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【小説】神社の娘(第32話 向日葵、口が滑る)

 日曜日。
 本日の出動は3回。
 キツネ2匹、柴犬3匹、猪1匹。
 強さは一般的なレベル。
 うち一回、有術者の親子が課長と見学に来ました。

 退勤時間がせまり、向日葵は課内の共有アプリに今日の記録を簡単に入力し、帰る準備を始めた。
 葵も同様に帰り支度をする。

「あー、やっと終わった。休日に職場って精神的に辛かった~こーいうとき、みんなお酒飲むんだろうなあ~ちょっと羨ましい~」

 向日葵は見た目の派手さから飲めそうに思われがちだが、実は下戸である。
 一口でふらふら、お酒入りのチョコでゆでだこになるタイプだ。

 20歳の誕生日会で初めて酒に挑戦し、友人たちの前で吐いてぶっ倒れるという失敗をして以来、全く飲んでいない。
 その場には葵も居たし、なんなら向日葵は葵の頭の上に嘔吐してしまったという。

 酒弱エピソードを言い聞かせ「飲めない」と言っても、酔っぱらい課長は飲ませようとするのであるからタチが悪い。どうしようもない親戚だ。

「そうだな。久しぶりに飲もうかな。一緒に飲むか?」
「飲めるか!でもいいなー飲めて。それなりに強いしね。私さ、ついこないだハタチぶりに飲んで記憶無くし…」

 とつい口して、向日葵は橘平に電話してしまったことを思い出してしまった。

「え、飲んだ?どうしたんだ?飲まないって決めてたのに、もしかして飲まされた、いや向日葵に限って、え?」

 向日葵は「あんぽんたん!私の口!」と自分を責める。

 実は橘平に電話した時は葵のせいで辛くて辛くて、辛さの限界を超え、つい酒に手を出してしまったのだ。

 みんなこれで大変なことを忘れていい気分になって。じゃあ私もこれで苦痛を忘れられるかもしれない、と。スーパーの酒コーナーで思考がぐるぐるになりながら、つい。

 そこからの橘平への電話だった。電話のあとにぶっ倒れてそのまま朝を迎えたのだ。

「か、かかか帰る!!」

 びゅっとカバンを手にし、向日葵は役場の廊下を滑るように走っていった。

 葵もそれを追いかける。もともと身軽で足が速いうえに、いつも以上に全速力の向日葵になかなか追いつけない。

「な、何があったんだ、はあ、酒っておかしいだろっ、弱いのに!」

「なんもないよー!」

「じゃあなんで、はあ、はっ、にげる!んだ!」

 ピンク軽に辿り着き、エンジンを入れると電話が鳴った。最近は現場ですぐ連絡を取れるよう、向日葵はスマホの着信音を出している。相手は〈さくらちゃん〉だ。

 今すぐ役場を出たいが、桜は今日、八神家に訪問している。急ぎの報告があるかもしれないと向日葵は電話にでた。

『ひま姉さん?まだ役場にいる?』

「はあ、え?こ、これから、帰るところ、はあはあ」

『息切れしてるけど、今日そんなに大変だったの?』

「は、ああ、ううん、暇すぎて、は、走ってただけだからさ!」

 桜と会話するうちに、葵が追い付いてしまった。運転席のドアハンドルに手をかけているが、向日葵が電話をしているので我慢しているようだ。

『葵兄さんも近くにいる?』

 向日葵はちらとガラス越しのソイツを見る。

「…いるけど。どうしたの?きっぺーちゃんちで何か収穫あった?」

『うん。葵兄さんにも聞いて欲しいからからスピーカーにして』

 そう言われ、向日葵はしぶしぶ、窓を開けてスピーカー通話に切り替えた。

「さっちゃん、スピーカーにしたよ」

『葵兄さん、聞こえる?』

「桜さん?」

『あのね、おじい様の家に神社があったの!森で見つけたのとそっくりで。もしかしたらあの小さな神社って、八神家の人が作って、一宮と八神で悪神を封印したんじゃないかなあって。まだ確信はないけど。あとね、まもりさんが描いたっていう女性の絵もあったんだけど、おじいさんが私に似てるっていうのね。あ、さっきの神社ね、さらに鳥居なんかも付いてたんだけど、位置が変なの。あー、まとまらない!電話じゃあれだから、また今度会った時にいろいろ話そう。じゃあ今日はこれで』

 桜は一方的にばーっと伝え、ぶつと通話を切った。向日葵は電話を持ったまま、桜が息つく間もなく一気に話したことを反芻した。

 葵も何か考えている様子だ。

 その隙に向日葵は車を発進させた。

「あ!!向日葵ー!!」

◇◇◇◇◇

 結局この日、桜はプラモデルの箱すら開けずに終わった。お喋りし過ぎてしまい、あっという間に夕方になってしまった。

 とりあえず、残った時間で簡単に道具の説明をし、組み立ては次回に持ち越しになった。

「ごめん、プラモ作れなかったね」

 橘平は玄関の扉を抑え、桜を通す。

「ううん、お話すっごく楽しかった!作品について深く語るって楽しいのね。ひま姉さんとも今度語ろうかな、クラシカ」

「向日葵さんも観てたんだ」

「そもそも、ひま姉さんが熱心に観てたから、私も見始めたの。そしたら予想以上に面白くてはまっちゃった」

「あのアニメ、老若男女問わず人気があったからなあ」

 橘平が赤く染まりつつある空を眺めて言うと、「それだけじゃなくてね」と桜がバイクのヘルメットを被りながら付け加えた。

「主人公、葵兄さんに似てるでしょ」

 橘平は主人公のイラストを頭に浮かべた。確かに二枚目具合、特に目のあたりの雰囲気が似ている。

 向日葵が熱心に見ていたのは、主人公のロベルトと葵を重ね、結ばれなさそうで結ばれて結ばれないヒロインを自身に投影しているのだろうか。

 そう勘ぐった橘平であったが、その考えをすぐに打ち消す。クラシカ・ハルモニはストーリーが抜群に面白く、作画も緻密で美しかった。放映当時は日本中で大人気、例にもれず、向日葵もその一人であっただけだと。

「じゃあ、また来るね」

 桜はバイクにまたがった。

「うん。あ、春休みだね」

「そうだ春休みだ!」

 二人とも「遊びたい」と言いたいところだけれど、言えないのが現状だ。

「少しでも『なゐ』に近づこう、桜さん。春休みだからいつもより、ちょっとだけ、時間あるよ」

「うん」

 まぶしい夕陽を背に、桜は淡いほほえみを浮かべて八神家を去っていった。


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