひとりである、と言いきれるほども「ポストモダン」の思想家の著書を読めてさえいないのではあるが、その思想で語られている2つの概念に関わることで、その思想が惜しくもそれを見落としてしまっていると、恐れ多くも私が思うことについて、これから書いていきたいと思う。  ちなみに、知らない人のために「ポストモダン」思想についてWikipediaの説明を引いておく。  大体私は大概のことについて表層

            セルフレビュー「「地図と土地」の「貨幣論」」

             以前に書いたエッセイ「「地図と土地」の「貨幣論」」について、書いた後から振り返ってみて、おかしかったこと、気がついたことをここに書き加えていく。レッツ反省会。 2022/5/23〜24(修正の修正が入ってしまった) ニーチェはポストモダン風の懐疑主義者ではないという読解があることを書いた後に知った。論の内容に関係することでは全くないが(なぜそんなことを書いているのだろう)、「ニーチェかぶれ」は「いわゆる通俗的解釈の「ポストモダン」かぶれ」程度に修正するべきなのかもしれない

            「地図と土地」の「貨幣論」

            全体的な価値形態  ベイトソンは認識論について語る際に、しばしばコージプスキーの提唱した「地図と土地」という概念を持ち出している。「地図と土地」とは「メッセージを作る素材は、それがあらわすものと違う」ということ、「指し示すもの」と「指し示されるもの」は異なるということをたとえた概念である。例えば、ベイトソンはこのようなことを言っている。  私たちの認識は《土地=ものそれ自体》を「見る」ことは決してなく、ただ、「地図」が多様な認識として作成されていくだけに過ぎないというわけ

            自己紹介

            適当なことばかり書いていますので、私を信じないでください。 筆者はしがないリーマンであり、かつこの世界の生けとし生けるものすべてがそうであるように一人の名もなき世界市民です。 ここに書かれた文章に何か面白みや興味を感じたのであれば、以下に投げ銭をしてもらうとモチベーションになります。 https://bit.ly/3HtUXSb よろしくお願いします。 ちなみに筆者は月給の1/9くらいを投銭しました。(投稿日) 月給の1/3弱分くらいを追い投げ銭しました。(202

            限りない学びへ

            目的  文章を電子媒体に記録し、それを閲覧できるようにWEB上で公開するということは、その行為を行う人が、閲覧者の保有しない何らかの有益な情報を持っており、対価のためにそれを「話す、教える」ために行うということも多いと思う。けれど、私が今日からここで文章を書くことで始めてみたい試みはそれとは違う。  というのも、私は知識人ではなく、特段自身の頭脳が秀でているわけでもなく、閲覧者にとって何ら有益でしかも正しい情報を有しているとすらも思えないから。  ここで文章を書いてそれ