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凶夢違呪文〜古の夢解きのお仕事や古典文学


星読み夢解きよもやま話
麿山真実です

関東の方雪たくさんですね
通勤の方お帰り大丈夫ですかね
気を付けてお過ごしくださいね。
こちらは意外とあたたかいきがします。

さて今回の記事はこちらの配信でお話させていただいたことに
ちょっと加筆したものです。

この前の回では、皆さんの初夢をご紹介させていただきました。

その中で、「イヤな夢だった」という方もいらっしゃいました。
でも、その後、ふと、案外ちゃんとお伺いすると、
そうではないよというものもあったかもしれないなと
思ったりしていました。

実際、気持ち悪いとか怖い夢が
必ずしも悪いとは限らないことも多いものです。

古典文学や歴史に出てくる夢の話

そんなことを考えていたら、
そのような話は日本にも古くから伝わっていて
古文の参考書などにものっているなあと思いが飛んで、
ですから今日はそんな古い時代の
夢とのお付き合いについてのお話をさせていただきました。

良かったらおつきあいください。音声配信はこちらです。

さて、夢のエピソードはあらゆる文学や書物に登場しますが、
懐かしい所で、昔学校で習ったかもしれませんね。
「大鏡」とか「宇治拾遺物語」「今昔物語」とか
この辺に出てくる夢のお話は特に面白いと感じます。

それに、夢をみてご懐妊というお話も
ブッタの摩耶夫人もイエスのマリア様も
聖徳太子さんとか、偉い方には必ずあります。
個人的には源氏物語の明石の入道の夢とかも
印象的で、夢が出てくる物語は
とにかくたくさんあります。

夢は神仏からのメッセージ

昔の人たちは本気で
神仏からのお告げや、
メッセージだと思っていたんですね。

でも今もこについては同じで
本当だと思うのです。

心理学とか脳科学とかいろいろ発達して
その原理とか、「無意識」とか
いろいろ名前が付けられたり、
働きがはっきりしてきたりの今の時代ですが、
本質は同じかなと思うのです。

仕組みが解ろうと解るまいと、
「無意識からのメッセージ」といういい方をしても
その「無意識」は、きっと大きな所とつながっているのだと思います。

人は誰もが森羅万象の一部です。
ということは、誰もが神仏や大きなもの繋がっているから
当然、メッセージは受け取れます。

ただ、ちょっと通訳がいた方が
解りやすい場合が多いかもしれないと思います。

そして、大昔からそんな役割の人がいて
夢を判断する専門家=夢占い師
また夢の吉兆をみる人=夢解き
といったそうです。いまと同じです。

そして夢を観る、判じることを
「夢合わす」「夢合わせ」「夢占(うら)」
夢が現実になることを「夢合ふ」
夢が現実にならないこと「夢違え・だがふ」
などと呼んだそうです。

そして嫌な夢が現実になってほしくない時
夢解き、夢占い師におまじないをかけてもらったり
悪い夢を良い夢にかえてもらう
夢ちがへをしてもらったりします。

ただ、これは今と同じかもしれませんが、
何より聞いてもらうことが大切だったそうです。

吉夢を取ったり譲ったり~夢解きの効用

そこで、先に挙げたように
「悪い夢だったんです」と聞いてもらうと
「それいい夢ですよ」って言われることもありますし、
実際に悪い夢の場合には、
聞いてもらうことで自分から離れるから安心するとか
そんな働きもあったようです。

でも良い夢でも、無闇に人に話さない方がよいという
お話もでてきます。

何もわかっていない近くにいた女御(勤めていた女性)に
話してしまって、途中で余計なことを言われたから
悪い夢になってしまった、なんて物語もあります。

真偽はともかく、なんかありそうだなあっと思うお話です。

また、他には人が見た良い夢をとる「夢取り」とか
夢を譲るなんてこともありました。

今年の大河ドラマが鎌倉殿13人、
北条家のお話ですが
その中で描かれるかどうかは知らないのですが
おそらく「北条政子」は必ず出てくると思います。

政子と言えばこれ、と思い出すのが夢の肩代わりです。

でもこれは一癖ありまして、
政子の妹が見た夢の話をしました。

それはとても吉夢だと解った政子は
それはよくない夢だと言います。
「だから私が肩代わりしてあげる」といって
夢をまんまと自分の夢として、
頼朝と一緒になって上り詰めていく
なんていうエピソードもあるのです。

真偽はともかくとして、
面白いものですね。

伝わる悪夢を遠ざける呪文

このように、何を見ていても出てくる夢ですが、
悪い夢を遠ざける呪文もいろいろ伝わっています。

例えば
悪夢著草木 好夢滅珠玉 咎矣
あくむつくそうもくに 
こうむ めっす しゅうぎょくを なしとが

ほぼ同じものですが
悪夢着草木吉夢成宝王~「上本諸頌、拾芥抄」
あくむはそうもくにつけ きちむはほうおうとなれ

勿論私はつかったことはないですが、

悪夢は草木に付いて(わが身から離れて)くれ、
吉夢は宝物となって(わが身にとどまって)くれ。
というようなものです

そして、吉備真備さんという奈良時代の学者がいらっしゃいます。
この方は役人でもあり、遣唐使として大陸にも渡りましたし
以前ご紹介した大宰府にも、怨霊を収めることも期待されて
遣わされてます。

大宰府政庁跡地と陰陽寮のお話はこちら


吉備真備さんは、
陰陽道の第一歩を作ったとか言われていますが
実は、先にお話した「人の夢をとった」というのはこの方です。

そして彼が夢違誦文歌というものを生みました。

あらちをの かるやのさきに たつ鹿も 
ちがへをすれば ちがふとぞきく

歌なんですね。

意味は「猟師が狩りをしているその矢先に鹿がいて、
射られようとしているのですが
その鹿も、違えをすれば当たらないと聞いている。」
と言う意味だそうです。

他に、少し近代になりますが、
吉き夢なら我が屋に福う守らせ給ふ
悪しき夢なら天の獏に申し奉る
というようなものもあったそうです。

言霊の国、日本らしいなと思います。

また夢違え観音さんという存在も
法隆寺に祀られていますが
これについて話し始めると
また長くなるにでまたいつか。

ちなみにヘッダーの観音様の写真は
夢違えではないのですが
わたしの中ではなぜかそんな感じにみえる観音様です。

言葉の音とリズム~和歌・琉歌・ユーカラ

この和歌や、古文で習う言葉は
何ともいえない不思議な力を感じると、
私はよく思います。

それは、もしかしたら、
今の人が言葉の力を信じるよりももっと、
昔の人が本当にその力を信じていたからではないかなと思います。

信じる人や想いが多く強ければ、
実際にそんな働きも生じるのだろうなと思ったりします。

また、歌の独特のリズムにも力が宿る気がします。

でも個人的には、沖縄の琉球の琉歌のリズムにも惹かれます。

和歌は57577ですけど
琉歌は 上の句8・8・8 下の句・8・6
これがまた色合いというかが
全く違う不思議な力を発揮している気がします。

それから組踊で歌われる独特音階も
違う世界へすぐ連れて行ってくれる気がします。

でも、それを思い出すと今度また
アイヌのユーカラについても話したくなります。
梟の神の自ら歌った謡

シロカニペ ラン ラン ピシカン
なんて、無闇に真似したら
ちゃんと発音できないのに叱られるかもしれないけど
可愛くて仕方ない音です。

和歌で行くととても好きなのは
西行法師のこちら
なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる

こちらも平安時代のおわりに
武士から出家した方ですけど
しみます。

これを読んだのはお伊勢参りだっと聞きますが
私もいろんなところに旅をしたり
足を踏み入れると同じようによく感じます。
そしていつも、この歌が浮かびます。

この頃また少し、古典や歌ブームの私なので
夢の話だったんですけどね
つい、あれこれ繋がってしまいました。

今日も最後までおつきあいいただきありがとうございました。

また夢や星読みも何かご質問とか
ご感想でもなんでもレターやコメント、DM等でも
お待ちしています。

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