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リン・マニュエル・ミランダはなぜ成功できたのか?①


リンが天才なのは音楽面だけではなくて、彼はドンピシャなタイミングで作品を世に出す天才だと言えます。

『イン・ザ・ハイツ」、『ハミルトン』『tick, tick...BOOM!  チック、チック…ブーン!』など、一貫して「アメリカン・ドリーム」を描いていますが、移り変わる大衆の思考の変化にピッタリ寄り添った作品を提供してるからです。

それぞれの作品がなぜヒット作となり得たのか、アメリカの時代背景と若干他の要素も交えながら、紐解いていきたいと思います。

大前提として、アメリカ人が共有している考えについて話をしたいと思います。

アメリカ人とは、人種、民族的に多様で、文化や歴史的体験がバラバラです。彼らが皆で共有し、彼らの団結に繋がっているある考えがあります。

それはアメリカを、母国では成し遂げられなかった成功(=アメリカン・ドリーム)を達成出来るユートピアとみなす考え方です。

この思想は、植民地時代にアメリカにやってきたピューリタンたちに元を辿ることが出来ます。彼らはヨーロッパを宗教的価値観の腐敗した旧大陸、アメリカを新大陸、言い換えると、神さまとの「約束の地」(The Promised Land)であると考えました。またアメリカに、地上で最も神の住む天国に近い場所を再現することが彼らの使命であると考えていました。

また、アメリカにやって来たピューリタンたちの中には、ヨーロッパでは経済的に恵まれない者もいましたが、この新大陸では皆が等しく成功のチャンスがあり、一生懸命働けば、成功(アメリカン・ドリーム)を達成出来るという考えがありました。

後に他の国からアメリカにやって来る移民たちにも、アメリカを母国ではなし得ない成功を収められる土地とみなす考えとして浸透していきました。

① 舞台版 『イン・ザ・ハイツ』
(2008年〜2011年 ブロードウェイで上映)

プエルトリコからの移民アメリカン・ドリームを掴む話がウケたのは、アイデンティティの差異が尊重される時代に、リン自身のアイデンティティのルーツとなる物語を掲示したたからです。

ブロードウェイで『イン・ザ・ハイツ』の上演が始まった2008年は、民主党のオバマが選挙で勝利し、大統領になった時代です。民主党で、かつ、初のアフリカ系、有色人種の大統領である彼が当選したということは、白人だけでなく、人種や性別など、あらゆるアイデンティティーを持つ人の権利尊重されるということを意味しています。

つまり、白人や有色人種、ストレートやLGBTQなど異なるアイデンティティを持つ人が、「アメリカ人」として皆で共有していることを語るというよりは、自分たちのアンデンティティのルーツを自分たちで語ることが大きな意味を持つようになる訳です。

実際には、オバマの当選よりも、ブロードウェイでの上演の方が早いのですが、社会が、あらゆるアイデンティティを尊重することを認めた時代に、『イン・ザ・ハイツ』で、プエルトリコからの移民の物語を当事者であるリンが語ることに大きな意義があり、だからこそ成功出来たのではないかと言えます。

舞台の成功を機に、映像化の話は進んでいたようですが、映画化となると、より大きな観客に向けて発信する必要があり、ジェニファー・ロペスやシャキーラなど、ビックネームが候補として挙げられ、作品のテーマの一つである、小さいけれどごく親密なコミュニティにはそぐわないものでした。後で、『tick, tick...BOOM!  チック、チック…ブーン!』のところで触れますが、舞台作品の映画化って実はものすごい難しいんです。頓挫せず、このタイミングで製作されていたら失敗に終わっていた可能性もあると思います。

② 舞台版 『ハミルトン』(2015〜 ブロードウェイで上映)

リンの知名度は、2009年にオバマ大統領に招待され、ホワイトハウスで行われた『Evening of Poetry, Music and the Spoken Word』というイベントの際に、”The Hamilton Mixtape"というのちに『ハミルトン』へと繋がるラップを披露し、その映像が残ったことから、NYから全土へ広がり、彼は『ハミルトン』のブロードウェイでの上演に向けて種を蒔くことに成功します。

移民であるハミルトンが、アメリカ合衆国の建国の父と言われるまで成り上がる(=アメリカン・ドリームを掴む)話がウケたのは、隣の人が何を考えているか分からなくなってしまった時代に、様々なアイデンティティを持つアメリカ人、皆が真に共有している物語を掲示したからです。

ブロードウェイで『ハミルトン』が上演される1年前、2014年米国の中間選挙オバマ政権にとって野党である、白人を支持層の基盤とし、人種的多様性というよりは、白人の権利を尊重する共和党が過半数の議席を獲得しました。

共和党が過半数の議席を獲得することも、大きなダメージではあるのですが、それよりも、本来ならば民主党が力を持つ土地で負けてしまったことは、オバマ政権だけでなく、国民にとっても大きなショックでした。なぜなら、彼らは隣の人がどちらの党を支持しているのかが分からなくなってしまったからです。民主党支持者だと思っていたあの人は、共和党支持者かも?、あの人は白人至上主義者かも?と疑心暗鬼になっていく訳です。

また、FOXを除いて、テレビの出演者たちは、共和党が勢力を持ち始めていることに対して危機感を抱くのではなく、楽観的に民主党を支持する者が多かった訳ですから、テレビも信用出来なくなってしまいます。

そんな揺れるアメリカ人にとって、『ハミルトン』は、異なるアイデンティティを持つ人皆が共有している、建国のアメリカン・ドリームを思い出させてくれるものだったのです。

また、この物語を歴史通りに白人のキャストで上演してしまうと、白人のみが共有している物語になってしまうのですが、リンは多様な人種のキャストを出演させることによって、ありとあらゆる人が共有出来る物語へと昇華させたので、成功できたのではないかと言えます。

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