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【小説】神社の娘(第31話 橘平と桜、ご先祖の共通点を知る)

 今日は模型作りに興味のあるお嬢さんが来る。

 そういうわけで、八神本家の現当主、八神寛平は張り切っていた。

 寛平なりにお嬢さんにもとっつきやすいキットをいくつか選び、道具もピカピカに磨き、部屋も片付けた。その様子を見ていた妻のいよは「いつもこれだけキレイにしてくれれば…」と、小声でつぶやいた。

 橘平は桜が来るまで、寛平と縁側でリバーシをしていた。祖父が白、孫が黒。先手は橘平。勝負は互角か寛平の方が少々勝っているように見受けられる。

 約束の時間が近くなり橘平がふと顔をあげると、桜のバイクが見えた。

 先日言った通り「『おじいさん』に会う」体であるため、本家にやってきたのだ。

「あ、桜さんだ」

 その一言を聞いた寛平は、沓脱ぎ石の上に置いたサンダルを履いて駆け出し、「初めまして桜ちゃん!いらっしゃい桜ちゃん!」と大きな声で歓迎した。

 その様子を縁側から見ていた孫は「なんだあのテンション……」祖父の見たことがない姿に若干引き気味である。

 バイクを降りた桜は寛平に深々とお辞儀した。寛平は桜を早速、趣味部屋に案内する。橘平も縁側から引き上げ、二階に上がった。

「本日はよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくね桜ちゃん。どれが作りたいかな?」

 作業机には、寛平が悩みに悩みぬいた5つのキットが並んでいる。

 可愛らしいドールハウス用のカフェ、ヨーロッパの美しい城、身近にあるものと選んだパトカー、引き締まったスタイルが決まっている戦闘機、そして少し前に流行った人気アニメのロボット。

 小柄で愛らしいお嬢さんだ。カフェかだろう城だろうか。寛平はそう思いながらニコニコと桜の様子を眺めていた。

 予想に反して、桜が選んだのはロボットだった。

「桜さんこれ知ってるの?」

「うん、観てた!」

 箱入り娘が過ぎて、桜はアニメも漫画も知らないような気がしていた橘平。しかしアニメを観ていた。しかもロボ系。また意外な一面を見た気がした。

「ロボットアニメって男の子が見るものだと思ってたけど、人間ドラマが重厚で切なすぎて、最終回は泣いちゃった」

「わかってるね桜ちゃん。そうそう、ロボットは仕掛けで、見せたいものは人間なわけよ」

「おじい様もご覧になってたんですか?」

「俺はね、作りたいプラモデルがあったら、まずその原作をちゃーんと観るの。どう作られて、誰が乗って。そいつのストーリーを理解してから作るんだよ」

「なんと。背景を勉強してから制作するのですね」

「人によるだろうけど、俺は、ね。戦闘機だってそう。どこの国でどの戦争で使われ、っていう歴史を勉強してから作るよ。このカフェならどの地域に出店されて、オーナーはどんな人、客層、そんなことを想像してね」

 ただ楽しんで作るだけだと考えていた桜は、「制作にかける姿勢、素晴らしいです…」寛平の制作にかける思いにいたく感動した。

「あはは、いやいや、素晴らしいだなんて、そんなそんな」

 寛平は頬を染め、短く刈った白髪頭をぼりぼり掻く。

「私もおじい様を見習って、このロボットのストーリーを感じて作ります!!」

「おお、素晴らしいね桜ちゃん!!」パチパチと大きく拍手した。

 桜はプラモデルの箱の絵をじいっと眺め、アニメの内容を脳内に浮かべた。

「これは主人公ヨハネスが乗っていた機体、クラシカ。ああ、ヨハネスと言えばやっぱり、クララとの結ばれなさそうで結ばれて、そして結ばれない切ない関係はもちろんですけど」

「ロベルトとの命を懸けた戦闘シーンもいいよね!熱い!」

「分かってないな橘平は。それは表面上で…」

 そこから熱いストーリー考察と人間ドラマ感想大会が始まってしまい、あっという間に3時間が経った。主に桜と寛平が語り、たまに橘平が参加する形ではあったが。まだ箱すら開けていない。

「…フェリックスの過去が物語の核だったわけだな。どんな人にも歴史あり。それでいえば、八神家なんて昔は借金だらけだったらしいんだよ。それでもこうやって子孫たちは元気に生きていて」

 あ!っと橘平と桜は気が付いた。そうだ、今日の核は「まもり」について聞くことだった、と。

「まもりさんのこと」

 桜はこっそりと橘平にささやいた。

 二人はアニメの深い議論に夢中になり、一番大事なことを忘れてしまっていた。

 橘平は慌てて話題を変えた。

「じいちゃん!」

 焦って声が張り、裏返ってしまった。橘平は祖父におかしく思われないよう、急いで声を戻す。

「あ、あー。えっと、こないだ貸してくれた古い本?冊子?あれさ、えーと、先生に読んでもらったんだ」

「ほお、早速」

「それで、今じいちゃんが言った借金だらけのことも書いてあった。それに、ほかにも気になることが書いてあってさ」

 橘平は曽祖父から聞いたことのある女性「まもり」が、一宮家へお嫁に行ったこと、でも他の資料では無理矢理連れていかれたとされ、その後一宮家からお金をもらっていたことが書いてあった、と言うことを話した。

「ちょっと気になる話だったから、じいちゃんが何か知ってたら聞きたいなって。どういうことなんだろって」

「俺も詳しく知らないんだけど、まもりさんは一宮のお嬢ちゃんと仲が良かったらしくてさ。ああ、そう、ちょうど橘平たちみたいにね」

「そうなのですか、まもりさんと一宮の」

「よく一緒に遊んでたらしいよ」

 家のある位置は正反対、あまり接点のなさそうな借金だらけの八神の女性と一宮のお嬢さん。その二人が、現代の橘平と桜のように、親交を持っていたらしいことが判明した。不思議な縁だと、二人は感じた。

「一宮のお嬢ちゃんがとんでもないバケモノに襲われてるのを助けてあげた、なんて話も聞いたね。どうやって助けたんだろうねえ、小柄な女性だったみたいだけど、意外と強かったのか足が速かったのか」

 バケモノは妖物で、助けたのはおそらく、橘平と同じ「お守り」の力。八神家にも脈々と有術は受け継がれていたのだと、桜はだんだん確信を持ってきた。

「それにしても、なんで無理矢理連れていかれたのかねえ」

「でもお嫁に行ったって書いてあるやつもあった」

「俺が聞いたのは連行なんだよ。よくわかんないね。晩年は帰ってきたみたいだし」

 寛平は有術について知っているだろうか。そういう考えも浮かぶのだが、まだ桜も橘平も、そこまでは踏み込めなかった。

「それとさ、父ちゃん、橘平からするとひいじいちゃんね、が言ってたけど、まもりさんが亡くなってすぐ、一宮の人たちがまもりさんに関するものを全部持ってちゃったらしいよ。着物から何から」

 桜は文献ばかりあたっていて、一宮の持つモノは全く考えに浮かんでいなかった。もしかしたら、まもりに関する物品がでてくるかもしれない。八神家のようなこじんまりした蔵や倉庫ではなく、それこそ、神社も含めれば大事なものは広大な場所に散らばっているが、まだ時間はある。桜はさっそく、探せる場所からあたってみようと決めた。

「でもね、持っていかれないように守ったものもあってさ。それは今もうちにあるんだ」

 ちょっとおいでと、寛平は二人を一階の仏間に連れてきた。

 地袋の襖をあけて取り出したのは、木製のお伝え様の模型のようなものだった。本殿、拝殿、鳥居、そして拝殿前に円形の森、森の前に鳥居がある。それらが一つになったジオラマのようなものだ。小さいながらも細部にわたって神社の作りや色彩が再現されている。

 まるで、そこにお伝え様があるかのような精巧な作り。橘平と桜は息を飲んだ。

 満開の桜の木の下にあったもの、バケモノから出てきたもの。この本殿と拝殿は、それらとそっくりだった。

「すっごいキレイで凝ってるでしょ。面白いのがさ、ここ、覗いてみな」

 桜は寛平が指した森の部分を鳥居の方からのぞくと、狛犬と思われるミニチュアがあった。

「森に…狛犬でしょうか?」

「多分。角があって鬼みたいだけどね。なんで神社の方じゃなくて森の中に置いたのかは、まもりさんに聞かないとわからないけど、なかなか幻想的な風景で俺は好きだよ」

 橘平も覗いてみる。確かに、角が生えた狛犬のような置物がある。

「これだけは守るように、ってまもりさんから言われて、必死に隠したんだとさ。あ、桜ちゃん、これ一宮の人には秘密にしてね。バレたら持っていかれちゃうかもしれないから」

 唇の前に人差し指をだし、茶目っ気のある笑顔で寛平は桜に伝えた。

「もちろんです。秘密にします」

「ありがとう。俺、この神社の模型が大好きでね。いつか、こんな風に美しいものが作りたいんだ。とは言っても、俺にはまもりさんのように一から作り出す才能はなくて、プラモデルって道を選んだんだけど」

 寛平は柔らかい布で軽くホコリを払った。神社を眺める瞳は優しげだが、曇りも見え、挫折を味わったような切なさが漂う。

「もう少しでお迎え来そうだし、それまでに良いもん作れるかなぁ」

「何言ってんだよ、まだ元気じゃん!作れるって!」

 ぼーっとして、ちょっと抜けている。そんな祖父しか知らない橘平だったが、いまの姿に祖父の過去が透けて見えたような気がした。

「ありがとよ。それとさ」

 寛平は巻物のようなものも、地袋から取り出した。

 広げると、女性の絵が色彩豊かに描かれていた。まるで生きているかのような漆黒の瞳が印象的な美しい女性だ。

「うわ、上手いな…マジで生きてるみたい。写実的な技法がこんな田舎に伝わってたの?」

「これもねえ、まもりさんが描いたらしいんだよ。誰の絵かわかんないけど」

 寛平は何かを思い出したように桜を見やる。

「この人の目、桜ちゃんに似てる気がするね。仲良しだった一宮のお嬢ちゃんかな」

 橘平も絵と桜を交互に見た。瞳に宿る強さがそっくりだ。

「私、似てる、かな?」

 まもりを知ることは、一宮のお嬢さん、つまり桜の先祖にも繋がっているらしい。

 桜は自身の先祖と思われる女性の絵に触れた。

 その目は何かを訴えているように感じた。


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