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ある日わたしは突然、映画のヒロインになった。

銀座線の終点、渋谷駅。

表参道のヘアサロン帰りのわたしは、少し上機嫌に電車を降りた。

街で通りすがる人が「あの人かわいいな」と目を留めるうちのひとりにわたしも入っているんじゃないだろうか、なんて。
ヘアサロン帰りの一瞬だけは、自意識過剰にもほどがあるが、そう思ってしまうのはわたしだけではないだろう。

JRに乗り換えるために改札に向かう途中、スマホを手に立ち止まる、スーツケースを持った外国人が目に入った。

外国人観光客も増えてきたなあ。
渋谷駅なんて迷うよな、わかんないよな。
がんばって辿り着くといいな。

そんなことを勝手に考えて、後ろからその外国人の横を通り過ぎようとしたとき。

「Excuse me?」

声をかけられてしまった。

ここでどんな顔をしてどんな反応をするのか、0.000001秒の間にぐるぐるぐると思考した結果、わたしは笑顔で「🙂?」の顔をした。

「Do you speak English?」

「A little bit」

アリルビッなんて高校英語ぶりに使った気がする。

どうやら彼は、成田空港に行きたいらしい。
成田エクスプレスで行くための方法を調べていたようで、その行き方を尋ねてきた。

東京に10年住んでいても乗り換えアプリが手放せないわたしは、これから向かうという成田空港第2ターミナルまでの行き方を手元のスマホで検索した。

どうやら、日暮里まで出てからスカイライナーに乗るのが1番良さそうだと分かったので、それを彼に伝えた。

ちょうどわたしも山手線に乗り換えるところだったので、「Just follow me」なんてドヤ顔で言いながら、少しお互いの自己紹介をしあって、山手線のホームにたどり着いた。

二人が乗るのは反対方面の電車だったので、ハグをして、わずかな時間の友情にお別れの時間が来た。

彼の乗る電車がホームに入ってきたとき、インスタを交換しないかと言われ、断る理由もないので、ほとんど使っていない(見る専の)アカウント名を必死に思い出し、まもなく電車が発車するというギリギリ寸前までに、なんとか彼のスマホにアカウント名を入力し終えた。

彼の背中を見送って、わたしもすぐにやってきた反対方面の電車に乗り込んだ。

電車でインスタを開くと、もうDMが来ていた。

ニュージーランドから来ている彼は、日本に1週間ほど滞在していたが、今日カタールに向けて飛び立つこと。
カタールでは友人が迎えてくれること。
その後には、出身であるパキスタンへ行って実家で少し仕事をすること。
そしてニュージーランドで帰ること。

そんなたわいもない話を続けた。

彼が無事に空港へ着いたのか?
案内した身としては、少しドキドキしてしまう。

確認すると、どうやら空港には着いたが、ターミナル1に送ってしまった荷物を取りに行かなければならず、バスで向かっているとのことだった。

フライトに間に合うのかしら?
まあでも夜遅い飛行機みたいだし、大丈夫か。

そう思って、夜更かししていた前日の体力を挽回すべく、早めにベッドに入った。

23時頃、彼からメッセージがきた。

「I missed check in time」

え??
飛行機を逃した??

パニックになって手が震えているという彼は、急いで航空会社に次の便への振替を連絡しているようだった。

当然今日泊まるところもないが、航空会社との連絡が終わらないとホテルが探せないというので、代わりに成田空港近くのホテルを探してあげた。

しばらくして連絡があったのでホテルの候補を送ると、もう日暮里に戻っている途中だという。

なんでそのまま空港にいないんやーーーー

と思いつつ、日暮里のホテルを探す。

なかなか、ない。

すると彼が、わたしの最寄駅にホテルがあるか尋ねてきた。

警戒しつつも、いくつかあることを伝えると、この駅に来るという。

わたしは葛藤した。

これまで25カ国を旅してきた経験上、異国の地で、しかも深夜に飛行機を乗り逃すという状況は、それはもうパニックと自己嫌悪と不安で押しつぶされそうになるのは想像に難くない。

でも相手は男性の外国人。
最寄駅まで来られたら危ないこともある。

迷った結果、彼を信じることにした。
わずかな時間だったが、彼の誠実さや優しさを感じ取った自分の感覚を信じようと思った。

わたしは一度入ったベッドから起き上がり、暖かい服装に着替えて、自転車で駅に向かった。

改札から出てきた彼は、ひどく落ち込んでいた。
こんな失敗は初めてだと自分を責めていた。

見ず知らずの自分を、こんな時間に助けてくれる君はエンジェルだと、散々褒めてもらった。

励ましつつ、東横インへ連れて行き、無事に空室もあったのでホテルが確保できた。

何も食べてないというので、チェックインの後にコンビニへ買い出しに行くところまで付き合った。

ー神様って信じてる?
 君は神様が僕に送ってくれた天使だ。

ーまた君に会いたいと考えてたんだ。
 そしたらまさか、本当に再開できるなんて。

ー君は僕の人生を救ってくれた天使だ。
 そして、君は可愛い。

そんなことを永遠と言われながら、今度こそお別れの時がやってきた。

お礼に家まで送るという彼をなんとか振り切り、もう一度ハグをしてさよならをした。

彼がわたしを抱きしめたとき、とても愛おしそうにしているのが伝わり、なんとも言えない気持ちになった。

家に帰っても、朝起きても、彼からの熱烈ラブメッセージは続いた。

こちらが恥ずかしくなるような口説き文句を、永遠と送り続けてきた。

仕事の前か後にどうしてももう一度会いたいと懇願する彼を丁重にお断りしたところ、東横インのフロントにニュージーランドから持ってきたチョコレートを預けたので取りに行ってほしいと言われた。

こうして、彼は今度こそ無事に、次の目的地カタールへと旅立って行った。

一応東横インにチョコレートを確かめに行くと、約1kgの板チョコとチョコレートバーが袋に入っていた。笑

彼に主人公を移してみると、本当に映画のような日だったと思う。

旅先でたまたま道を尋ねた女性に一目惚れし、その日に飛行機に乗り遅れるまさかのハプニングに見舞われ、またその女性と再開する。

誰かの人生のヒロインに一瞬でもなれたことは、悪い気分ではなかった。

なんだか、Amazonプライムで観た、『ザッハトルテ』という映画を思い出した。


これは今週わたしの身に起きた、本当の話です。

※何人かにこの話をした時に、ロマンス詐欺だから気をつけろと騒ぎ立てる人もいましたが、本当にそういう危ない人ではなかったですし、お金は一銭も払ってません。

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