人の気持ち9割、忖度してどうなるよ!
『美は乱調にあり』瀬戸内寂聴 著:岩波現代文庫
どうでもいい話だが、本日12月25日の朝日新聞の読書欄でライターの武田砂鉄氏が今年2021年のベストセラーについてコラムを書いている。ちなみに、ベストセラーの第一位は『人は話し方が9割』という話し方のハウツー本だそうだ。ほかにもベストセラーの本のいくつかは、効率的な対話術の指南書が並んでいる。日常会話においても、忖度ありきの対話?ふざけんな、って思った。武田氏は「自分の中にある考えを揺さぶる本よりも、効率的なコミュニケーションのための本が売れる」と。そういう意味では、この寂聴著の『美は乱調にあり』に登場する人物たちは、いかに好き勝手に、自分の意思を貫き通して生きたか、と思い、逆に爽快。その生き様はこのコロナ禍で閉塞する現代において、誠痛快で、毒に満ちた本と言える。
寂聴さんがお亡くなりになって早一か月半。追悼をこめて本書を読む。寂聴さんが自身400冊を超える自作のなかでもっとも読んでもらいたい本の一つが本書だそうだ。大正時代、火のように人生を駆け抜けた野性の女、伊藤野枝と、アナーキスト大杉栄を描いた寂聴の伝記小説。
まずは、小説の出だしがいい。最初はルポルタージュとして、著者が九州の博多の外れにある今宿という海辺の町を訪れるところから始まる。今宿は伊藤野枝の生誕地で、そこをめぐり、野枝が見たであろう海辺に立ち彼女に思いを馳せる。土地に立ち、野枝と親交があった人を訊ね、その話を聴き、まるで著者自身が野枝に憑依していくかのように、物語が始まっていく。
最初野枝を見初め、やがて事実婚として最初の夫になる辻潤。野枝の文学にかけようとする熱情を理解し、彼女を導き指南していく。自分が彼女を育てなければならないという強い意志を持って。その姿勢はこの時代にはかなり斬新だったと思う。平塚らいてうとの出会いから、婦人雑誌の草分け「青踏」への参加、大杉栄との不倫まで、あれやこれやの怒涛の展開で息つく暇もない。
最後のほうでは、野枝は大人の女へ育ててくれた辻のもとを去り、子供も捨てて大杉の許へ出奔。そこは寂聴さんと生き方がダブる。そういう意味では寂聴さんは野枝に憑依しているし、寂静さん自身が野枝のようだとも思う。方や二十八の生涯、方やは九十九歳まで生き切られたが。
そして、大杉をもとに、その古妻の保子、新聞記者の神近市子、野枝をめぐる四角関係のどろどろさがすごい。大杉の掲げるフリーラヴという誰と恋愛したって自由じゃないか的宣言。いまの時代では考えられないその規格外の生き方、パワーのすごいこと。(強くて、嫉妬深くて、どこまでも性的に強い女三人を妾るのだから…)『人は話し方が9割』なんて言っている場合ではない。どこまでもその情念に、その愛に、嫉妬に、欲望、憎悪に打ちのめされる。私たち人間は肉でしょ、気持ちいっぱいあるでしょ、なのだ。
本書の根底には現代のフェミニズム思想があり、そういった流れは、この頃大正時代の女性たちが命懸けで切り開いてきたものなのだ。例えば、国は違えど、現アフガニスタンのタリバーンの女性の就学禁止などの女性人権のはく奪から、現日本のこの夏のオリンピックをめぐる女性軽視問題から、夫婦別姓などの現代的な問題に至るまで、本書と地続きである。余談だが、国際的に活躍しているインド系の作家ジュンパ・ラヒリの小説『低地』という長編小説がある。学を得たいが、家庭という因習の枠に押し込められた女が、死に物狂いでアメリカへ旅立つというその小説を思い出さずにはいられなかった。そういう意味では、近代化していく世界のなかでは、起こりえる問題であって、その意味でも、すごくグローバルな視点における小説じゃないだろうか。
今の時代だからこそ、読みたい小説。
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