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【小説】神社の娘(第38話 2回目のゲロも君が受け止めてくれたんだ…)

「本当にごめんなさい本当にごめんなさい本当にごめんなさい本当に…」
「いやもういいから、済んだことなんだし」
「だめよ、あお君!優しすぎるわよ!」
 二宮向日葵は酒で大失敗したことを、早朝から被害者に土下座謝罪していた。
 葵に酒を飲ませたところまではしっかり覚えている。その先がもう、はてな。



 樹は5時頃に葵の住む古民家にやってきた。そのことは昨夜の電話で聞いていたので、葵もその頃に起き、樹を迎え入れる。

 その玄関の開くガラガラ音で、ゲロの方は目が覚めた。

 ちょうど横向きで寝ていた彼女は、目を開くと隣に自分が寝ている以外の布団があって「ええ?」、口の中も異様に気持ち悪く「なんでえ?」とぼやっとしながら起床した。

 頭の靄が晴れ始め、ここが自分の部屋ではないことをだんだん理解する。
 恐怖を感じてきた。

 部屋を見回し、目に入ってきたのは日本刀。
 着ているのはスカイブルーのジャージではなく、大き目の黒いジャージ。

 徐々に昨夜の記憶、葵に酒を飲ませるところまで蘇り、無意識にぎゃーいやーっと大声をあげていた。

 急いで葵たちの居る部屋に向かい、冒頭の謝罪に戻る。

「ひまちゃん、もうね、ホントにお酒はダメ!ぶっ倒れちゃったのよ。急性アル中よ!体壊しちゃったらどうするの!それで人様にまで迷惑をかけて、二重苦!」
「はい、ごめんなさい、肝に銘じます。葵さん、ご迷惑おかけしました。お兄様、このたびは一族の面汚しを」
「だからもういいってば!」
「わたくし、いったいどんな罪を犯したのでしょうか」
「ぶっ倒れただけだよホント。俺も樹ちゃんも酒入ってたから送ってやれなくて、うちで寝ててもらっただけだから」

 うううう、ええええ、と朝からウルルする妹に、兄は着替えの入ったトートバックを渡す。中身はよう子に用意してもらったらしく、「僕触ってないからね」と。あと、親には言ってないから安心して、と。

「悪いと思うなら、着替えて葵様に朝ご飯でも作ってやんなさい!じゃあ、僕帰るね。ひまちゃん、今日はここから出勤よ。じゃあまた職場で会いましょ」

 それだけで樹はさっさと帰っていった。妹の失態がバレないよう、配慮して家を出てきたようだった。

 樹を嫌いだという向日葵ではあるが、妹思いの良い兄だし、最終的には向日葵も頼るしで、本心では信頼しているのだ。
 葵が思うに、彼女は両親にも周りにも心を隠して育ってしまったがゆえに、いくらでも受け止めてくれる逞しい兄に甘えているのだ。

「あの、じゃあその、お風呂場をお借りしていいでしょうか…それからご飯作ります…」
「ああ」

 ん、でも。と向日葵は着ているジャージの胸部分をつまむ。
 なぜ葵のジャージを着ているのだ、私。

「あの、私のジャージは?」
「…ゲロついたから洗ったよ。乾いたら返す」
「ひいいい。ま、また、は、吐いたんだああほんと、ほんと、ごめんなさい…あの私、ゲロって倒れて、あとは何かした…?」

 葵は「それだけ」と返した。
 実はもっとひどい「電話」があるのだが、聞いてしまった橘平も、この話題を出すことはないはずだ。多分。おそらく。

「あ、買い置きの歯ブラシ使って。戸棚に入ってる。気持ち悪いだろ、口ん中」

 うう、ありがとう…と向日葵は静かに風呂場の方へ消えていった。

 さっぱりした向日葵は、さっそく朝ご飯作りにとりかかった。やっぱり隣には葵がいて、手際よく卵を割っている。

「タマゴさんは割れるのよね」
「知ってんだろ。よく卵かけごはん食ってたの」

 そうでした、と向日葵は手際よく卵をかき混ぜた。

 朝ご飯はバターを載せて焼いた6枚切り食パン、スクランブルエッグと野菜炒め、味噌汁。

 パンには洋風スープが定番だが、向日葵が「酒を洗い流してくれそう」な味噌汁を飲みたい気分だったという。「味噌煮込みうどんあるしな。同じ小麦だ」と葵は言った。

 味噌汁をすすりながら、葵はふと「あったかい気持ち」になったと気づいた。
 効くな、お守り。やっぱりアイツのおかげだ。

「なんでニコニコしてるの?」
「…そこに朝グモがいたから」
「ん?」

 朝食後、向日葵が先に家を出て、時間差をつけて葵が出勤した。


 向日葵が課につくと、すでに樹がやってきていた。いつもなら無視をする妹だが、今日は「…おはよう」と声をかけた。樹は役場を破壊するほどの大声で狂喜したという。

 だから嫌いなんだよ!

 と心の中で叫ぶ向日葵であったが、その日を境に樹に挨拶するようになった。
 

 お昼休憩時、朝からしょげていた向日葵に桜から電話があった。

『今お昼ご飯の時間だよね?ちょっといい?』
「うん、いいよ、なあに?」
『日曜日に4人で会えたらって。八神さんちの神社の写真撮ったから見せたいし、あと今、私が家でしてることとか』

 どうせ酒の失敗を引きずるだけ、桜たちと会えば気がまぎれると「うん、会いましょう」と返事をした。

『あとそう、野宿のことも話さなきゃ。葵兄さんにもこれから連絡するから。じゃあね』

 と、桜は通話を切った。

 野宿って?

 まあ日曜に聞けばいいかと電話を仕舞い、デザートのいちごをつまみ始めた。

 昼休憩も終わり間際、次は葵からメッセージが入っていた。

〈ジャージ、今日には乾くと思うけど〉
〈ありがと。日曜に受け取るよ〉
〈日曜?〉
〈さっちゃんから連絡来たっしょ?〉
〈二人がいるのに渡していいの?〉

 ああそうだ、ゲロがバレる、飲酒がバレる、泊ったのがバレる、かもしれない。向日葵は大混乱した。飲酒はすでに、橘平には筒抜けだが。

〈だめです!!〉
〈じゃあ今日の夜か土曜に取りに来いよ〉
〈しょうち!〉

 まんまと葵に誘導される向日葵だった。ちなみに職場での受け渡しは論外、である。

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