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男と女のドラマの基本形

『夏の終り』瀬戸内寂聴 著:新潮文庫
 本書は寂聴さんの代表作とも呼べる小説。主人公は染色家として女でひとり生計を立てている知子。彼女はかつて若い頃、夫と子供を捨て、若い男と駆け落ちした経緯がある。今はその若い男との恋も終わり、不倫相手の売れない小説家の慎吾と半同棲の生活を立てている。そしてその妻…。慎吾は週ごとに海辺の街から知子の許へとやって来る。八年間その関係は続いている。そこへ駆け落ちした涼太がひょっこり現れるところから、この泥沼の四角関係劇が始まっていく。
 小説は連作短編となっており、ほぼほぼが、その四角関係からやがて自由になるまで。小説内においては、きちんとした別れが描かれているわけではない。短編「夏の終り」においては、男との別れを意識した知子が、慎吾の海辺の家へ押しかけてその妻と対峙しようとするが、結局会わずじまいで終わる。別れたり、またくっついたりの関係は、なかなか世間的な常識では理解できないものかもしれない。
 でも、著者はこの男と女の心理劇ともいえるこの男女の駆け引きを描くのがほんとうに上手い。ずるい男と、なんでも男に尽くしつくす女と、その物語にさえ登場さえない男の妻と。若い男、涼太。(もう時が過ぎ、若くはないが…)涼太においては、知子と寄りを戻そうとして、慎吾との不倫を解消するようにせまるが突っぱねられる。自分のことは何なんだ!と問い、「憐憫よ」とだけ知子に言われてしまう、その言葉のきついこと!

 瀬戸内文学で描かれる基本の構造はこの本書『夏の終り』にある四角関係から始まっているといっていいかもしれない。晩年の傑作『場所』にしてもこの四角関係を基本的には反復する。この四人の関係。ある意味、男と女のドラマの基本形と言えるのかもしれない。
 そういう意味でも瀬戸内文学の核となる重要な小説だ。

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