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ただの不倫ドラマではないらしい。

『寂兮寥兮』かたちもなく 大庭みな子 著:日本経済新聞出版社

 先日読んだ瀬戸内寂聴さんの最後の長編小説『いのち』のなかで、主人公が大庭さんの『寂兮寥兮』を傑作だと話していた。それを受けて、全集に収められているこの作品を読んだ。

 大庭みな子と言えば、『三匹の蟹』しか今まで読んだことはなかった。さすがに文学全集が違う出版社で二回出ているだけあって(二度も全集が出版される作家は数えるほどしかないらしい)かなり、文学的難易度が高い印象を受けた。話は主人公の万有子と、幼馴染として育った兄弟とその子供たちをめぐる話。なかでも万有子は弟、泊とはかなり親密な仲だったがお互い違う相手と結婚。しかし、お互いの配偶者が相手側の配偶者と不倫関係に落ち、ある時事故で万有子は夫を、泊は妻を無くしてしまう。それから、子供を育てながらお互いシングルのまま気ままで親密な関係を長い時を経て続けていく。結婚はしないふたりの愛についての話というのか。

 話の根底に、日本神話の古典『古事記』が下敷きにあるようだ。その兄弟と万有子の関係も神話内での男女の関係を模倣するかのような運命を辿っていく。私は個人的に、『古事記』の知識がないのでそこのところは、よくわからなかったが。ただ、この作者は、そういった古代の神話や、平安期などの王朝文学などにかなり造詣が深いようで、ある程度それらをわかってないとピンとこないところがある。ただの不倫恋愛ドラマではないようだ。

 ただ、どこか時間や空間や人間や動物、異界、生死の臨界など超越しているところもあり、そういう豊饒なイマジネーションはこの作家のすごさを表していると思う。かつて、『三匹の蟹』で、アメリカナイズされた西洋的な価値観になじめなかった主人公の女が、夜の遊園地内にある古代の民芸館で見たトーテムポールなどの呪術や、アニミズム的世界に惹かれていったことを思い出している。

 なかなか、読みこなせない手ごわい小説だけれど、またそのうち『古事記』を読んでから、また再挑戦したいと思った。そうそう、この『寂兮寥兮』(かたちもなくと読む)という言葉は老子の漢詩からとったそうだ。

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