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【小説】神社の娘(第14話 桜、橘平と話したくなる)

 野生動物対策課の会議で報告された話は、一宮家、つまりお伝え様の家でも話題になっており、桜にも伝わっていた。

 桜の祖父で宮司の吉野、父で権宮司の千里は、役場から相談を受ける少し前に村の異変を感じ始めていた。

 ちょうどその頃だ。村長と環境部の部長、各課長が、一宮家にやってきた。応接間に通された面々は、吉野たちに妖物の様子が変化したことを語った。

 この話で、確信に変わった。

 彼らが去ったあと、吉野と千里親子は改めて話し合った。

「父さん、妖物に異変があるということは……」

「封印の森にも、変化があるかもしれないね」

 そこで、一宮家として、向日葵と葵に森の様子を見に行ってほしいと依頼した。

 葵は桜の守役としての信頼も厚く、有術の実力もある。向日葵の有術に関しては、他の人と同じく心もとなさを持ってはいるが、彼女の体術と精神力を一宮家では買っている。何かが起きても、この二人なら切り抜けられるはずだと。

 向日葵たちはもちろん、一も二もなく引き受けた。自分たちが今、一番必要とする情報が得られるかもしれないからだ。

 当日は、一宮の神職が二人を森の南口まで送った。

 車から降りた二人は、期待と不安を抱えながら森の前に立つ。

「よーぶつ強くなってきたもんね、森にも変化あるかもだよね」

「吉野様の話だと、入れるかもしれない、だよな」

「入れたらいいな。そしたらさ、さっちゃんと一緒に……終わらせようね」

「……ああ」

 実際に吉野の話通りだった。いままで誰も立ち入ることができなかったあの森に、すんなり入ることができたのだ。

 一宮に残る文献によると、道順はなく、とにかく歩いて北を目指せば森から出られるという。

 方位磁針を頼りに、昼間でも暗い森の中を、二人は十分注意しながら探索する。しばらくすると、あの満開の桜が現れた。

「ええ、ホントに満開の桜だ~めちゃキレイ!」

 先生から聞いていたこととはいえ、実際の桜は不思議な魅力にあふれていた。

「これが先生の言う桜なら、近くに神社があるはずだ」

 ほどなくあのミニ神社を見つけた。今破壊すれば、悪神が現れるのだろうか。二人はしばし、神社の扱いに悩んだ。

「悩んだって仕方ないわー!」と、向日葵は持ち前の無謀な勇気で神社を地面にたたきつけた。

「お、おい!!」

 しかし、傷一つ付かなかった。

 葵も有術で刺したり切ろうとしたりしたが、びくともしなかったのだった。

「…やっぱり桜さんの能力なのか?」

 二人はこのミニチュアのことは諦め、広場に何かあるかをよく確認して、この場を後にした。

 文献通り、右に向かおうと左に向かおうと、北に向かうと森から出ることができた。

 さて、見たものすべて正直に、吉野たちに報告すべきか否かである。

「もしもし…」

 葵は桜に電話し、現在、葵の住む古民家に呼び出した。

 実はこの時、古民家には誰も住んではいなかった。桜が祖父に頼み込んで、先生が住んでいたまま残してもらって、時々、この家に残る資料などを調べていた。いわば、3人の秘密基地のような存在だ。

 木製のローテーブルを囲み、3人は話し合う。

「嘘を報告しましょう!」

 桜がぱちん、と手を合わせた。

「本当の事言ったら、森に監視もついて入りにくくなっちゃう」

「そうだよね~それに森へ入るの見られてさ、封印解くのバレたら『頭オカシイ』って思われて座敷牢だよね!回避回避!」

「と言っても、ちょっとだけ真実をまぜてな。全部ウソだとバレるから」

 

 ということになり、一宮家にはこう報告した。

「森へは侵入可能になっていました。しかし、見たこともないほど巨大な妖物や」

「めーっちゃくちゃ強いヤツばっかりでした!!葵でもざっくざっく、何回も切ったり刺したりしなきゃ駆除できなくて」

「ほとんどが、出遭ったら逃げるしかなく…」

「そうなんです、私が葵を片手に抱えて逃げまくって森から出ました」

「は?」

「葵が、向日葵に抱えられて?」

 スクエアメガネをかけた千里が、眉間にしわを寄せた。

「おい」

「それくらい、ヤバいんです。初めて妖物で……死ぬかと思いました」潤んだ瞳。ふざけた様子はみじんもない。「本当に恐ろしい存在なんですね、妖物……『なゐ』」

 向日葵の表情から、だれも嘘を感じることはなかった。彼女はこういう時、いわゆる「ウソの無い」演技をできる人間なのだ。

「葵がそこまで手こずるということは」

「はい、ぜっっったい、森には入らないほーがいいと思います!近づいてもダメです!吉野様も千里様も!誰もかれも!めちゃ危険です!」

 また、他の妖物が村に立ち入れないように、森の奴らも外へは出られないようであるから、常時の監視は不要と思われる旨も伝えた。

 この報告、森に入れること以外嘘っぱちであるが、二人が長年築き上げた信頼は絶大である。そして向日葵の演技も効果を上げ、吉野と千里はすっかり信じたのであった。

 加えて葵は

「一応、監視のために、俺を森の出口にある古民家に住まわせていただきたいです」

 と願い出た。これもすぐ受け入れられた。

 これが2か月ほど前のことである。

◇◇◇◇◇

 桜は菊の死後、向日葵と葵とともに、「なゐ」を消滅させようと奮闘してきた。

「封印がある限り、村の人が犠牲になり続ける。こんなのおかしいよ」

 そうは言ったが、桜の始まりの動機は異なる。

 菊の死により自身が跡継ぎにさせられたことで、不幸になる人たちがいると知ったからだ。桜だけではない。菊が後を継いでいても、誰が後を継いでも、別の人が不幸になる。そういう村の構造。

 私のせいで。一宮のせいで。

 封印のせいで。

 不自由になる人がいる。

 嫌だよ、怖いよ。

「みんなを自由にしたい。ひま姉さんと、葵兄さんのことも」

 助けを呼ぶ声も聞こえない、深い落とし穴。

 小さな女の子は、そこにまだ一人、座って助けを待っている。

 落とし穴から抜け出る方法はただ一つ。

 「なゐ」の消滅だ。

 そのために森の封印を解いたのに、まさか、村全体に危険が生ずるとは思っても見なかった。

 桜の木の下の神社を破壊して、なゐを復活させ、そのまま自分が消滅させる。それだけのことだと軽く考えすぎていたし、桜は先生からそうだと聞いていたのだ。妖物が弱体化したように、悪神も弱体化している可能性が高いとも聞いている。しかし、この状況ではその情報の信ぴょう性も薄くなってきた。先生の知りえた情報は正確ではなかったのだろうと、ここにきて感じている。

 個人的な行動が、村の危機を誘発しているかもしれない。

 特に、向日葵と葵の仕事にも影響していることが申し訳なかった。

 桜は自身が傷つく分には、まったく構わない。むしろ、誰かのためになるなら、死ぬことだっていとわないほど。けれど、大好きな二人にこれ以上迷惑が掛かってしまうのがつらかった。

 桜は自分の今していることは正しいのか、間違っていたのかで心が揺れている。

 高校を卒業するまで、できれば18歳になる前。村全体を巻き込んで、すべての人を不幸にしてしまう前に。短期間の間に、封印の謎を解明できるのだろうか。

 家族が寝静まった時間。物音ひとつしない静寂の中でじっとしていると、不安と恐怖が桜の体を支配する。

 桜はベッドから起き上がり、村に関する文献や資料のある一宮の書庫へ向かった。何度読み返しても、手掛かりが得られなかった書庫のそれら。見落としはないだろうかとまた読み返す。

 江戸期の村の歴史が書かれた資料を手に取った時、橘平の顔が思い出された。

「…橘平さんとお話したいなあ…」

 とは言っても叶わぬ時間。桜はまた資料に目を落とした。


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