松笠 遥 Matsukasa Haruka

I'm an amateur philosopher. I'm h…

松笠 遥 Matsukasa Haruka

I'm an amateur philosopher. I'm happy you'd examine my discourse. 素人哲学者です。 私の言説を吟味していただけると幸いです。

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【書籍化note一部公開‼‼】『誰も知らない夢の果てから』

 この度私がnoteで書いたエッセイ『誰も知らない夢の果てから』を書籍化することにしました!朝日新聞に広告が載り、ジュンク堂や紀伊国屋、Amazonから購入できるようになりそうです!やったぜ!  無名の素人の哲学本なので、正直売れる気があまりしないのですが、できれば多くの方に手に取っていただき私の議論について考えていただきたいので、ここにエッセイの序文とその一部分と目次を掲載しようと思います!  一定以上販売が伸びれば印税が発生するようなのですが、私の目的は印税ではないの

    • 【書籍化note一部公開!!】ポストモダニズムを過去のものとする野心的目論見、新しい情報と関係の哲学です!『誰も知らない夢の果てから』|松笠 遥 https://note.com/kasamaru_hatsuka/n/n9737b56f7edc 

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        • 【書籍化note一部公開!】現代フランス思想の先を目指す、新しい情報と関係の哲学です!『誰も知らない夢の果てから』|松笠 遥 https://note.com/kasamaru_hatsuka/n/n9737b56f7edc

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          セルフレビュー「龍樹へのトリビュート」

          下記の論考に対する自己批判(吟味)です。 2024/6/2関係の消失するところ  このように「世界それ自体」を見ようとしたとき、認識が消えてしまうということの事例をもう一つ挙げることが出来る。それは経済における「収支」や「資産と負債」の概念である。つまり、例えば国家間の収支が世界全体で見たとき、相殺されて0になるということは、存在の真理と関係の真理の関係に正確に対応する。  世界を丸ごとそのまま見ようとしたとき、関係の体系である認識は消失してしまうのである。国家の収支も

          セルフレビュー「龍樹へのトリビュート」

          学説や概念、理論、モデル、理念型……そういったものはそれだけで済ますことはできないし、それ無しで済ますこともできないものだと思う。

          学説や概念、理論、モデル、理念型……そういったものはそれだけで済ますことはできないし、それ無しで済ますこともできないものだと思う。

          To Love Myself, to Love the World, to Love Someone

          ↓日本語バージョン:Japanese version The identity of the self and the identity of the world being the same as the world are like the two sides of a coin, and as Katsuhito Iwai said about Dasein, they are in a circular argument. The fact that the wor

          To Love Myself, to Love the World, to Love Someone

          セルフレビュー「私を愛するということ、世界を愛するということ、誰かを愛するということ」

          下記の論考に対する自己批判です。 2024/5/8独我論の懐疑と社会性  ここから、すべての情報を懐疑する独我論の懐疑は社会的なコミュニケーションのレベルに持ち込むことができないという帰結が導かれる。  その懐疑は他者の存在を懐疑するが故に矛盾なしにその前提(世界はすべて夢ではないか?)から他者とコミュニケーションを行うことができない。独我論者は正しくその論理に従うのであれば、この私(世界)を手放すが故に、この世界(私)を手放さなければならない。  それは我を捨てると

          セルフレビュー「私を愛するということ、世界を愛するということ、誰かを愛するということ」

          私を愛するということ、世界を愛するということ、誰かを愛するということ

           自己の同一性と世界が同じこの世界であることの同一性はコインの表と裏のような関係にあり、それらは岩井克人が現存在について述べたように、循環論法のうちにある。世界がこの世界であることは、私がこの私であることに基礎づけられ、私がこの私であることは、世界がこの世界であることに基礎づけられる。私がこの私であったから、世界はこの世界であるのであり、世界がこの世界であったから、私はこの私であるのだと。  なぜ私は他でなくこの私なのか、なぜ世界は他でなくこの世界なのか、という問いはこの循

          私を愛するということ、世界を愛するということ、誰かを愛するということ

          貨幣の中の貨幣、バンコール

           ケインズは第二次世界大戦後の国際通貨体制を話し合ったブレトンウッズ会議でバンコールという国家間の決済制度を提唱した。  バンコールは各国間の決済手段を一元化し、貿易収支不均衡是正のため、赤字の国の通貨を減価し、黒字の国の通貨には逆を行う。これにより、国家間の貿易摩擦を低減し、戦争の要因を減らすことを目指す。  それは決済手段を一元化するという意味で、各国通貨を商品とする貨幣、それはいわば貨幣の中の貨幣と言える(ケインズはそれを普遍的貨幣とも呼んでいる)。貨幣に由来する問

          貨幣の中の貨幣、バンコール

          A Tribute for Nagarjuna : Around the Truth of Anti-Time Solipsism

          ↓ 日本語版 : Japanese version ↓ I'll leave the argument about “time” that I wrote 8-9 years ago, though I don't know if it's correct or not. The reason I'll do it is because I was so moved while reading “Mūlamadhyamakakārikā” by Nagarjuna and

          A Tribute for Nagarjuna : Around the Truth of Anti-Time Solipsism

          真実を求める者は世界から自身の言説が認められないことを恐れる必要はない。自身が誤っていて世界がそれを認めないなら、それは真実を求めるものにとって正当な結果なのだから。逆に世界が誤っていたなら、そんな世界に認められることに価値はない。その時は真実が花開くのを一人信じていればいい。

          真実を求める者は世界から自身の言説が認められないことを恐れる必要はない。自身が誤っていて世界がそれを認めないなら、それは真実を求めるものにとって正当な結果なのだから。逆に世界が誤っていたなら、そんな世界に認められることに価値はない。その時は真実が花開くのを一人信じていればいい。

          論理とは、AならばBであるとは、AのときBの確率が1であると言うことの言い換えである。確率は論理よりも粒度が小さい、より基礎的な単位である。つまり、論理が確率によって解釈されなければならないのであってその逆ではないのではないだろうか。

          論理とは、AならばBであるとは、AのときBの確率が1であると言うことの言い換えである。確率は論理よりも粒度が小さい、より基礎的な単位である。つまり、論理が確率によって解釈されなければならないのであってその逆ではないのではないだろうか。