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【小説】神社の娘(第34話 毎年恒例タケノコ大発掘会)

 役場の裏の竹林を会場に、毎年春になると「タケノコ大発掘会」が開催されることは既出の通り。
 今年もその時期が到来し、本日、美味しいタケノコを食べたい職員たちが、よいしょよいしょと大奮闘している。

 しかし、今年の環境部野生動物対策課の面々にそんな暇はない。

 昨年までなら午前中から全員が参加できるほど余裕があったというのに、今年の午前の部は課長しか参加できなかった。

 最近では、葵はほとんどの仕事で樹とペアを組まされ行動している。

 唐揚げが「ああ、これヤバいかも」という妖物には必ずこの二人を当てているのだ。「向日葵と組みたい」という進言は反映されず、今日も今日とて、朝から葵は兄の方、樹と駆除に出ている。

「あー、終わった!午後からタケノコ掘れるかなあ。奥さんにもお母さんにもさ、今年も持ってきてほしいって言われてるの。お化けちゃんたち、もうでないといいのに」
「そうだな。もうバケモノ飽きたからタケノコでも掘りたいわ」
「お腹すいたから早くかーえろ!」

 先日は結局、向日葵が飲酒した理由を聞けずじまいだった。
 今朝も聞けない、いや近寄るなオーラが噴出されていた。

 このままだと、またしばらく無視されてしまう。嫌だ。

 話したい事を話して、聞きたいことが聞ける、お互いの事情も全部知っている。それは向日葵しかいないのに。

 先日の無視は葵が原因だった。今回も葵から逃げているということは、自分がらみかもしれない。謝れるなら謝りたいのだ。

 それに、もし誰にも言えないような悩みがあるなら、解決できるかは分からなくとも、寄り添ってあげられないかとも葵は思う。下戸が酒に手を出すなんて、よっぽど精神が不安定だから。

 樹が知るはずはないだろうな、とは思いつつも、探りを入れてみようと決めた。

 樹は妻のよう子とともに二宮本家にて親と同居、向日葵は同じ敷地内にある離れに住んでいる。一応は同じ敷地内にはいるので、何か知っているかもしれない。

「なあ樹ちゃん」
「はあい?」
「こないだ、ひま」
「あああああそうそう!アオちゃん!」

 葵が質問しようとすると、その100倍の声量で樹がかぶせてきた。葵の声は消滅してしまった。

「〈舎弟のきっぺい〉って知ってる?!」
「はあ?舎弟のきっぺい?」

 おそらく八神橘平のことだろうが、樹がなぜそう呼ぶのか、その話題をいきなり出してきたのか。予想外の話題に間の抜けた声が思わずでてしまった。

「そおおおお!聞こう聞こうと思ってたけど忙しくて遥か空の彼方だったわ。あのね、あの子、この間、飲めないお酒飲んじゃって」

 ちょうど葵が知りたい話題を樹から振ってくれた。これ幸いと、聞き出す態勢に入る。

「げ、マジでー?何かあったのかなー、向日葵が酒なんて」
「僕もそれが気になって。あのね、ちょっと前に久しぶりに僕の部屋に来てくれて。嬉しい~と思ったら、お酒飲めって。無理矢理、僕に500のビール缶開けて渡してきて、で自分も同じの開けて。飲めないでしょ!!こら!!って言ったら」

 飲むんだよ!と樹に無理矢理飲ませ、その後自分も一気に流し込んだという。一瞬で沸騰したふらっふらの妹を離れまで運んだそうだ。

「でさ、ふらふらなのに電話出して。お友達にでもかけるのかなーって思ったらさ、画面に〈舎弟のきっぺい〉って。それだーれ?って尋ねたら」

 弟ができたから。兄貴より兄弟だから、わーい、と宣い始めたという。

 離れに着いた頃に〈舎弟のきっぺい〉と連絡が取れて彼女はソイツと話し始めた。

 内容は気になったが、「盗聴って趣味悪いから」と樹はそこからすぐに去ったという。お酒に頼るほどなので、自分には聞いてほしくないだろうし、と。

 酒を飲んだ理由はいまだ不明だが、酔っぱらって橘平に電話したことだけはわかった。もしかしたら、少年が理由を知っているかもしれない。

「ジェラよね~僕より兄弟って!ねえマジ誰?ほんとに誰?ねえ、きっぺいって彼氏かな?」
「は?」

「それか、酔わなきゃ電話できない相手かしら。オモイビト?カタオモイ?ほらあの子、浮いた話もそういう素振りも気配も昔っから全然ないじゃない。それに僕には本音言わないし。ねえ、アオちゃんなら知ってるんじゃない?教えてくれないかしら。そういうことなら応援してあげたいし」

 〈舎弟のきっぺい〉がそういう相手ではないことはよく知っている葵だが、ここで〈舎弟のきっぺい〉を知っていると答えるのも正解なのだろうか。

 酔って電話するのが高校生と聞いたら樹はどう反応するか。

「…そういうヤツがいるとは聞いたことないけど。あ、いや、そもそも、相手が男かどうかもわからないじゃないか。もしかしたら女性を舎弟って登録して」

 と言いかけて、葵は「なんか変な事言ってるぞ俺」と気づいた。
 それだと、向日葵に秘密の女性がいるみたいじゃないかと。
 訂正しようとすると、

「ああああそういうことか!!だからあの子ったら、お見合い全部断ってるのねええ!!そういや、きーちゃん、って呼んでるの聞こえたああ!!」

 案の定、樹がそのように解釈してしまった。

 お見合いを拒むのは単純に、桜の高校卒業まではその時期じゃないからだし、他の理由もあるし…。その事情は絶対に話せないけれど。

「どうしましょう、兄としては応援したいけど、次期家長としては応援しづらいような…いやでも、跡取りじゃないから別に問題はないわけだし…」
「あ、いや、ちが」

 樹のがっちりした手が、葵の両手をがっしりと包む。

「僕の代わりに、向日葵のこと、応援してくれる?」

 邪気の無い瞳が葵を圧倒する。

「ああ、はい…」
「ありがとう!!」

 笑顔がそっくりの兄妹だった。


 午後も妖物の出現はあったが、課長曰く「普通のヤツ」ということで、葵と樹の出動はなかった。

 樹と、午前に引き続き課長がタケノコ堀に出かけ、課には入力作業に没頭する向日葵と、樹に報告書を押し付けられた葵、桔梗が残った。

 桔梗が「ちょっとだけタケノコ見学してくるわ」と席を立つと、課には二人だけになった。葵は前の席の向日葵に、付箋を渡す。

 付箋には【橘平君の電話番号教えて】と記されていた。

 また明々後日からの話題に、酒の事を聞かれたくなく、朝から葵を無視していた向日葵が思わず「え、知らなかったの?」と話しかけてしまった。

「知らなかった。教えて」

 これをきっかけに、向日葵の無視はあっけなく終了してしまった。


 橘平が桜と〈野宿は…〉とメッセージのやり取りをしていると、知らない電話番号からかかってきた。

 やっぱり、知らない番号はどきっとしてしまい、無視してしまった。

〈知らない番号から電話来た誰だ、知らない番号びっくりする〉
〈出てみたらいいのに〉
〈うー、じゃあ次かかってきたら〉

 と打ったそばから、同じ番号より着信があった。橘平は恐る恐る出る。

「はい、どなたでしょうか」
『橘平君?』

 聞き覚えのある低い声だった。

『葵だけど。番号は向日葵から聞いた』
「え?!あ、葵さ、えっと、何か急用でも!?」

 わざわざ向日葵から番号を聞くほどだ、何か重要な用事があるのではと、橘平はスマホを持ち直して両手で持ち、耳に押し付けた。

『この間、酔っぱらった向日葵から電話来た?』

 今更その話題を、しかもわざわざ番号まで聞き出してするとは。

 橘平は目が点になった。それも、その時の悩みは解決しているはずだ。

 ほんと、なんで、いまさら。

 どの程度話していいのか迷うけれど、飲酒後に橘平に電話したことまでは、すでにバレているのだろう。そこは隠さないことにした。

「ええ、ありました。結構前の話ですけど…」

『理由知ってるか?向日葵って酒にめちゃくちゃ弱くて、飲まないって決めたはずなんだけど。そんなヤツが飲むって何かひどく辛いことでもあったのかと…』

 あ、これは。心配なのか。ふーん。

 橘平は口元が緩む。向日葵の応援は困難かと思われたが、意外とそうでもないようだ。

「アレ、葵さんのせいですから!俺酔っぱらいに絡まれていい迷惑っすよ!でもすぐ解決したらしいですよ!もっと優しくしてあげてくださいね!おやすみなさい!」

 橘平は嬉しそうに勢いよくそう言うと、さっと通話を切り、電話番号を〈三宮あおい〉で登録した。

「なんだ俺のせいって!そこを言えよ!舎弟!」

 一方的切りされた葵は、軽く舌打ちした。

 が、まあ、向日葵の無視は終了したし、解決したっていうし、これ以上突っ込んでもまた無視されるだけか、すっきりはしないが。とあきらめた。

 調子に乗った声や優しくしろだの偉そうに言われ、イラつく材料はあったけれど、橘平との通話に嫌な気持ちは残らなかった。

 向日葵をイジメているつもりはないけどなあ。

 と、また見当違いなことを考えつつ、寝る支度を始めた。

〈電話、葵さんだった!〉
〈えーそうなんだ。番号知らなかったの?〉
〈うん〉
〈何かあった?〉
〈別に。向日葵さんが心配なだけの電話〉
〈ふーん〉


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