ふつふつ、とろり。 小話
さつまいもの季節だ。スーパーには様々な品種のさつまいもが並び、芋ご飯の素が「秋のフェア」コーナーに並ぶ。枯葉が落ちる頃には石焼き芋の路面販売のトラックが間の抜けた音頭で住宅街にその存在感を示す。休憩をしていた作業服の男性や、買い物帰りの主婦や、園児の手を引く母親が、財布を片手にぞろぞろと列に加わる。あの素朴な甘い匂いと炭の焦げ付い香りが鼻をくすぐる。
本屋に行けばさつまいものレシピ集が平積みされ、雑誌の特集には秋の味覚の紫色と黄色が全面に書かれる。『絶品!すぐに作れるさつまいもスイーツ』
私も何個か、さつまいもを使った料理を作った。さつまいもの混ぜご飯、さつまいもの黒糖蒸しパン。さつまいものミルクコンソメスープに、さつまいもカラメリゼ、さつまいもチーズグラタン。どれも簡単に試すことができ、とっても美味しい。ホクホクの秋が、じわじわと体を柔らかく温めて、心までもぽかぽかにする。心身ともに充足感に満ち、私は再びペンを取る。
特に気に入ったのはさつまいものグラタン。片手鍋にミルクを入れて、沸騰したら角切りのさつまいもにとろけるチーズを千切りながら加える。
ふつふつ、とろり。 ふつふつ、とろり。
チーズに絡まるさつまいもが、とろけてとろけて、ミルクに埋もれていく。グラタン皿にそれを移して、トースターで5分もすれば、チーズのあぶくが縁に固まる。
スプーンを入れれば、素朴な甘い香り。あの住宅街にあふれていた優しい匂いが部屋いっぱいに広がって、私を包む。じわじわと広がる熱は、もうずいぶん私の身体が冷たくなっていたことを嫌でも気付かせる。
もう少しだけ、離さないでいて欲しい。独りの秋は、少し寂しいから。
もう少しだけ、温めていて。甘い香りに満たされていたい。
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