読書記録(03)谷崎潤一郎『蓼食う虫』

谷崎潤一郎を読もうと思い、手始めにこの作品を選んだ。

本当は『痴人の愛』あたりから手に取るのが定石なんだろうけど、本作のあらすじを読む限り、どうやら読みやすそうだったので。

極めて俗世的な話。性交渉をもたなくなった夫婦がグズグズ悩む。夫も妻も、家庭外に異性のパートナーをもつものの、子どもがいるし離婚するのは憚られるよね、でも…という。

令和の今でもこのストーリーのままドラマ化できそう。しかし、昭和初頭(1920年代後半)の作品と知って驚いた。約100年前の小説である。当時から今まで、夫婦の悩みごとは変わらない。ちなみに、著者自身の経験を踏まえた作話らしい。小田原事件、細君譲渡事件。

そんな感じで、面白くはあるんだけど、正直、高尚さや文学性は薄いと感じた。ほんとに、主人公の男(夫)があーでもないこーでもないと遅疑逡巡するのみ。妻も妻で、決断を下さない。ドラマティックな展開は無い。

夫は、妻が不倫相手と交際するのを認めているし、むしろ、それによって自分の心理的負担が減る(みそかごとから逃れられる)ことを喜んでいる始末。ゆくゆく、妻とその男とで結婚してはどうかと、夫婦で話し合っている。

たしかに、今でこそこのような感覚を理解できないではないが、100年前の時点ではさすがに珍奇な価値観か。現に小田原事件・細君譲渡事件では世相を騒がせている。ある意味、いま、時代が谷崎に追いついたとも言える?それなら、常識に囚われなかった谷崎の感覚は、称えられて然るべきか。

未練がましい夫婦とは裏腹に、読者の想像に任せる終わり方はこの上なく潔い幕切れだった。

いずれにしても、『痴人の愛』『卍』『春琴抄』あたり、耽美派たる所以の代表作を読んでから改めて、この作品を捉え直したい。

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