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【小説】神社の娘(第22話 スパイデート-やっぱり自分の話じゃないか君)

●第3章 冷然な桜

 剣術の稽古が行われるのは学校にある剣道場だった。

 夕方の部活動の後、剣術の会があったとは橘平は、いや関係者以外はほとんど知らないだろう。昨日の躰道は、地域貢献として広く一般に公開しつつ、実のところは有術を使える子や大人たちの訓練をしているというが、こちらは完全に有術が使える家の子と大人たちのみだという。

 橘平と桜は稽古が始まった時間、つまり参加者がみな剣道場に入ったころを見計らって校庭に侵入する。

 ドレスコードは黒い服。橘平は黒いスウェットにジーパン、いつもの暗い色のダウンを着てきた。桜は黒いPコートに黒いズボンという出で立ちだ。

「わあ、どきどきしてきた!見つからないように!」

 かつてないほど、少女は活き活きしていた。遊園地に行く前日の眠れない子供のようだ。

「今日、家族になんて言って出てきたの?」
「ひま姉さんの所行くって。だから姉さんに連絡して口裏合わせしてもらってるんだ。橘平さんは?」
「じいちゃんとプラモ作るって」

 もう言い訳も慣れてきた橘平だった。絶対に言わないが、「葵さんの剣道?剣術?を見学」なんて言った日には、実花から隠し撮りを要求されるに決まっている。めんどうだった。

「おじい様とプラモ?」
「そう。じいちゃんの趣味で。たまに一緒に作るんだ。あ、桜さん作ってみたかったらいつでも言ってね。道具あるから」

 あれ?女子をプラモ作りに誘っていいのだろうか、おかしい?と疑問がわいたが、意外にも桜は食いついて来た。

「え、面白そう!作る!今度作ろ!そういえばお部屋にロボットとかあったもんね」

 わ、見られてたか。と少し橘平は頬を赤らめた。暗くてよかったと心底思う。

 二人は周りを伺いながら校門をくぐる。剣道場は校舎の左裏にある。そこまでは誰かに見つかる心配はないが、問題は剣道場に近づいてから。

 橘平は昼間に下見をしたけれど、扉が閉まっていれば見られないかもしれない。暦の上では春とはいえ、まだ寒さは残っている。せめて、下の換気口が開いていれば、のぞき見ができそうだ。

 剣道場の明かりがみえ、足取りも静かになっていく。
 近づくと、換気口が一部開いていた。ここからのぞけそうだ。

 バレないよう、すみからこっそりのぞくと、みな後ろ向きで、足元が見えた。おそらく基本の足運びの練習を全員で行っているのだろう。

「どれが葵さんだろ」
「一番後ろの列の、右の一番端」

 さらにしゃがみ、右端に注目すると、横顔がちらと見えた。確かに葵だ。

「おお、道着と木刀姿もかっこいい。えっと、これ剣道とは違うの」

「違うよ。スポーツじゃなくて妖物を殺すためにやってるからね、こっちは。昨日はひま姉さんみたいに、サポート系の有術を使う人たちが中心で、現場で動ける体を養うための稽古。一応スポーツとしてやってるから、地域の子供にも公開してるの。こっちは葵兄さんのように妖物を仕留められる有術を使える人たち中心。あ、どっちも稽古してる人もいるよ。葵兄さんも躰道やるし。あ、ひま姉さんのお兄さんも剣術やってるんだ。うーん、今日はいなそう」

「へーそうなんだ。葵さんと向日葵さんが闘ってるの見たいなあ」 
「ひま姉さんが勝つか、たまに引き分けるか、かな」

 素振りが始まる。稽古とはいえ、木刀を振る音に静かな狂気を感じる。

「有術が使える子たちは強制的に武道や剣術を習わせられる。私も習ってた」

 構えなどの基礎稽古に移る。

「習うことはいいことだと思うけど、向き不向きもあるじゃない?普通の子なら辞められるけど、ここの人たちは嫌でも続けるのよ。大人になっても。いつまた復活するかわからない悪神のために、昔から兵隊を作っているの。現に、昔に一度、そして今、妖物は脅威になってきたけれど、そもそも、封印じゃなくて消滅させればよかったのに。それだけの力がなかったのかあったのか知らないけど、封印がなければ、みんな、好きなことができたのよ」

 「スパイごっこ」とウキウキしていた少女は、ここにはいなかった。胸の内によどみ続けているヘドロを吐き出す、裏の顔がのぞく。休憩タイムになったようで、剣術家たちが稽古場の脇に座って水などを飲み始めた。

「あ、こっち見えちゃうかも、橘平さん、こっちかくれよ!」

 剣道場から距離をとり、校舎の方に隠れる。夏なら風にあたりに外へ出たかもしれないが、まだ外気は冷たい。見つかることはないだろう。

「隠れるってドキドキする。初めてだけど楽しいかも」
「うーん、ドキドキはするけど、楽しいかはわかんない。葵さんにあんま見つかりたくないし」
「私も。っていうか、あそこにいる人たちみんな知ってるから、誰にも見つかりたくない絶対」
「土曜日も葵さんち?」
「うん」
「何時から?」
「午後だよ。なんで?」
「え…いや、俺は何にもできなくて。自分ちのことなのになあって」

 本当は親友を取られるような気持ちを感じるからだが、そんな恥ずかしいことは口にできない。橘平は「土曜来ない?」なんて一言を期待してしまっている自分がなさけなかった。

「そんなことない。橘平さんがいなかったら、ここまで来れなかった。あの雪の日に出会ってくれてありがとう。私たちのことを理解しようとしてくれて、助けてくれて、本当にありがとう」

 ありがとう。素直な気持ちを向けられて、こんなに恥ずかしくて、でも誇らしくて嬉しくて。いろんな感情が一挙に押し寄せてきた。

 暗くて分からないが、きっと、あの光をすべて吸収するほどの黒い瞳は輝いている。少年はそう感じた。

「何してんの?」

 突如、声を掛けられた。桜はとっさにしゃがんで丸まり、橘平はそれを隠すように立った。声の主は葵、ではなく橘平の高校の先輩、三宮柏だった。

「あれ、きっぺー君じゃん。え、何、女の子と一緒じゃん!おいおい、暗いとこで何してんの?やばくね?え、彼女いたんだ誰?」
「い、いやか、彼女じゃなくて、ですね…」

 心臓が、息が止まりそうだった。彼女は誰にも見つかりたくないと言っていた。助けるにはどうしたらいいか。

「え、誰々?七社?大六?どこの子?」

 柏が桜の顔をのぞこうと近づいてきた。「こ、これはその、人間にみえるけど犬っていうか…」と、訳の分からぬことを口走りながら必死に桜をかばう。
 橘平は手のひらに急いでお守りを描く。

 桜さんを守りたい。

 少年はくるっと後ろ向きになり、ざっと彼女を横抱きにして、走ってその場から逃げた。

「あ、おい!逃げんなよ!足はえーな!」

 柏が追いかけようとしたところで、葵が背後から現れた。

「おい、再開するぞ。大声出してなんかあったのか。野良犬?」
「あ、いや後輩がいたんですよ。女の子と一緒で。あんなぱっとしない奴にすら彼女いるのに、なんで俺は」
「夜の学校でなにやってんだ。なんてヤツ?」
「八神のきっぺー」

 お前かよ。

 葵はさきほどまで、そんなことする奴は、と呆れていたが、橘平と聞いて逆に感心してしまった。
 夜の学校で女の子と一緒とは、やっぱ面白いヤツじゃん。車で話していたAちゃんだな。ほらやっぱり自分の話だった。勇気出したんだな。と見当違いなことに思い至る剣術家だった。

「学校でからかうなよ」
「ああ、はい」

 からかうな、は、からかえ。柏はそういうタイプである。橘平は苦手だった。

 バイクと自転車を放置したところまで、橘平は全速力で走った。ここまで来れば大丈夫だと、桜を降ろす。

「っ…はあああーやばかったああああ」
「だ、大丈夫?ごめんね、また担がせちゃって…」
「いやいや全然、軽いから全然」

 ごめんね、と桜はまた小さく呟く。

「で、でもさ、こーいうトラブルあったほうが面白いから、うん。楽しかった!」

 もう「ごめんね」と言わせないよう、精一杯明るく、楽し気に橘平は話しかけた。桜はふふ、と弱く笑い、さっきの声の主について尋ねた。

「ねえ、もしかして柏君?さっきの」
「そう。そっか、三宮の人だから知ってるか」
「うん。えっとさ、学校で何か聞かれるかもしれないけど…絶対、私だってばれないようにしてもらえると助かる…本当にばれないように、絶対…お願いします!」

 ポニーテールが橘平にぶつかるほどの速度で桜は頭を下げた。彼女に言われなくとも、橘平はそうつもりだった。しかし、この頼み事には何か切羽詰まったものを感じたのだった。

「うん、絶対言わない。約束する」


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