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カスタマーハラスメントしない・させない ~幸せに働く組織になるために~

「ハラスメント」という単語を聞いた時、何を思い出すでしょうか?
セクシャルハラスメント(性的嫌がらせ)という方も居れば
パワーハラスメント(立場・権力による嫌がらせ)という方もおられると思います。
それに加えて昨今話題になっているものに
「カスタマー(消費者)ハラスメント」という新たな単語が有ります。
今回はこの「カスタマーハラスメント」に対して、私の日々感じている事をお話していきたいと思います。

1・そもそも「カスタマーハラスメント」ってなんぞや?

読んで字のごとくですが、「カスタマーハラスメント」とは
顧客の立場からサービス・商品の提供者に向けて、不当な要求を行う事を意味する言葉です。
一般的によく用いられる「クレームとの違いは」

要求そのものが 過大or妥当
要求の範囲が業務上 適正な範囲を超えるor超えない
要求によって就業環境が 害されるor害されない
要求に応じる事が企業にとって 
マイナスになるorプラスになる

といった所ですね。
「クレーム」とは本来「申し立て」という意味であり、悪ではありません。
顧客が何らかの被害を受けたのであれば、それを提供側に伝えて補填なり改善なり求めるのは当然の事ですよね。
またそれに真摯に応える事は企業側にとっても、より良いサービス・商品への“気づき・ヒントになる”といった側面があるため、プラスに働きます。
お互いに「一期一会」の気構えをもってやり取りするのであれば、言いづらい内容の話し合いであっても良い結果が得られやすいというお話ですね。

※一期一会=お互いにそのひと時を一生に一度の機会と捉えて大事にする事

決してそうはならない、ひたすら相手を傷つけるだけのものが「カスタマーハラスメント」という事です。

2・実際に何が起こっているの?

カスハラ画像

例えばスーパー等、小売店での事例を挙げるとすれば
① レジ応対中の従業員が小銭を投げつけられ「拾え」と命令される

② マスク不足の折
「本当は在庫があるはずだ」としつこく食い下がられ、それでも笑顔で応対していると、「生意気な女だからレジから出て来い」と言われてデコピンされそうになる。
自力で避けると「名前を教えろ」と言って怒鳴られる。

③ 商品の在庫や取り寄せ期間で思うようにならない時
「お前らの落ち度だろ!土下座しろ!」と怒鳴られて土下座を強要された
というような事が全国的に起こっています。

これに伴って被害に遭った従業員が、腹立たしさや不快感が続くであるとか
繰り返し恐怖感に襲われる、またそれらが高じて心療内科を受診するといったケースが見られるというわけですね。
そこで働く従業員のためにはもちろん、同じ空間を共有するお客様のためにも何とかした方が良さそうです。

3・被害を受けた会社はどうしてるの?

土下座 フロント・ダイブロール土下座

こうした無理・無茶・理不尽な要求に対して、これまでの日本企業の多くがどう対応してきたのかと言うと…
“ご無理ごもっとも申し訳ございません”でひたすら謝り倒す
であるとか
「じゃあ今回だけ」と一時的にルールを曲げて例外対応を行う事で、要求を通して悪質なクレーマーの怒りを鎮めるという方法を採って来たわけです。

特にサービス業であれば新人研修でそうしろ(とにかく謝れ)と教わった方も多いのではないでしょうか?
課題図書としてノードストロームの本(タイヤ伝説)を読めと言われた方も多いと思います。

問題は、本当にそれで良かったのだろうか?という所ですね。
実は“ご無理ごもっとも”系の対応には、けっこう大きな害が有るのです。

4・ご無理ごもっともが招く弊害

悩むビジネスマン

具体的にどんな害があるのかと言うと、大きく3つ

1. 法的リスク 安全配慮義務違反
2. 企業の生産性の低下
3. パワハラの連鎖

に分けるとこが出来ます。

① 法的リスク 安全配慮義務違反
企業には法で定められた義務として、安全配慮義務というものが有ります。
これは労働者が安全と健康を確保しつつ就業するために必要な配慮をする義務、の事ですね。
過去、裁判に発展して事業者側が敗訴した例からも分かるように
「お客様の言う事だからなんでもかんでも」では従業員の働く環境を守る事はできませんし、賠償金やレピュテーションリスク(評判・信用の失墜)といった、悪質クレームとは別のダメージも抱え込む事になります。

企業側の敗北事例・学校教員に対する保護者からのクレーム。
現場担当の教員に対して応対クレームが入り、校長から担当教員へ
「お前は縮こまって話を聞いていろ」と命令が出され、担当教員は長時間の拘束&罵倒に曝される羽目になりました。
これが原因で教員が精神疾患に罹患。
学校を提訴した結果、学校側が敗訴した。

② 企業の生産性の低下
当然ですが、このように労働者本人を守ってくれない環境で働く人には
心理的安全性は存在しなくなります。

※本来の心理的安全性とは
「チームにおいて他のメンバーが、自分が発言することを恥じたり、拒絶したり、罰をあたえるようなことをしないという確信をもっている状態」
ですが、今回は「安全を確信できる精神状態」として使用。

心理的安全性が無くなるとどうなるかと言えば、誰も全力で働かなくなり、活気も失われて新しいアイデアや能動的な協力も見られなくなります。
また現場の声を吸い上げて意思決定(ボトムアップ)を行いたいと思っても、吸い上げ機構自体が機能しなくなってしまったりもします。
安全だと思えない環境では士気が下がってしまい、現場の上司に対しても
「はいはい、ご無理ごもっとも」で済ますようになってしまうから。

③ パワハラの連鎖
さらに言えば、パワハラの連鎖も内部で起こります。
もともとこの「カスタマーハラスメント」自体が、自分では処理できない怒りの捌け口として行われる傾向が強いのと同じで、人間の怒りは高い所から低い所へ、強い立場から弱い立場へと流れます。
外から持ち込まれた理不尽な怒りを受け取った人は、「ただ耐えろ」と言われたところで、それを永遠に耐え続ける事はできません。
そして自分にぶつけられた怒りが理不尽な物であればあるほど、自分もどこかにソレをぶつけようとしてしまう。
ぶつけられた人はさらに自分よりも弱い所へ、意地悪な感情や攻撃性をどんどん連鎖させていくわけです。
部長から課長、課長から主任、主任からヒラ、凄く分かりやすい連鎖ですね。

これが仕事場だけで収まっているうちはまだマシかもしれませんが、誰でも仕事が終われば、後は家族・友人といったプライベートな関係性のある場所に戻るはずです。
そのプライベートな空間で理不尽な怒りを噴出させれば、掛け替えのないパートナーとの無益な諍いになり、あるいは抗う術のない子供への虐待にた易く変わってしまうのです。
そして家庭で怒りを溜め込んだ人が、また外へ出て
“いじめ”を行い
“カスハラ”を行い
“パワハラ”を行う。
悪夢の連鎖ですね。

特に今、コロナ禍で経済的にも精神的にも追い込まれる人がとても多いです。
無用な悲劇を生まないために、どうにか対策を取りたい所ですね。

5・対策ってどうすればいいの?

ビジネス 集団 踏み出す

これも大きく3つ

① 法的知識・リスクの理解
② 企業の方針・姿勢の転換
③ 担当部署・対処する人の技能向上

を挙げる事が出来ます。

① 法的知識・リスクの理解
【4・ご無理ごもっともが招く弊害】の所でやった事そのままですが
「なんでもかんでも通してしまう」という判断自体のリスクを知る事。
「これをやるとマズい」
「今だけ難を逃れたようでも絶対に良くない事が起こる」
と理解する事です。
これが叶えば「今回だけ『こう』しちゃおう」「いいからヤっちゃって」に伴うリスクを直感的に理解きるようになるので、「カスタマーハラスメント」に対して“変に”甘い顔はしなくて済むようになります。

② 企業の方針・姿勢の転換
そしてリスクの理解を踏まえて、企業自身が姿勢を変える事。
例えば消費者に対する教育を行うのも、その1つですね。
具体的には「冷静に行動しよう」という消費者向けのポスターを掲示する等も含まれるのですが
「対応できる事とできない事がありますよ」
「ルールの外側の事に我々は対応しません・できません」
という姿勢を内外に向けて分かりやすく示す。
そうする事で正常に、ルールの範囲で関わってくれる顧客が快適に利用できる環境が出来上がります。
その環境はもちろん、従業員が“安心して働ける”“力を発揮したいと思える”環境でもあります。

この際企業側が何を嫌うかというと、たいていの場合
「あっちの店じゃやってくれたのに、お前の所は撥ねつけるのか」
という顧客の取り逃がしですね。

怖いのは分かるのですが、そもそも「カスタマーハラスメント」を行う所までいってしまった人が、顧客と呼べるのかどうか。
異常な要求は正常な「クレーム」とは違って、応えてしまう事でマイナスの影響のみ、もたらします。
営利団体として考えるからこそ、「引かなければならない一線」が有るはずですね。

③ 担当部署(怒りをぶつけてくる人に)対処する人の技能向上
そして3点目。「せっかく引いた一線」を守るために必要な事ですね。
やはり現場担当者の応対技術の向上も欠かせない点だと言えます。

私は自分自身がアンガーマネジメントのファシリテーターであり、同時に接客応対の担当者でもあるため、特にこの点の重要性を強く認識しています。

こちらに非が無くても強い怒りや言いがかりをぶつけてくる人は居ますし、「騒げば要求が通る」と過去の成功体験から歪んだ信念をもって、異常な要求を突き付けてくる人も多いもの。

これらの人に対応しなければならなくなった時、もし担当者が
何らその怒りや攻撃性に対応する知識・技術を持たず
過去に打ちのめされた経験と無力感だけを積み重ねていれば
また同じ事を繰り返すしか選択肢が無くなってしまいます。
「どうせ謝り続けるしか無いんだ」と思って“怒られに”行くわけですから。

でも本当は違うはずです。
あらゆる顧客は“怒るために”店舗やサービスを利用するのではありません。
叶えたい願いがあって、それが上手く達成できないギャップに怒るのです。
相手の怒りを鎮めようとして、とにかく謝る。
“怒る人”と“怒られる人”の型にハマってしまう時点で失敗なのです。
怒りに来ている訳ではない人に、怒る事しかさせなくしているのですから。
本来やるべきは、「この人の願いは何なのだろう?」を見る事。

それが出来るようになるために、アンガーマネジメントの知識・技術が極めて有効だと私は実感しています。
他者の怒りに落ち着いて対応し
顧客の本来の目的を、正当な手段で叶えるべく
話し合いができる。
結果として強い信頼関係が築かれ、クレーマーがリピーターへと変わる事も多いです。

正式な研修を受けて少しずつ努力すれば、その力は必ず身に付きます。
そして小さくとも成功体験が積み重なれば少しずつ自信がつき、自信がつけばクレーム応対に感じる苦痛そのものが減ります。
池内裕美(2010)「苦情行動の心理的メカニズム」によれば
① 自尊感情が高い人
② 自分の情動を制御できると思っている傾向が強い人
ほど、苦情に対して肯定的な態度を持つ事を指摘している。

身につけた技術が、企業の利益はもちろん応対者自身の心をも守る事になるわけですね。

6・キーワードは「人権」

トレーダージョーズ 店舗

今言ったような顧客と従業員の関係性、その理想像は日本の企業を見るよりもアメリカの大手グロッサリーチェーン「トレーダージョーズ」等を見た方が分かりやすいと思います。

彼らの接客スタイルは無礼ではないものの、決して整い過ぎても居ません。
挨拶ひとつ取っても、必ずしも「Hello」に固定せず「Hi」で呼びかけるケースも有るくらい、かなりフレンドリーな対応なのです。
それは決してレベルが低いという意味ではありません。
良い意味で親しみやすさが提供されているという意味であり、その対応に顧客が違和感を覚えないくらいに信頼関係を築けているという意味です。

何故そんな対応ができるのか?
実際に彼らの主張を聞いてみると、納得がいくと思います。

彼らは、自分の仕事が何かと聞かれた時
「自分たちの仕事はサービスじゃなくて、ホスピタリティだ」
と答えるのです。
ホスピタリティとは、いわゆる「おもてなし」の心だと思って下さい。

ただし、この場合の「おもてなし」とは日本人が直感的に想像するような
アレもコレもと慌ただしく動いて見せて
「貴方を歓迎しています・貴方のために精一杯やっています」
とアピールするタイプのものではありません。
あくまで相手目線で、安心や満足を提供するもの。

トレーダージョーズ 神接客

例えば上の画像の例であれば、画面中央の店員さんの義務は会計や商品の運搬、あるいは案内などの接客ですね。
来店したお客様が夫婦喧嘩をしていようが、子供がギャン泣きしていようが、基本的にそれらのケアは彼の義務ではありません。
当たり前ですね。
お店の業務とは無関係な、お客様の個人的な事情だからです。
しかし、ある日訪れたご家族の、小さなお子さんがぐずり始めた時、彼は軽快な歌とダンスで、お子さんを一気にご機嫌にしてしまいました。

義務でやった事ではありません。
純粋な気遣いで、顧客が快適に買い物ができるよう環境を調節したのです。
1歩踏み込んだ表現をするならば
「まだ口に出してはいないけど潜在的に抱えたニーズを察知して満たした」
とも言えますね。

何となくイメージできたでしょうか?
お客様は快適になり、従業員は誇りを感じて、お互いがHappyになれますよね。
こういうのがホスピタリティです。

こうした姿勢を組織内で醸成するためにどうすれば良いか?
答えは簡単、従業員満足度を上げる事です。
従業員が安心して働ける環境を整える。
「理不尽に怒鳴られたりしないか」
「何かあったら誰か助けてくれるだろうか」
といった、おかしな心配をしなくて済む環境だからこそ、澄んだ気持ちで顧客に相対する事ができるのです。

この本質を何十年も前に言葉で表現していたのが、歌手の三波春夫さんですね。
「お客様は神様」
この言葉を聞いた事のある方はとても多いと思います。
現在もブログで確認できる、三波さんご本人のお言葉ですね。
ただ、この言葉の正しい意味はどのくらいの人がご存知でしょうか?

この言葉は本来、自分の仕事を行う時に
「まるで神前で行うかのように、澄んだ気持ちで行わなければならない」
という意味です。
そのために代金を支払ったお客様お1人お1人を、神様だと思う。
でなければ自分の質が落ちて、楽しむ権利を買ったはずのお客様に満足していただけなくなるから。
あくまで提供側が、自分の質を上げるための言葉なのです。

決して
「お客様を神様と思って、どんなわがままも受け止めろ」
という意味ではありません。
三波さんご本人もブログで、この誤解が広がった事を残念だと仰っています。

顧客に選ばれるために、より良い品質が
より良い品質のために、澄んだ気持ちが
澄んだ気持ちでいるために、安心して働ける環境が
順番に必要だという話です。

先ほどトレーダージョーズの話をしましたが、彼らの言う
「サービスじゃなくてホスピタリティ」
という言葉には
「サービス(上下の奉仕)じゃなくホスピタリティ(対等の思いやり)」
という意味合いがとても強く含まれています。
奴隷みたいな扱いの中で誇り高く働ける人は居ないのです。
さっきの画像の彼も、仕事中にふざけて遊んでしまってるわけではありません。
むしろ職務に対する意識が高いから、土砂崩れになりそうなお子さんの機嫌を一早く察知して手当てする事ができたのです。
そしてその義務の外の行動を躊躇わずに行えるのは
「自分が少々歌ったり踊ったりしても周りから変に批判されたりしない」
「あのお子さんのためでしょ?グッジョブだね」と言ってもらえる
という心理的安全性を、環境が守っているからです。

日本は何故か、サービス提供側の人権意識が異様に低いですよね?
守るどころか「ぶん殴られて、ぺしゃんこにされて一人前」みたいな。
それでは100年経っても今挙げた例のような品質には辿り着かないのです。

アメリカだけでなく、海外の企業はそもそも日本のように耐えません。
設置されたガイドラインに従って、この条件を満たしたら警備か警察に連絡。
というルールに恐ろしく素直に従います。

「従業員を『お前』呼ばわりする」
「どういうつもりじゃ『コラ』、といった恫喝が入る」等

一切ためらいません。
躊躇ったら従業員が仕事を恐れるようになり、あるいは環境への不信感から力を発揮しなくなると知っているからです。
そうやって、必要な場面では毅然と従業員の人権を守るべく行動できる。
というのが、これからの企業の姿勢に求められている事ではないでしょうか。

この意識を広めるために、業界全体で環境を改善しようと奮闘しているのが、UAゼンセンの流通部門などですね。
始まりは2015年。
ちょうどこの頃から悪質クレームが社会全体で問題視され始め、レジでお金を投げつけられた従業員から
「私たちに人権は無いんですか?」
と訴える声が寄せられ始めました。
ようやく、「顧客と従業員の圧倒的な上下関係」「歪んだパワーバランス」がおかしいのではないか?と見直され始めたのです。

「お客様 神(かみ)でもなければ 上(かみ)でもない」
というのが2021年に行われたカスタマーハラスメント防止イベントで大賞に選ばれた標語ですが、本来我々の持っている人権は平等なはずですよね?
でも何故かサービスや商品が絡んだ途端、急に提供側の人権が失われる。
日本の社会には、まだまだそんな特性が残っています。
これを回復させて安心して働ける環境を整える事が、企業にとってもそこで働く人にとっても大きな利益をもたらすはず。

1日も早く実現するべく、私も1人の専門家として微力を尽くします。
そしてここまで読んで下さった皆様にも、ほんの少し何かを変えるための努力をしていただきたいと思っています。
そうすれば1年経つ頃には、貴方も私も今と全く違う世界に住んでいるのかもしれないのですから。
厳しい世相ですが、「どうせ」と言わずに素敵な未来を一緒に作りましょう。

長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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