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【小説】神社の娘(第31話 物語と桜)

●第4章 物語と桜
 
 今日は模型作りに興味のあるお嬢さんが来ると聞き、八神寛平は張り切っていた。

 寛平なりにお嬢さんにもとっつきやすいキットをいくつか選び、道具を磨き、部屋も片付けた。いつもこれだけキレイにしてくれれば…と、妻のいよはあきれていた。

 約束の時間、桜は八神本家の方にやってきた。先日言った通り「おじいさん」に会いに来たからだ。橘平も本家の方で迎える。

「初めまして桜ちゃん!いらっしゃい桜ちゃん!」

 こんなニコニコ顔に張りのあるじいちゃん、見たことなーい…と橘平は若干引き気味である。早速、桜を趣味部屋に案内した。

「本日はよろしくお願いいたします」

 さて、どれが作りたい?とキットを机に並べた。

 寛平が悩みに悩みぬいたジャンル違い5つだ。可愛らしいドールハウス用のカフェ、ヨーロッパの美しい城、身近にあるものと選んだパトカー、引き締まったスタイルが決まっている戦闘機、そして少し前に流行った人気アニメのロボット。

 小柄で愛らしいお嬢さんだ、カフェか城か、と寛平がニコニコしていると、桜がこれと選んだのはロボットだった。

「え、桜さんこれ知ってるの?」
「うん、観てた!」

 箱入り娘が過ぎて、アニメも漫画も知らないような気がしていた橘平だったが、これは分かるのか、しかもロボ系。とまた意外な面を見た気がした。

「ロボットアニメって男の子が見るものだと思ってたけど、人間関係のドラマが重厚で切なすぎて、最終回は泣いちゃったよ」
「わかってるね桜ちゃん。そうそう、ロボットは仕掛けで、見せたいものは人間ドラマなわけよ」
「おじい様もご覧になってたんですか?」

「俺はね、作りたいプラモデルがあったら、まずその原作をちゃーんとみるの。どう作られて、誰が乗って。そいつのストーリーを理解してから作るんだよ。戦闘機だってそう。どこの国でどの戦争で使われ、っていう歴史を勉強してから作るよ。このカフェならどの地域に出店されて、オーナーはどんな人、客層、そんなことを想像してね」

 ただ楽しんで作るだけだと考えていた桜は、寛平の制作にかける思いにいたく感動した。じゃあ私も、今日はこのロボットのストーリーを感じて作るんだ、と。

「なるほど…これは主人公ヨハネスが乗っていた機体、クラシカ。ああ、ヨハネスと言えばやっぱり、クララとの結ばれなさそうで結ばれて結ばれない切ない関係はもちろんですけど」
「ロベルトとの命を懸けた戦闘シーンもいいよね!熱い!」
「分かってないな橘平は。それは表面上で…」

 そこから熱いストーリー考察と人間ドラマ感想大会が始まってしまい、あっという間に3時間も経っていた。

 主に桜と寛平が語り、たまに橘平が参加する形ではあったが。まだ箱すら開けていない。

「…フェリックスの過去が物語の核だったわけだな。どんな人にも歴史あり。それでいえば、八神家なんて昔は借金だらけだったらしいんだよ。それでもこうやって子孫たちは元気に生きていて」

 あ!っと橘平と桜は気が付いた。

 そうだ、今日の核は「まもり」のことを聞くことだったと。アニメの深い議論に夢中になってしまったが、大事なことはそれである。

「ああ、そうだじいちゃん!こないだ貸してくれた古い本?冊子?あれさ、えーと、先生に読んでもらったんだ。借金だらけのことも書いてあって、ほかにも気になることが書いてあったんだ」
「何?」

 橘平はひいじいさんから聞いたことのある女性「まもり」が、一宮家にお嫁に行ったこと、でも他の資料では無理矢理連れていかれ、お金をもらっていたことが書いてあった、と話した。

 とても気になる話だったから、じいちゃんが何か知ってたら聞きたい、と。

「いやあ俺も詳しく知らないんだけど、まもりさんは一宮のお嬢ちゃんと仲が良かったらしくてさ。ああ、そう、ちょうど二人みたいにね」
「ええ、そうなんだ」

「よく一緒に遊んでたとか。一宮のお嬢ちゃんがとんでもないバケモノに襲われてるのを助けてあげた、なんて話も聞いた。どうやって助けたんだろうねえ、小柄な女性だったみたいだけど。なんで無理矢理連れていかれたのかねえ」

 バケモノは妖物で、助けたのはおそらく、橘平と同じ能力。八神家にも脈々と有術は受け継がれていたのだと桜はだんだん確信を持ってきた。

「それとさ、父ちゃん、橘平からするとひいじいちゃんね、が言ってたけど、まもりさんが亡くなってすぐ、一宮の人たちがまもりさんに関するものを全部持ってちゃったらしいよ。着物から何から」

 桜は文献ばかりあたっていて、それこそ一宮の持つモノまで調べてはいなかった。

 もしかしたら、まもりに関する物品がでてくるかもしれない。これは自分にしかできない調査である。八神家のようなこじんまりした蔵や倉庫ではない。

 それこそ、神社も含めれば大事なものは広大な場所に散らばっているが、まだ時間がある。桜はさっそく、探せる場所からあたってみようと決めた。

「でもね、持っていかれないように守ったものもあってさ。それは今もうちにあるんだ」
「え、何?」

 ちょっとおいで、と寛平は二人を一階の仏間に連れてきた。

 地袋の襖をあけて取り出したのは、木製の小さなお伝え様だった。

 着色された本殿、拝殿、鳥居、そして拝殿前に円形の森、森の前に鳥居がある。それらが一つになったジオラマのようなものだ。

 まるで、そこにお伝え様があるかのような精巧な作り。
 橘平と桜は息を飲んだ。
 満開の桜の木の下にあったもの、バケモノから出てきたもの。
 この本殿と拝殿は、それらとそっくりだった。

「ここ、覗いてみな」

 寛平が指を指した森の部分を鳥居の方からのぞくと、狛犬と思われるミニチュアがあった。

「これだけは持っていかれないように、ってまもりさんから言われて必死に隠したんだとさ。すごーくいい出来でしょ。あ、桜ちゃん、これお家の人には秘密だからね。一宮だもんね」

 寛平は時折これを出してきて、柔らかい布で拭いているという。

 それとね、と巻物のようなものも取り出す。広げると、女性の絵が描かれていた。まるで生きているかのような漆黒の瞳が印象的な美しい絵だ。

「これもねえ、まもりさんが描いたらしいんだよ。誰の絵かわかんないけど。あ、目が桜ちゃんに似てる気がするね。仲良しだった一宮のお嬢ちゃんかな」


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