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【小説】神社の娘(第20話 友達の話って自分だろ、ウソつくなって)

 向日葵さんが迎えに来ると聞いていたのに。

 平日の夕方、八神家にやって来たのは黒の乗用車。葵だった。

 はじめに応対した母親が「メイク落としちゃったじゃない!髪の毛もぼさぼさだし!もー!あんぽんたん!」と息子をめためたに責めたのは余談であるが、息子だって聞いてなかったから仕方ない。

 車の助手席に乗り込み、橘平は尋ねた。

「向日葵さんが迎えに来るって聞いてたんですけど」
「桜さんと飯作ってる」
「…ああ。ああ、そういうことですか…」

 仕事が終わってすぐ来たのだろう。見慣れたカジュアルな私服ではなく、黒っぽいジャケットにYシャツ、薄いグレーのスラックスだった。髪もちゃんと梳かしている。今まで見てきた彼は自然な、生えたままの無造作感だった。服装のジャンルが違うだけで、見知らぬ人と会っている気分だった。

 橘平は上は学校のジャージ、下は学ランのスラックス。普段のジーパンとパーカーと、それほど変化はない。

 さらに余談だが、実花は「ネクタイも見たいわ…」と呟いており、息子は胸やけな気分だった。が、その感想も分からなくはなかった。真に見てくれの良い人は、同性からも異性からも何か想像させるのである。「メガネを取った素顔も…」とも言っていたが、「それは俺みたぞ」とちょっと自慢気な気持ちになった。橘平としてはサムライ姿が見たい。

「すまんな、本当は金髪女性の隣がいいだろうが、しばし我慢してくれ」
「い、いや、美形の男性とのドライブデートもいい経験だと思います?!」

 野宿なみに口を滑らせてしまった、と橘平は焦ったが、意外にも葵は笑っていた。自分としては意味不明なことを口走ったのであるが。

「桜さんが面白い奴だって言ってたけど、確かに面白いな」
「お、おほめにあずかりこうえいです…」
「俺が美形かどうか知らんが、まあ帰りも送るから」
「い、いや、あの帰りこそ向日葵さんで!!母さんが怒るから!!」
「え?俺、お母さんに嫌われてるの?」
「ち、違うんです、全然違うむしろ逆で…はいあの、メイクしてれば」

 説明してもきっと分かってもらえないだろう。今もはてな顔をしている。自分のことは自分が一番知らないというし。その辺のことは、橘平にも分かって来た。

 葵は良くも悪くも天然である、と。それと、たまに冗談っぽいことを言うけど、どう受け取っていいのかわからない間なのだ。

 きっと向日葵さんも無意識に振り回されてるんだろうなあ。向日葵に失礼だとは思うが、少しずつ想像できるようになってきた。

 せっかくの葵との二人きりの機会、橘平は向日葵応援隊長として、ちょっとした援護射撃をしてみようと試みた。

「あの、友達が…」
「友達が?」
「すっごい、国宝級天然女子のこと好きになって。最近、見てて不憫になってきちゃったんです」
「不憫?」

「仮にAちゃんとしますが、Aちゃんは友達の好意に気付いてないと思うんです。しかも、超もてるんです。友達は恥ずかしがり屋で思いを伝えられなくて、でもAちゃんとは仲良くしたいから、えっと頑張って何かと話しかけたり、その、ええと、なんとかして隙を見つけて一緒に帰ったり?はするんですけど、Aちゃんの言葉や行動に振り回されてるっていうか。あ、どっちもすっごく優しくていい人なんです、だから二人を応援したいんだけど、どう応援すれば効果的なのか」

 天然の人はうーん、と軽く唸り「それ、自分の事?」と聞いてきた。

「え?」
「だいたい、友達のことは自分の話と相場が決まってる」

 天然のくせに妙な知識はあるんだな、と心のなかで舌打ちをした。橘平はきっぱり否定した。

「いえ、友達です。これはマジです。本当マジ真実」

 葵は友達をマジで応援したいなんて、なかなか良いやつだと感心した。本当かどうかは知らないけれど、と心のコメントに付け加える。

「Aちゃんは誰か気になる人、いるのか?」
「…不明です。天然でなかなか読めなくて。でも、俺は思うんですよ。Aちゃんも友達のこと、嫌いじゃないって。だから一緒に帰ったりするんだって」

 橘平は葵に「あなたのことですが」と伝えるつもりで語る。

 分からなくてもいいけど、少しでもひっかかってくれればいい。彼が向日葵をどう思っているか今のところ不明だが、これだけ一緒にいられるのは、桜のことだけじゃない。嫌いだったらできないはずだという期待があった。

「……Aちゃんも恥ずかしくて言い出せないのかもな。天然じゃなくて、そう振舞ってるのかもしれない」
「ふるまう…」
「着いたぞ」

 古民家に着き、話はそこで終了となった。葵の最後の会話に、引っ掛かりを感じた。誰かを想像して話しているようだった。それは自分なのかそれとも。

 引き戸を開けた瞬間いい匂いが漂ってきて、橘平の頭からAちゃんの話は消失した。「お帰りなさい」と桜が出迎えてくれた。帰宅すると大豆が嬉しそうに近づいてくる風景、それを思い出す出迎えだった。

 葵が仕事スタイルだったように、二人も私服ではなかった。

 桜はチャコールグレーのブレザーとスカート、薄ピンクのYシャツにリボンという制服姿。他校の制服をあまりみたことない橘平は、単純に珍しかった。

 向日葵はベージュのテーパードパンツにVネックの白ニットという、およそ私服からは想像できない普通さだった。「さすがに仕事じゃふつーのかっこするわ」という。シンプルさが向日葵のスタイルの良さを強調していて、橘平としては「こっちのほうが良いのに」と思ったが、言ったらセクハラかもしれない、と口をチャックした。

 本日の夕飯は、生姜焼き。肉も柔らかく、味付けタレも絶品だった。

「う、うまい…なんだこれは」
「ねええ!でしょ!朝から漬け込んだのを持ってきたのよん。私の手にかかれば、安い肉も高級レストランになるのさ」
「あ、あの、今度料理教えてくれませんか!?」
「あ!私も教えてほしい。そういえば、ひま姉さんのお手伝いはするけど、教えてもらったことない!」

 4つの瞳からきらっきらのまなざしで見つめられ、料理上手は言いようのない恍惚感を覚えた。いままで、こんなに尊敬されたことはない。気持ちいい。なんでもうまくいくような気分だった。

 家族から「美味しいね」とは言われたことはある。しかし向日葵の母がもともと料理上手なこともあり、二宮家の舌は肥に肥えているのだ。そのせいで、義姉は母に「塩味が」「酸味が」「あの子の好みはね」とちくちく言われ、かなり苦労している。

 友達とバレンタインスイーツの交換もしてきたが、この高校生たちほど感動されたことはない。もしかしたら、この子たち盛り過ぎ?お世辞うまい?ということも頭をよぎったが、濁り無き素直な瞳は真実を語る。

「じゃあ、向日葵の料理教室開講しましょ!やろうやろう!」

 夕食後のお茶とともに、桜と葵が古文書を読む。役立たず二人は、ソファでこそこそ雑談しながらその様子を眺めていた。

「向日葵さんはこれ読めないんですか?」
「うん。いみふ。今日は料理人として来た」
「ふーん、向日葵さんは勉強しなかったんすね」
「…私は頭より体を使う方が得意なの。そうだ、料理のついでにさ、強くならない?」
「つよく?」
「そそ、武道。躰道。基礎だけでも、覚えといて損なしだと思うよ~護身になるよ。たまに子供たちに教えてるからくれば?」

 以前に桜が、「強くなりたいなら、向日葵が喜んで教えてくれる」というようなことを言っていた。

 あの時は「お断りかな」と思っていたが、実際にバケモノと向き合ってみて、逃げるにも守るにも技術がいると実感していた。特殊な技がない自分ができることは、桜をとにかく守ることだ。良い機会かもしれないと、橘平は思い直した。聞いたこともない武道だけど。
 ぱさ。葵が一冊目を読み終えたようだ。次の本を手に取る。

「あ、それ何書いてありました?」
「借金日記」
「借金…」
「まあ日記なんだけど、書いてあることは借金のことばかりだったから。随分、借りてたみたいだな。村中の家から借りてる。分家にも借りて。借りてない家はなさそうなくらい」
「あ、ああ…そうなんだへえ…」

 八神家が他の家よりも地味で財産めいたものがないのは、そんな歴史があったから。なのかもしれない。と子孫は先祖に思いを馳せた。

「土地を担保にして、いつか取り戻せるさっていう楽観的な日記もあるけど、見る限りは取り戻してないだろうな」
「でしょうねえ。土地って言っても、ってくらいですよ。かろうじて今は山があるけど」

 桜の方も確認し終えたようで、内容を発表する。

「こちらも日記みたい。だいたい借金の話」

 そうなんだあ、解読ありがとう…と橘平は礼をいい、桜はじゃあ次の読むね、と解読に取り掛かる。

「まさかのご先祖借金まみれ」
「自分の家の事ってさ、意外と知らないもんよね。私もわかんない」
「二宮さんちって結構でかいっすよね。歴史も財産もいっぱいありそう」
「ねー。興味ないわ。跡取りじゃないから知らなくてOK。ねえ、料理って何作りたい?」
「唐揚げ!あれを自分で作れたら最高です!」
「おお、じゃあ唐揚げ教室開こう!買い出しからね。そーいうの大事だから。いつがいいかな」

 話題が唐揚げ教室の内容から、この間のバレンタイン何もらった?女子から義理チョコを、に移ったころ、桜が「あら」と声を出した。もう一人の古文書読みは手を止め、桜の史料を覗き込む。

「何か見つけたか?」
「あ、家系図なんだけど…ここ。幕末、明治?八神家から一宮家にお嫁に行ってるの。珍しい」
「珍しい?なんで?」
「うちね、お嫁さんは外の街から娶るって決まってるの。村の女性とは結婚させないって決まりがあってね。知らなかったなあ。家系図見たことあるけど、村の人は居なかったはず」
「お妾さんかもよ。そーいう方は一宮の記録には残らないでしょ、多分だけど」
「ああ、その可能性もあるね。へえ。まもりさん、だって」
「その人が嫁に行った時期って、妖物が凶悪化した時期と重なるな」

 妖物の活動が活発化した年代に、八神家の女性が一宮家に嫁、もしくは妾として入っている。
 そして現代。また妖物の強さが増している今、八神家の少年が3人の前に現れた。これは偶然なのか。有術が残っていないはずで、歴史ある資産も、土地もない、昔は借金だらけの家だった八神家に何があるというのだろうか。

「ああ、まもりさん!聞いたことあるよ、ひいじいちゃんから」
「ちょ!有力そうな情報じゃない!話して話して」

「まもりさんは一度お嫁に出たけど晩年?に出戻って、それから亡くなるまで八神家にいたんだって。ひいじいちゃんは子供のころ、その人に面倒みてもらってたんだってさ。まもりさんの書くお守りはよく効いたらしくて、幸せな気持ちになれる、心から守ってもらえるものだったって。ああ、あと手先がとても器用だったとか。なんでも作れるって」

「ふーん。そういえば、きーちゃんのお守りもほんとよく効くもんね。その人の血を色濃く継いでるのかも~あ、また書いてよ!」
「そんなに効くの?私も書いてもらおうかな。安全運転守り」
「喜んで!」

 俺のお守りがよく効く。確か向日葵さんは前回も「なんかね、いいよあれ」と言ってくれていた。

 そういえば、この間のお守りは効いたのだろうかと、ふと橘平は聞いてみたくなった。

「ねえ向日葵さん、この間のお守りも効いた?」
「この間?ああ、あれは…」

 向日葵はあの時の橘平の追加コメントとその後を思い出し、顔も首も耳も真っ赤になってしまった。

 その様子に橘平は「しまった、なんて俺は口が軽いんだ!殺してくれ!」と大後悔したが、すでに皆の前で質問してしまったのである。

「あ、あ、あの」

 向日葵は口を滑らせた少年の腕を引っ張り、そのまま部屋の外へ引きずっていった。

「…何があったのかしら…」
「便秘が治りますように、って書いてもらったんだよ」

 史料を読みながら、赤面の原因はさらっと答える。

「あ!そ、そうなんだ…それは…恥ずかしいよね…出ました、とか、まだ詰まってるとか言えないしね…」

 実は土曜のお守りの件「葵さんと仲直りできるように」も聞こえていた、盗み聞きの君であった。桜も素直なので、その嘘のような冗談のようなウソを簡単に受け入れてしまう。

 橘平は台所に連れ込まれ、そこで腕を解放された。解放と同時に土下座し、小声で「ああ、さっきはほんとごめんなさいごめんなさい」と平謝りした。

「え、ちょっとやめてよ土下座って、顔上げて、立ってよ!」

 少年は恐る恐る立ち上がる。向日葵はまだ恥ずかしそうな顔だが、そのまま、橘平に近づき耳元でささやいた。

「効いた、と思う。変な効き方な気もするけど」
「へ、変??えと、仲直りできたんすね?」

 まあ、もう無視はしてない、普通。という向日葵の言葉に、橘平はほっとした。多少は役に立てたのだと。

「良かった。お役に立てて!」

 えらそーだな、っと向日葵は橘平の頬をつねる。

「ついでだ、お茶でも淹れるか。きっぺー、ヤカンに水」
「はい。へへへ」

 夜も更け、「高校生はそろそろ帰れ」と古民家の住人から指令が下った。古文書の残りは明日以降、葵が順次読んでいくということだ。

「じゃあ、私明日も来るね」
「いいよ桜さん、俺一人で」
「メモしたいこともあるし!」
「…わかった」

 自分の知らないところで、親友が他の友達と仲良くしている。あの気持ちが橘平の心に再来した。自分も明日、と言いたいが、文字が読めない。来ても役立たずで見ているだけゆえに、そんな発言はできなかった。

「そかそか。じゃあ二人は明日も頑張ってねん」
「夕飯作りたかったら来ていいぞ」
「はあ?専属の飯炊き係かっつーの!明日は躰道のせんせーだから来れませんよ!」

 橘平は自分でもびっくりするくらい、一も二もなく反応していた。

「それ、何時からっすか!?」

<参考>


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