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nothing will be as it was

月曜日。夢から覚めると今年一番の寝癖がついていた。くるっくるのボッサボサ、なんだか幸運を呼びそうなアンテナのようだ。スピーカーからはカーネーションの「It's a Beautiful Day」が流れている。まっさらな朝がきた、なんとなくそう思った。

ところで昨日は文学フリマがあった。来場者は9,000人近かったらしい。悔しいなあ、頑張れば9,000部売れたではないか…実際は初のエッセイ集「ぼーい・みーつ」が30部ほど誰かのもとへ渡った。イベント開始から30分ほど経った頃だろうか、おばあちゃんがノコノコやってきて「ぼーい・みーつ」を指差し「これちょうだい」と言った。あまりにも軽やかな足取り…もしかしたらあの人は神様だったのかもしれない。お釣りを渡したとき、全身がぶわっとした。初めて自分の言葉が売れた瞬間だった。人生で時折遭遇する風に吹かれて確信する。やっぱり僕は無駄が好きであり、無意味なことを愛している。これからもわくわくに飛び乗るのだろう。

ずっとドキドキしながら小さな椅子にひとり座っていた文学フリマ。「越川さん」と呼ばれ、え?と阿呆みたいな返事をしたことは忘れよう。いずれビッグになりますなどと大口を叩いたせいでサインを求められ、あまりにも腑抜けた「雪」を書いたことも忘れよう。忘れたくないことだけ覚えていよう。出会ってくれた方々、ありがとうございました。いつかの日記でお会いしましょう。

破天荒で不安定なアンテナは、どうやらボロアパートの玄関を開けた先から電波を拾っている。今日も今日とて眠い目を擦り、扉を蹴り飛ばしてライドオン。「行き先は?」と雲が問う。わくわくする方へお願いします。まっさらな朝、さあ今日もなけなしの1日を抱きしめよう。

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そんな今日は自費出版した「ぼーい・みーつ」をどこかに置いてもらえないだろうかと考え、勝手も分からないまま本屋さんに足を運んだ。いける、いけない、いける、いけない、いける、いけな…いける。花占いなんて知らん、当たって砕けよう。とことん気楽に、でもちょっと緊張しながら高円寺の「蟹ブックス」に入った。

勢いだけで初の売り込みに来てしまったが、なにも分かっていない、もはや失礼だったかもしれない自分に対して「本当に新人だ〜」と笑いながら本が書店に並ぶまでの話など色々なことをとても親切に教えていただいた。本を受け取ってもらったとき、あまりの嬉しさに教わったことを全部忘れそうだった。本当はスキップで帰りたかったが、髭おじさんの陽気な足取りを見かけた人の恐怖を考慮して、ココロダケ・スキップで帰路についた。

ナニコレワカラン。あ、社会人無理や…と思いつつ人生初の請求書を作る。ところで最近、いつまでも子どものままではあかんなあと思っていた。「ぼーい・みーつ」にも「かっこいい大人」たちが時折出てくるが、自分もそちら側へ行かないと、いつまで経っても同じような言葉しか浮かばない気がしてこわい。文章云々、ちょいと大人の階段を登らないといけないのだ。ああだこうだ言いながらなんとか請求書を作り終え、メールを送信して布団に潜った。


火曜日。70'sを彷彿とさせるAC Soul Symphonyの陽気なディスコに身を委ね、気分を上げながら通勤。スクランブル交差点でハグする朝に遭遇した。ふたりだけの世界にはカメラマンが大体ひとりいる、ごくろうさん。

編集のバイトを始めて今日で1年が経った。正社員を断り続け、未だにフリーターとして生活している。なんだか最近は「近道」を目の前で傍観している気がしなくもないのだが、どういうわけか去年よりも寄り道を楽しんでしまっているのだ。「Karada Ha Nippon Kokoro Ha Brazil」という5月のプレイリストを聴きながら帰宅。こよなく心地良い風が吹いている。Jovem Dionisioのニューアルバムが最高だ。程よく力が抜けるポルトガル語の発音に、膨らんだシャボン玉がパッと弾けるような開放感。今の自分にはブラジルの風がちょうど合っている。アルバムの1曲目「Tartarugas」は日本語に訳すと「カメ」らしい。ますます合っている、何も間違えてない。


水曜日。道端で外国人に「ライター?」と訊かれた。火のことだ。誰も道端であなたは物書きですかと訊いてくるはずがない。「Writer?」あってる、まちがってる。「Yes, I'm writer.」ではなく「Yes, I have a lighter.」に火を灯す、雲のあわいでは煙が握手を交わしていた。

最近、疑問に思っていることがある。バイトにおける時間感覚がどうも午前と午後で違うのだ。午前は早い、午後は遅い。特に夕方、17時から18時は永遠に終わらないような気がしている。時が止まって見えるのは僕だけなのだろうか。これは「ボールが止まって見えた」と語った打撃の神様 川上哲治以来の快挙なのか。いや、こんなのは不名誉に近いだろう。あるいは、この1時間だけ僕のデスクは「精神と時の部屋」状態にあるのだろうか。だとしたら18時の僕は何かしら強くなっていないと採算がとれない訳だが、特に変わりはないから違うのだろう。強くなったのは帰りたい気持ちだけだ。そんなことを考えているうちに、いつの間にか時計の針は20時を指している。ああ、時間って不思議。帰ろう。

同僚の方と駅までの道を歩いていると「高校の決め手は何だった?」という話になった。先に喋りだした彼女は「図書室が大きかったから…」と言った。え、なんかそれいいなあ。だいたい偏差値とか部活とか制服が出てくる場面だとばかり思っていた。「野球の強さで」なんて言えなくなったなあ…それにしても「図書室の大きさ」って現地に行かないと分からないのではないか。それに広いか狭いかを判断するには色んな高校を回らなくてはいけないだろう。数ある高校をひとつひとつ回るところを想像して気が遠くなる。ここは広いけど本が少ないからバツ…ここは狭いけどSF小説ばっかりだからマル…なんて具体的に調査する受験生が果たしているのだろうか。「昔から本が好きで、言葉が好きで〜」意気揚々と語る人が横を歩いている、いたのかもしれないなあ。


木曜日。僕は時々、神様になるバイトをしている。プレゼント企画などの当選者を決めるバイトだ。この人は本当にこの景品が欲しいのだろうか…とSNSを上に下にスクロールしながら見極めていく、これすなわち神の所業である。AIに選出させることもできる現代で、もし人間が選ぶとなれば「当選させてあげたい!」と思う人に共通しているのはいつだって「熱意」なのではないかと思う。そんなこんなで「○○が大好きです!」とか「これ当たったら○○します!」と気持ちがボロボロ溢れてしまっている人を選んであげたくなるのだ。念のため言っておくが、僕はAIではなく人間である。なのでいくら選出が面倒でも熱意探しは欠かさない。いかに短時間で情熱を発見できるかがこの仕事の鍵だ。テキトーやろうと思えばいくらでも…という感じなのだが、「何事も温度感を大切にしたいですなあ」と僕のなかに棲みつく神様はいつもこう言っているのです。

最近、中野行か三鷹行の大一番に勝てず、「中野行」ばかり遭遇する。電光掲示板を見て、んがっ!と変な声が出る。あと少しなのに毎日もどかしい。今日は最寄り駅に着いて喫茶店へと足を運んだ。ホットココアに角砂糖をひとつポトンと落とす。泡がぽこぽこ、煙がぷかぷか。かき混ぜてスプーンで掬う、これはクルトンか。通知が鳴って「拝啓 越川雪先生」と書かれた初のファンレターが届く。え、と思う。嬉しさで爆発しそうだ。開いてみると友人からのふざけたメッセージだった、笑う。


金曜日。Wallowsのニューアルバム最高だ〜と思いながら通勤していた。最近、特に日本ではノイズポップが流行りの印象を受ける。カオティックな現代と共振するようなノイジーさ。その隙間に多幸感発見!という感じも好きだが、純度の高いポップスが持つ、簡単に心弾ませる力もやっぱり魅力的だ。もし今、オザケンの「LIFE」的なアルバムが出てきたら推したいなと思ったりした。

職場に向かう途中、長ネギを抱えたギャルを見かけた。長ネギとギャルの似合わなさよ、思わず二度見してしまった。朝から珍しい組み合わせを見た今日は、祖母から久しぶりに連絡が来た。どうやらエッセイを読んでくれたらしい。若干恥ずかしさあり、嬉しさあり。祖母の文面にはこう書かれてあった。「本読んだよ。煙草はあんま吸いなさんな頼むよ」である。全24編のワクワクキラキラスーパーエッセイは時折登場する煙草に負けた。

よし、「ありがとう、ばあちゃん元気?」とだけ返そう。うむうむ。ピコーンと通知が再び鳴って「死んだじいちゃんの遺影の横に並べといたわ」ときた。これはアツい。よし、ちゃんと返そう。「じいちゃん、笑ってるやろな」完璧だ。ピコーン、ピコーン。再び画面が明るくなる。「ばあちゃんは涙です」よかった…嬉しさで恥ずかしさが霞む。ああ、楽しい文章をずっと書いていたいなあ。お年寄りにも届いてほしいとこのとき思った。不意に何かの記憶と結びついたりしたら、それは素敵なことではなかろうか。

ところで、叔父からも連絡が来た。穂村弘を教えてくれた母親にだけ送ったつもりが、どういうことやねん。めちゃくちゃ親戚に読まれているではないか…叔父からの文面には「いつかもんじゃ屋の美人率を解読してくれ」と内容に対応する言葉があった。「元理系としてデータとるわ」と返す。改めて見返すとキモすぎだろう、もちろんやりません…とにかく誰かの手に渡って読まれていることが今は嬉しい。これからも頑張ろう、頑張ろう。

「本が完成したら教えてよ」と言ってくれていた店主のもとで、夜はひとり晩酌していた。「いい暇つぶしになるわ」と言ってビール1杯と交換してくれた。ありがたいなあ…気づけば金曜感謝デーになっているではないか。「風通しが今いちばんのゴチソウです」と書かれた看板を見ながらカレーを食べて、京都に住んでいたというお客さんと京都特有の青春について語りながらホッピーを飲んだ。なんもない日だったけど、なんかあったような気分で帰路に着いた。


土曜日。電車に乗っていると「久しぶりにルンルンしてる」と話す声が聞こえてきた。いいですなあ、実は僕もワクワクしてましてですね…これから「森道市場」に行くんです。走れ、ルンルン電車。俺たちをどこか遠くまで連れて行け!

友人たちと合流し、21時に東京を出発。ドライブ・ア・ゴーゴー、いざ愛知県に向かった。道中、サービスエリアで休憩して車に戻ると蝋燭のついたケーキが運ばれてきた。気づけば日付が変わっていて、僕は25歳になっていた。こんなお祝いが待っていたとは…まったくケーキの存在に気がつかなかった。いや、そういえば出発する前「なんでそんなに荷物多いん」と女友達に訊いた気がする。やらかしているではないか…「女子はこんなもんよ」と交わされたが、あれはケーキだったのか。あまりにも迂闊だった。ごめんなさいい…そしてありがとう。楽しい2日間だった。森道市場、来年も行きたいなあ。

2024.05.20~26


【雑感】

「ぼーい・みーつ」の話

「わくわく」に飛び乗るリスクについて周りの人からは色々と言われることがある。大学を卒業しフリーターになると決めたとき、「やめとき」「やばいやん」と言われた。なんで?何がやばい?答えられないなら行っちゃうぞ、やっちゃうぞ、なっちゃうぞという感じだ。もちろん何を言われても圧倒的聞かん坊のつもりだったけど。「人生とはなんたら」の「なんたら」は世の中に溢れているが、個人的には「人生に意味なんてない」というのがしっくりくる。ニヒリズムとは少し違っているが、違いを説明できないのでテキトーに「カレコリズム」とでも命名しておこう。話を戻すが、意味なんてないなんて言われたら「あ、ほな楽しまな損やん」という簡単な生き方が見つかるのである。

くるりの「ばらの花」の一節をふと思い出す。「安心な僕ら」って少し寂しい。世の中はつまらないですと言っているような感じがするのだ。

安心な僕らは旅に出ようぜ
思い切り泣いたり笑ったりしようぜ

ばらの花 / くるり

こんなことを書いて言うのもなんだが、今の僕は人生とか生き方に関する話が嫌いだ。どうだっていいよ、どうでもいいよと少し投げやりに思ってしまう。そんなことを言いつつ、人生っぽさが時折登場する「ぼーい・みーつ」は「今しか書けなかったと思う」と言った通り、過去に対する精算の要素が若干含まれていると自分が読み返すと思う。ただでさえ周りを気にしない僕はこれからもとびっきりわくわくに飛び乗るつもりでいる。でもひとりでは生きていけないし、形にならない。だから純粋に仲間を見つけたいという気持ちがあった。「ぼーい・みーつ」は一緒に踊りませんかというパーティのお誘いでもあった。

ちなみにフリーターになってからは「凄いね」と褒められるようになったが、意味がわからない。そして時折「凄いね」の真意が見えて会話がだるくなる。リスペクトをパッケージするなら慎重にやらんとなあ。どんなつもりで言ったか分からない言葉が世の中には多い、現代はノイズばかりだ。受け取り方は様々あるが、僕はそのなかでシニカルな掛け合いを交わしたくない。「お互いの道で強くなりましょう」「いつか同じ風を感じよう」そんな純粋な綺麗事の方が今は信じたい。

いつになるかは分からないけれど、思い切り泣いたり笑ったり、本当に安心できる場所がつくれたらいいなと思う。それが社会かどうかなんて知ったこっちゃない。でも中も外もおそらく関係ないのだろう。いつかどこかの知らない誰かと音に揺れて乾杯できたらいいなと本当に思う。それまでは書いて踊って、踊って書いて。のらりくらりやろうと思う。

ブログを書き始めた頃の自分は確かにこんなことを思っていたし、書いていた。それにしてもピュアすぎるなあ…文章を書き始めてから2年が経って、本を出した。
今までもこれからもずっと変わることのない気持ちを「ぼーい・みーつ」には残したつもりだ。色んな風に吹かれる生活が再び始まる。そのまえにどうしても「わくわくってなんやねん」だけは精算しておきたかった。

ここまで付き合ってくれた皆さん、ありがとうございます。ちなみに「ぼーい・みーつ」に難しい話は一切ございません。視力検査が苦手な話、うどんを頼むのがこわい話、宇宙人と間違われる話、象に乗って会社を目指そうとする話などなど…きっと「なにか」と出会えます。

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