スポーツと人種差別問題~その歴史と現在の流れ~

 最近”black lives matter”のスローガンのもと世界中で人種差別反対運動が起こっています。サッカー界でも試合開始前に全員が膝をつき人種差別反対の意思を見せています。

画像1

 この運動の発端は今年2020年5月にアメリカ・ミネソタ州で発生した、白人警察官による黒人男性への不適切な拘束方法が原因で発生した殺人事件です。しかし、スポーツの場における人種差別問題は最近の問題ではありません。今回はスポーツと人種差別の問題の歴史、そして“black lives matter”の件を受けての最近のスポーツ界の流れをまとめました。

目次

1.スポーツと人種差別の歴史
2-1 ヨーロッパサッカーにおける事例(イタリアを中心とする)
2-2 ラグビーの事例
2-3アメリカンフットボールの事例
2-4 日本の事例
3.まとめ

1.スポーツと人種差別の歴史

 スポーツ界における人種差別の歴史は古く、近代スポーツが始まった、19世紀後半当初からあったと考えられます。アメリカではアフリカ系、アジア系アメリカ人や移民を、ヨーロッパではユダヤ人を中心に、差別されてきました。例えば、アメリカでは1920年に、アメリカ北西部で「ニグロ・ナショナルリーグ」が結成されました。このリーグは1929年の世界恐慌で一時的に破綻しますが33年に再結成されました。このリーグは、名前の通り、黒人選手のためのリーグ(nigro:黒人の蔑称)でした。つまり、黒人選手は現在でも続くメジャーリーグには参戦できなかったのです。また、1936年のベルリンオリンピックでは当時最高記録を保持していた棒高跳びの選手がユダヤ人であるという理由から、当時のナチス政権がこの選手の出場を取り消したのです。以上の例のようにスポーツにおける人種差別はここ数年前から始まったわけではなく、近代スポーツの歴史とともにありました。

流れがわずかに変わったのは、第二次世界大戦後です。世界人権宣言が採択され、帝国主義的な超大国や、人種差別的国家がなくなりかつての植民地は独立を果たし、マイノリティーであった人にも名目上は平等な機会を与えられるようになりました。実際、アメリカのメジャーリーグではジャッキー・ロビンソン選手が黒人選手として初めてメジャーリーグでプレーしました。彼がつけていた背番号42は現在、MLB全30球団で永久欠番指定されています。その後「ジャッキー・ロビンソンデー」も制定され、その日にはすべての選手が42番をつけてプレーをする日となりました(図1)。しかし、このようないい方向に向いたのはわずかなケースのみでした。つまり、名目上の機会は均等であっても実質白人が有利な状況は残るという旧態依然の環境は残ってしまったのです。これは、ヨーロッパも例外ではありません。技術の発達により人の移動がより自由になったため、アフリカや中東、アジアから多くの人がヨーロッパに流入しています。その人たちを差別対象としているのです。

画像2

図1:ジャッキー・ロビンソンデーの写真

では、そのような差別を受ける人々はずっと何もしなかったのでしょうか。もちろん、そうではありません。彼らは、当時置かれていた不条理な状況に対して抗議をしたのです。そして、人種差別を受けていたアスリートが抗議の場として選んだのが、世界中の人々から注目を受けるオリンピックだったのです。1968年のメキシコシティー大会で1位と3位になったアフリカ系アメリカ人選手2人が国旗掲揚の間、表彰台で俯き、黒い手袋をつけた拳を掲げたのです(図2)。これは、黒人差別の撤廃をうたった公民権法が制定されたにもかかわらず、差別が解消されていないことへの抗議と言われています。この行動を受け、当時の国際オリンピック委員会は2人をアメリカナショナルチームから追放しました。確かに、スポーツの場の政治的利用は正しい行為とは言えません。しかし、現在のように誰もが気軽に情報を発信することができる時代ではなかったのです。

画像3

図2:1968年 メキシコシティーオリンピックでの例

 なくならない差別に対しスポーツ団体、各種委員会は様々な対応策を練ってきました。国際サッカー連盟(FIFA)は「反人種差別デー」を制定したり、差別的な応援をしたサポーターに対し厳しく処罰したりしています。しかし、現状はあまり好転していません。さらに、グローバル化の限界を感じる一部のナショナリストが差別的言動を発し、問題となるなど一筋縄では解決しない問題となり現在まで続いています。次は、各種スポーツにおける最近の人種差別の事例とそれに対する対処をまとめます。


2-1 ヨーロッパサッカーにおける事例(イタリアを中心とする)

ヨーロッパでもっとも人気なスポーツは、サッカーです。世界中の一流選手がイングランド、ドイツ、スペイン、イタリアのリーグに所属しています。しかし、サッカーでは「モンキーチャント」という人種差別的行為があります。これは、名前の通り猿の鳴きまね(ここでは、黒人を表す)を模したチャントであり、主に相手黒人選手を侮辱する際に使われます。当然許されるものではなく、たいていの場合主審が一時的に試合を中断し、そのチャントを辞めさせるように指示します。ヨーロッパの中でも特にこのような人種差別行為が深刻なのはイタリアです。2019年セリエA、ブレシア対ヴェローナ戦。ブレシア所属のバロテッリ選手がヴェローナファンからこの差別的なチャントを受け、激高。ボールを観客席にけりこみ一時的に試合が中断するということが起こりました(図3)。また、このような事例がほかにも多発しており、イタリアにおける根深さを物語っています。これに対しヴェローナの会長は差別行為を行ったとされるグループのリーダーに2030年までのスタジアム立ち入り禁止を申し渡しました。ただ、これだけでは抜本的解決に至っていないといえるでしょう。イタリアのクラブの多くは観客収入をメインの収入源の1つとしており、サッカー協会側も、クラブの倒産や協会の収入減につながる危険性がある、無観客試合の実施は避けたいと考えているのが現状だといえるでしょう。

画像4

図3:左から2番目の選手がバロテッリ選手

2-2 ラグビーの事例

2020年6月、ラグビー界に波紋を与えるニュースが来ました。それは、長年ラグビー・イングランド代表の応援歌として親しまれている"Swing Low, Swing Chariot"が奴隷制との関連があるとの調査結果が発表されたのです。現在の風潮から、30年以上にわたって歌われたこの曲が応援歌から削除される可能性があるというものです。

もともと黒人奴隷のウォーレス・ウィリスが作ったとされるこの黒人霊歌が、なぜイングランド代表応援歌になったのでしょうか。この曲が最初にうたわれたのは1987年での試合といわれています。当時アカデミー賞受賞映画「炎のランナー(chariots of fire)」が由来のニックネームを持つ、マーティン・オフィアという黒人選手がいました。当初はこの選手のための歌だったようですが、翌年違う黒人選手が大活躍をしたときに、この曲がうたわれました。それ以来この曲はイングランド代表の応援歌として定着しました。(図4)この出来事の大きな問題点は、このチャントを行っているサポーターたちが知らず知らずのうちに差別行為を行っているということです。しかし、イングランドのラグビーファンの文化の歴史にこの曲が外せないのも事実です。この曲がどのような運命をたどるのかはまだわかりませんが、スポーツに熱狂している間に、知らず知らずのうちに差別を行っている可能性もあるのです。

画像5

図4:ラグビーイングランド代表サポーター

2-3 アメリカンフットボールにおける人種差別の問題

2020年7月、世界最高峰のアメリカンフットボールリーグ、NFLに衝撃のニュースが流れました。それは、ワシントン・レッドスキンズの名称を変える方向で議論をしているというニュースです。(図5)ワシントン・レッドスキンズは1932年創設、スーパーボウル優勝3回を誇るチームです。チーム名のレッドスキンズ(redskins)の由来は、先住民族の蔑称からです。ヘルメットにはネイティブアメリカンの部族の戦士の横顔が描かれています。実は、レッドスキンズの名称問題は過去に何度も問題となっており、ネイティブアメリカンの団体から1992年から何度も訴訟されています。しかし、NFLと連邦裁判所はレッドスキンズの名称の使用を許可してきました。また、NFLに関する人種差別問題はレッドスキンズのみならずリーグ全体の問題も存在しています。

画像6

図5:レッドスキンズのロゴ

2016年サンフランシスコ49ersに所属していたコリン・キャパニック選手が「人種差別が行われている国の国歌や国旗には敬意を払えない」とし、国歌斉唱時にひざまずきました。(図6)当時これはアメリカンフットボール界のみならず、ほかのアメリカのスポーツ界にも大きな影響を与え、キャパニック選手に同調する選手は同様に国歌斉唱時にひざまずきました。当初、NFLはこの行為をとがめていませんでしたが、のちにトランプ大統領がこの行為を公然と批判、世論も賛成派と反対派に分かれる騒動となったので、2018年NFLは国歌斉唱時の膝つきを実質上禁止にしました。その代わり、抗議の意思を示す際は国歌終了までロッカールームにいることとなりました。一時期この問題は収まりましたが、今回の"black lives matter"の件で議論は再燃し、レッドスキンズのスポンサーであるナイキ社がレッドスキンズ側に名称を変更するように圧力をかけたのです。以上のようにアメリカでもっとも人気のあるスポーツであるアメリカンフットボールは世間の関心も高く、世論に流されやすいです。また、企業が圧力をかけるという点も消費主義とスポーツが深く結びついているアメリカらしい事例であるといえます。

画像7

図6:右側がキャパニック選手


2-4 日本の事例

日本も当然他人ごとではありません。海外に比べ比較的人種差別問題が起きにくい日本。だからこそ、あまり議論されずに放置されているのです。日本では特に在日コリアンの人に対しての差別が問題となっています。2014年Jリーグ、浦和レッズの横断幕問題は大きな問題となりました。現在”black lives matter"で世界中で人種差別反対運動が起こっています。これを機に私たちはただこの運動に便乗するのではなく、自国における問題についても知り、考えるべきだと思います。


3.まとめ

以上4つの事例をもとにスポーツと人種差別問題について書きました。ただスポーツをみるのではなく、スポーツにおける根深い問題を知ったうえで見ると今までのスポーツ観戦とは違った見方ができるようになるかもしれません。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

出典

・よくわかるスポーツ文化論

・Number Web「バロテッリ激怒の人種差別発言。撲滅できないセリエAが抱える闇」(2019.11.19)

・世界の民謡・童謡"Swing Low, Swing Chariot"

・AFPニュース「ラグビーイングランド代表応援歌、協会が奴隷制との関連を調査」(2020.6.19)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?