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その歌はどこからともなく聴こえてきた

私が途方に暮れかかっていたその瞬間、その歌はどこからともなく聴こえてきた。それ以来私にとってその歌は忘れられない一曲になった。音楽によって救われる、そんな人生もあるのだろう。

5/22(月)快晴

朝、急に用を催す。私は駅のトイレを借りるしかないと判断。そして駅へ向かおうとするときにタバコ屋の前であの男に出くわす。間違いない。あの男だ。判決の際に傍聴席にいた男だ。私は恐ろしくなる。

iPhoneの操作はすぐに勘が戻ってきた。やはりデジタルでの入力の方が格段に効率がいい。拘留生活中は本当に苦労した。。。

昨夜はほとんど眠れなかった。部屋の状況を見たことによる精神的なショックが思ったより大きかったのだろう。

iPhoneの電話代がかさばらないように駅の近くにある公衆電話を利用しているのだが、大量に10円玉が必要なため困っていた。そこで、通話が開始され、要件を説明しかけたところで相手に、お金に困っている事情を伝え、相手からiPhoneに電話をかけ直してもらうという作戦を考えた。こそくな手段だが今は仕方がない。コンビニで店員に訊いてみても、テレフォンカードなど扱っていないとのことだった。

ライフラインの整備のために私は未払いのガス料金の支払いを済ませるために郵便局へ行く。そのついでに、刑務所で書いて用意しておいた桃子宛ての手紙を投函する。郵便局員によると、住所に番地がないから届かずに戻ってくる可能性が大だという。手紙が戻ってくるのなら、それで話ははっきりする。

✉️桃子へ 元気にしているか?俺のことを覚えているか?気の遠くなるような時間が通り過ぎた。毎日お前のことを考えている。俺は今、刑務所にいる。結局、罰金を払うことができず、労役が強制執行されてしまったのだ。出所は6/19の予定だ。急に警察署に連行されたため、何の準備もできず、誰の住所も電話番号も覚えていなかったため、こんなことになった。ここへきてようやく知り合いの弁護士に頼んでスマホを操作してもらうことができたため、お前の住所がわかったのだ。こんなことになって本当に申し訳ない。お前と連絡が取れなくて辛かった。お前に会いたい。お前の写真を送ってくれ。できるだけたくさん。今までに送ってくれたものも全部。淋しくてたまらない。返信をくれ。俺の住所宛てに送ってくれれば刑務所に転送される。他にも伝えたいことがたくさんある。必ずまた会えるよ。だから会おう。 愛してるよ、桃子。
2023.5.21

しかし、この手紙はその後も戻ってくることはなかった。理由はわからない。

RさんとIくんにメッセージを送ったが、今のところ何の返信もない。IくんはともかくRさんはいったいどうしたのだろう?また何かで勾留されているのだろうか?

すでに受理されている桃子の告訴の件でN警察に電話を入れる。警察官は、
「調書を作る必要があって、近日中にまた連絡を入れるので、そのときに署まで来てもらえますか?」と言った。
「実はお金に困っていて交通費もままならない状況でして、そこでご相談なんですが、申し訳ありませんが、こちらに来ていただくわけにはいかないですか?」
「それじゃ、そのときにまた考えましょう」

それにしても、歩くと腰が痛くなるようだ。恐らく拘留生活中ずっと座りっぱなしだったため、腰の骨が少し曲がりかけているような気がする。また、足の踵の反対側あたりが妙に痛む。これもずっと歩かない生活を続けていたためだと思われる。

HN駅でバスから降りると体がふらふらしているような気がしたので、何か食べようと思った。マクドは高価だし。。。すると御座候があったので、赤庵と白餡をひとつずつ買って食べる。とてもおいしかった。刑務所で食べたお汁粉と同じくらい。。。やはりお腹が空いているときに食べると、さらにおいしくなるということだろう。
 
とにかく足のいろんな筋肉が弱まっている。

水道代を支払って、生活保護の申請のため市役所へ向かう。その前に少し手頃な広場が見つかったので、そこで一服する。そして刑務所で、あるときラジオから流れていた、🎵『死ぬのは奴らだ / カーリー・サイモン』をYouTubeで聴く。ライブバージョンだが、素晴らしすぎてこころにしみる。

厚生課の職員は、
「生活保護の申請は、恐らく通るでしょう。審査が通れば、お金は6/2に5月分の日割り分と6月分が同時に振り込まれます。」と言った。
担当のケースワーカーを紹介してもらった後、私は礼を言ってその場を去る。他に国保収納課、年金課、美化研究課にも寄ったが、職員たちは親切な人ばかりだった。過ちを犯した人間にこんなに親切に対応してくれるなんて。いくらそれが公務員としての義務であったとしても。何か無性にこころにしみる。

私は少し疲れたため、市役所の前のスペースで腰を下ろして少しの間ぼーっとする。私は狐に包まれたような気分になる。昨夜はほとんど眠れなかったにも関わらず。刑務所の中から郵送でやり取りしていたときの文面からは、こんなにかんたんに事が運ぶような印象はなかったし、9ヶ月前のあの頃も、確か行き詰まって申請をしたはずだが、所持金が多いという理由で審査さえしてもらえなかったはずだった。神様はいるんだと思う。まずは、また生きていけるかも知れない。生かせてもらえるのかも知れない。

急激にお腹が空いてきたので、マクドナルドに寄る。念願のフィレオフィッシュセットを食べる。とてもおいしかった。拘置所でいただいた白身魚のフライを思い出した。三宮ではマクドには寄れなかったもんな。みんな楽しそうにしゃべったり食べたりしている。

ああ、俺は今確かにシャバにいる。

ガスが開通した。さっそくコーヒーを飲む。9ヶ月前の豆で入れたとは思えないくらいうおいしい。あの頃はコーヒーの味さえわからなくなっていた。体は何もかもが元に戻っている。ちなみにお湯は電気ポットで沸かせるので、昨夜からコーヒーは飲むことができていたのだが気づかなかった。これも娘のおかげだ。ティファールの電気ポットをプレゼントしてくれたのは娘なのだから。

昨日は乱れていた心が今日はかなり整った。まずは生活保護で最低限何とかなりそうだということも大きいが、ライフラインが復活したということもかなり影響がありそうだ。ライフラインが整っていなければ、やはり心はすさむものだ。水道も帰ったら開通していた。ようやく人間が住む部屋らしくなってきた。

あの頃の狂乱の中でヤフオクで売ろうとして隣の部屋に転がったままになっていた本を本棚に戻すときに、偶然、それまでなくなっていた無印良品の財布が見つかった。さっそく使うことにしようか。新しい人生だ。財布もかなり古くなっていたから新品にしたかったのだ。しかし昨日はとても買えなかった。ちなみにこの財布は無印良品で何かを買ったときになぜか袋に入っていたものだった。それを黙っていたのは悪かったが、まぁ仕方がないだろう。これも何かの縁だと思うことにしよう。実に勝手な発想だけど。

明け方の4時までかかって冷蔵庫の大掃除をする。ようやく冷蔵庫から漂っていたとんでもない異臭が消えていった。床もざっと拭き掃除をした。これでようやく最低限の状態が整った。追ってトイレも掃除しなければならない。

娘が来てくれていた!

5/23(火)曇 かなり肌寒い のち☀️
朝、目覚めてトイレに行ったとき、ふとトイレの中にある小さな水道のところに見慣れない洗剤の容器がふたつ置かれてあることに気づいた。まさか。。。ということは。。。私は浴室を確かめた。時間が経ってところどころにカビが生えてはいるものの、全てがきれいになっている。また、浴室にも見慣れない掃除の道具が転がっている。娘だ。間違いない。昨日は全く気づかなかったが、娘が来てくれていたのだ。昨日帰ってきたときに玄関にあった郵便物は娘が運んでくれていたのだ。私は込み上げてくるものを抑えることができなかった。そして情けなくなった。お父さんが悪かった。ごめんな。もう二度と悲しませたりはしない。

9ヶ月ぶりに味噌汁を作ってみる。刑務所や拘置所でいただいたような味にはならなかった。味噌が古すぎたのも良くなかったのかも知れない。玉子かけご飯も食べたが、普通の味だった。ご飯は比較的うまく炊けた。

問題の、消費者金融からの郵便物だが、精査したところ、今のところ新生フィナンシャルとアコムからのもの以外は見当たらない。ゴールドポイントカードプラスからはこのまま放置すると訪問するという内容の手紙が3通届いていて一番最後のものが12月末でそれ以降は届いていない。ただ、1/30から4月末ごろまで転居届がうまく機能していなかったことから、その間に送られ、送り返されていた可能性はある。いったんこの後の様子を伺うしかなさそうだ。

母の小品と共に般若心経を唱える。ようやく母が残してくれた作品と再会することができた。感無量だ。

国民健康保険の免除申請に使用するための在所期間証明書を請求する。兵庫県警察本部に問い合わせると、84切手を貼り、こちらの住所を書いた封筒を2セット送れとのこと。ずいぶん手続きが面倒くさい。

午後から晴れたので山に登ってみる。やはり足が思った以上に弱っている。拘留期間中はスクワットで鍛えてきたはずなのに。山から降りるとき、公園の前の土地が整備されていたので驚いた。公園にお父さんがいたので事情を訊いてみた。
「これはいつからですか?」
「3ヶ月くらい前かな」
「そうですか。前はうっそうとしてましたのにねぇ」
「どこまで行ってましたの?」
「○山まで」
「元気ですねぇ。わしなんかその辺までしか登られへんわ」
「(笑)」
知らないお父さんに喋りかけるなど、以前の私なら考えられない行為だった。犬を連れて散歩に来たおじさんとも目が合い軽く挨拶を交わしたりもした。あれほど人間嫌いだったのに。。。さらにお父さんは一旦帰った後またやってきた。私は
「寒くなりましたね」と言った。
「冷えるね」
そしてあまりにも冷えてきたので、
「それじゃお先に、ちょっと寒いですわ」
と言って私はその場を後にした。

人とふれあうのはいいことだ。笑顔ひとつでこころは繋がれるものなんだな。なぜ今までそういうことをないがしろにしてきたんだろう。📖『般若心経のこころ』で学んだことが今生きようとしている。拘留生活は私にとって本当によく効いている。それと、やっぱり人恋しいんだな。単独室での拘留生活は仕事ははかどったもののずいぶん寂しかったもんな。

娘にLINEを送ろうと思ったがやはりやめておくことにした。もしも娘が連絡をくれたら、そして会いたいと思ってくれているのなら一緒にご飯を食べればいいのだ。そうでなければそれはそれで構わない。残念だが仕方がないことだ。

そうだ。おしるこを買って帰ろう。


サポートありがとうございます。カルマ・ショウと申します。 いただきましたサポートは作品を完成させるために大切に使わせていただきます。尚、体や精神を病んでらっしゃる方、元受刑者など社会的弱者の方々向けの内容も数多く含むため、作品は全て無料公開の方針です。よろしくお願い申し上げます。