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わたしはあふれそう

5時に目覚ましが鳴って、たんすの上にあるそれを止めるためにベッドを出た。

それからいけない、とおもいながら再びベッドに入る。
ベッドはなまあたたかくて、やわらかい。
誰かが甘やかしてくれているように、ぬるくわたしを包む。
でもそうしているわけにいかないから、ぱっと起き上がる。

草いろのコットンセーターとうすいグレイのパンツ、白い下着一式を引き出しから的確に取り出して、洗面所に行った。
うがいをして、着替えて、それから顔を洗う。

お湯を沸かして、お米を研ぐ。
食洗機と洗いかごに積まれている昨晩のお皿を片付ける。
食卓の上に、半分麦茶が残ったコップが置かれている。
台所のカウンターの上にも、底にお茶が乾いているマグが残されている。
それらを集めて、流しに置く。

冷蔵庫から塩鮭を取り出して焼く。
たまごをお弁当用に一つ茹でる。
小松菜とにんじんともやしを小鍋で茹でて、絞って、胡麻和えにする。
合間に白湯を飲み、自分のためにコーヒーをいれる。

イヤフォンからはずっとクリープハイプが流れている。
手首のApple Watchが振動して、メールの着信の知らせがきた。
次男の学校のお弁当販売のお知らせ。

水筒二つに麦茶を注ぐ。空になった麦茶の容器を洗って、また麦茶を作る。
容器を洗っていると、水がどんどん、どんどん容器を満たしていくのがたまらなくなる。

誰かに何かをしてほしい、と思う。
誰かが、わたしに何かしてくれないか、と思う。
たまらない。
たまらない。

手ははきはきと動く。
焼き上げた鮭をお弁当箱に詰めて、胡麻和えを詰めて、ゆでたまごを二つに切ってこれも詰める。
空いた小鍋に小松菜と出汁を入れて、今度は味噌汁を作る。
豆腐を賽の目に切る。
食卓に箸を並べていると、コンロにかけた味噌汁の小鍋が吹きこぼれた。

もう、たまらない、と思う。
わたしはもうはきはきできない。
わたしはもう何もできない。

食卓には、誰かがこぼした麦茶が茶色いしみを作っている。
これを拭かねばならない。

どうやって?
どうやって?わたしはできるのだろう。
こしらえて、片付けて、拭いて、掃いて。
いつもわたしは誰かの求めに応じてきた、と思う。
たまらない。
たまらない。
わたしのささやかな求めは、もうなかったことになっている。

味噌汁が吹きこぼれたので、コンロにうす茶色の汚れがついた。
この汚れは、わたしにだけ見えるのだ。
このわたしのたまらない気持ちは、わたしにだけ見えるのだ。

わたしのたまらない気持ちは、けれど、たくさんの名前のない女たちのものでもある。
たまらない、たまらない、たまらない。と思いながら。
女たちは拭いたり、掃いたりして、こしらえて、片付けてきた。
そんなことはない、とか、そんなつもりじゃないって、とか、もちろん尊重してるとか言われながら。

味噌汁が吹きこぼれそうなとき、味噌汁だけでなくてわたしはもっとあふれそうだ。

あふれそうで、泣きたくなる。
でも、もうとっくにあふれていることをわたしは知っている。
もしかしてもうあふれることもできないのかもしれないのだ。
わたしがあふれそうだって、知る人はいない。

炊き立てのご飯と出来立ての味噌汁が食卓には並べられ、わたしでない人は
「これちょっと甘いんじゃないの?」とか言いながら、
おかずをつまんでいる。
わたしは、どれも食べたくなんてないな、と思いながら、ひじきをいつまでも噛んだ。

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