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誰に向かってnoteを書くか。

「誰が読むんだよ!」

noteを書いていると、何度もこの言葉が脳裏に響き渡ることになる。

「いや、誰も読まない」という反語表現の意味でもあるし、「誰に読んで欲しいんだろう?」という純粋な疑問の意味でもある。

いずれにせよこれは、「今自分は誰に向けた文章を書いているのか」という宛先の問題だ。


週に1回更新しようと決めて始めたこのnote、ついに更新できない週が出てきてしまった。

そんなに厳しいルールじゃないのに、毎週ちゃんと苦しんでいる。

対面での会話なら、あるいは見知った友達しかフォローしていないTwitterなら、気楽にコロコロ言葉は出てくるのに、なぜnoteを書くとなると言葉が出てこなくなるのだろう。


これはきっと宛先の問題だ。誰に向かって書いているのかを決められないから、書き始められない。


気に入ったエンタメを紹介するときなんかに、特にこの問題を感じる。

例えばこの間漫画の「ダンダダン」について書いたが、
・毎週楽しみに読んでいる人
・ジャンプは読んでいるけど、「ダンダダン」は読んでいない人
・漫画をあまり読まない人
誰に向けて書いてるのか分からなくなって大変困った。

結果、冒頭は「ダンダダン」の紹介から入ってるくせに、終盤は「ダンダダン」と霜降り明星をそこそこ好きじゃないと読んでられないような文章を書いてしまった。


誰に向けて書くか決まってない文章を書くのに苦しむのは、考えてみれば当然の話だ。

何かおしゃべりするときを考えても、親しい友人3人と飲み屋で話すのか、会社の会議で10人相手に報告するのかで話すべき内容は全く異なる。

友達と話すべき内容を会議で話したら怒られるし、会議で話すべき内容を飲み屋で話されても興醒めだ。

まず宛先があって、語るべき内容が決まる。


だったらまずは、このnoteで誰に向かって文章を書くかを決めなくちゃいけない。

誰に指示を受けた訳でもなく勝手に書いてるnoteなので、「自分が一番楽しく語れる人」に向けて書くべきだろう。


おれが一番楽しく語れる人は……

……

……

???

正直「趣味の合う同級生の友達」に向けて書くことにします、という結論ありきで今回書いてきたのだが、書いてるうちに誰に向けてなら楽しく書けるのか分からなくなってきた。

だっておれが友達との会話で好きなのは、前提知識を共有した他人との対話が生み出すグルーヴ感なのだ。

いくら気の合う友達が相手でも、zoomでマイク・カメラオフの状態で聞かれたら、5分で話せなくなると思う。


小説でもエッセイでも不特定多数の人に向けられた文章って本当に誰に向けて書かれているんだろうな。

会ったこともない他人に向けて、相槌も反応もない中文章を書き上げて、それを偶然読んだ自分が「面白い」と思っているときって、思ってたよりもずっとすごいことが起きているのかもしれない。


みなさんnote書くとき誰に向けて書いてます?


おれは真剣にpodcastへの移行を相談しなきゃいけなくなってきたかもしれない。


サイトウでした。


@いえもん
ダウ90000、「夜衝」も「旅館じゃないんだからさ」も追えてなかった!

腰が重くなってしまってるなあー。

「旅館じゃないんだからさ」は配信で見ます!!!


@きっちゃん
きっちゃん見てるーーー???

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