【小説】REVEALS #2
成功したリモート現象
何の仕掛けもないトランプに奇跡が起きた。
家にあったトランプを箱から出して適当に混ぜ、選ばれたお客さんが10という数字を言って、その枚数のカードをめくった。
すると、画面の中のカードと自分がめくった10枚目のカードが同じクローバーの2だったのだ。
後頭部から背筋に沿って電流が流れた。
テレビの中で起きていた現象が目の前のトランプでも起きたのだ。
驚きを通り越して少し気持ち悪かった。
まるで人知を超えた力で自分が操られているかのような感覚。同時にこれまで経験したことがないような高揚感があった。興奮がなかなか収まってくれない。
ソワソワしてしたそのままの勢いで礼司にLINEを送ってしまった。
「やばい!あいつすごいぞ!俺もクローバーの2が出た!」
送った後、ようやく少し興奮が収まってきた。
礼司もたぶんこの番組を見ているはずだから、この凄さは伝わっていると思う。あいつはマジックをしているから、もしかしたらタネがわかるかもしれない。どんな風にこれを見たんだろうか。マジックをやったら礼司と同じ世界を見れるのだろうか。
この興奮を再現できるのだとしたら自分もやってみたいと思った。この興奮をもっと味わいたい、そしてこの楽しみをもっと共有したいという欲求が湧いてきた。
この熱に任せて、手当たり次第にやり方が分かる人がいないかGoogleやTwitter、 YouTubeで調べてみた。「北川天馬、種明かし、わかった」などの検索語を入れてみた。しかし、どれも北川天馬のすごさや、どれだけ驚いたかについて語っている人ばかりで、現象やタネについて考えている人は案外少なかった。
プロマジシャンの人たちの中にも「#奇跡の証言者」についてツイートしている人も居たが、この「#リモート現象」について解説している人は一人も居なかった。新品のデックを使ったら起こり易いとか、混ぜ方の指示の仕方が重要だとか言っていた。
これが正しいのかもしれないし、間違っているのかもしれない。もし、プロが言っている通りだとしたら礼司も「#リモート現象」のタネはわからないかもしれない。
そうこう考えていたが、礼司とあーだこーだ言って考えるのも楽しいかもしれないと思うようになっていた。
ちなみに僕なりに考えると、特殊な機械を使っているとか、人を操る催眠を使ったんじゃないかとか、現実に出来るかどうか分からないようなものを想像してしまう。この辺りはマジックの知識があればわかるのだろうか。発想が素人なのだろうか?
しかし、僕が見た限りではプロのマジシャンでも分かっていないようだ。まあ、でもよく考えてみれば、もし分かったとしても、勝手に他人のマジックの種明かしをするようなプロはいないかもしれない。
ふと気づくと、自分はこんなにも興奮しながらあれこれ考えることが出来ている。それ自体に面白みを感じている。礼司とも深い話ができるだろうし、ここまで熱中できるならマジックを始めてみてもいいかなと思った。
いざ、始めるとして何から手を付けたらいいのだろうか。いったい僕はどんなマジックがしたいんだろうか。
明日、礼司に聞いてみよう。
奇跡の証人とSNS
朝、何から話そうかと考えながら、分散登校を始めて2週間ばかりの閑散とした教室で大我と会った。顔を合わせるなり大我がマジックを教えて欲しいと言ってきた。
昨日のテレビの「#リモート現象」について考えるのが楽しくなってきてしまったからだと言う。
マジックの始め方が分からないというが、自分も独学でやってきているので自分が辿った道をそのまま教えるくらいしか思いつかない。
「オレも基本が出来てるかどうかわからないし、オレが始めた時のやり方を教えることしか出来ないけど。」
そう言って、スマホで検索をした。
昔、BookOffで買った『マジック・マスター』という漫画を紹介した。
「この漫画がマジックを始めるきっかけだったんだ。」
他にも色々と自分のやったことを話した。マジックの現象で検索したり、名前がわかるものは名前で検索した。
また、マジックショップに行って、実演してもらったりどんなマジックを探しているか聞いたりした。
そこで購入したときにカタログをもらって、どんなマジックがあるのか、いくらで買えるのかなどを知ったことなど話した。
最近はYoutubeに種明かし動画もいっぱいあるから、それで勉強してもいいと思ったけれど、あれこれ見たくなるし、見るだろうけど、一度に沢山やろうとするとたぶんやる気をなくすと思い、それを教えるのは辞めておいた。
それに、興味が湧いたら自分で検索するだろうから。
「なぁ、見てみ。俺も奇跡の証人になったって動画付きでツイートしたら、いいねとリツイートがこんなに増えたぜ。亅
竹下が自慢気にスマホを見せてきた。二桁フォロワーの割に500位上のいいねがついていた。なんだか悔しいが流石に凄いと思った。
「な、リモート現象はマジックなのか?」
調子づいた竹下が聞いてきた。タネは分からないだろうと踏んで、わざとマジックの話題でマウントを取りに来た様子だ。
「オレはマジックだと思う。少なくともテレビの中でやっていたのはマジックで出来るよ。」
「でもさ、アレはどうやってやるんだ?みんなテレビの向こうで、離れたところに居るんだぜ。しかも、すごい多くの人に同時に起きてるんだぜ?どう考えるんだ?」
それに関しては何も言えない。
それっぽく適当なことは言えるが、再現してみろとか言われても違った時に更にマウントを取ろうとするのが目に見えている。嫌だ。
「確かに。でも、ユリ・ゲラーだってマジックだったとか言われてるんだろ?それに色んな技術も出てきてるからそういうのかもしれないし。」
大我が言ってくれた。
「ふーん、そうなんだ。」
大我が言うと竹下はマウント取りには興味がなくなったようだ。相変わらずアイツは何故か俺にだけ突っかかってくる。
大我のおかげでマウティングは回避出来た。
竹下のように昨日の番組放送後から#奇跡の証人動画がどんどん増えている。あの瞬間に単純に感動した人が勢いでアップしたものだけではなく、この流れに乗り遅れたくない人やPVを増やしたい人たちも乗ってきたようだ。中には明らかに合成しているような物まで出てきたのだ。ここまで来ると流石に違うものになってしまっているが、気づいたら大きな社会現象になったようだ。
バズってるなぁ。もう死語か。
有名であることが更に有名になる材料になる。SNSの凄さをまざまざと見せつけられている気がした。評価経済という言葉を以前何かで聞いたが、評価も資本主義の金と同じで、たくさん持ってる強いヤツがさらに強くなる仕組みなんだなぁと、思った。
何者でもないただの自分が評価経済の中で戦っていくとしたらどうすればいいかのだろうか。そんな事をぼんやりと思った。
マジックと原体験
帰宅後、大我に話した事を思い出した。
数年触っていない『マジック・マスター』に手を伸ばした。クラシック・フォースの話を読み返した。自分が最も熱中したところだ。どうしたら実現出来るのかを何度もコマを見直して想像した。見落とした箇所は無いだろうか、この絵はどんな動きを表現しているんだろうかと考えた事を思い出していた。
一週間考え続けて自分なりの答えを出した。そして答えを見る前に実演出来るように練習したのが、まさに漫画の中で表現されていたクラシック・フォースだった。その時は物凄く興奮したものだ。
大我にもそんな体験をして欲しかった。だから自分が直接マジックを教えようとは思わなかった。それは大我が本気でやろうとしているのが伝わってきたから。その貴重な体験を奪うのは何か違うと思ったからだ。
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