小説:留年生の華麗な部屋

 諸君、クオリティオブライフを高めるうえで最も大切なものはなんだかわかるだろうか。それは住居である。古来より衣食足りて礼節を知るということわざがあるがなかなかどうしてここに住が入らないのかもっぱら謎である。故人よりも私のほうが優れているということか。

 優れた私が設計した部屋なのだ。端的に言うと、イヤ、もはやこの部屋はこの言葉でしか表現できない部屋なのである。そう、完璧だ。まさに魔法界である。

 まず、物があまりおかれておらず、配線や着替えなどがきれいにすべてかたずけられているのが素晴らしい。物が少なく広々とした空間というのはそれだけで解放感が生まれ心を広く、寛容にするのである。

 これは前のアパートにて学んだことだ。以前は屋根裏部屋を借りていたため部屋がせまく、部屋干しの際に出る独特の汗が発酵したかのようなにおいをまき散らすパンツが頭上にぶら下がった状態で飯を食う必要があった。その時は自分の部屋の広さと相まってみずからの器も小さく縮こまっていたと記憶している。私の周りに友人がいなくなってしまったのは狭い部屋に住んでいたことが原因である。まさに住無き者は礼節を知らぬだ。

 閑話休題。何よりこの部屋で素晴らしいのは、この大人気イギリス映画のハリー・ポッターのスペシャルブルーレイボックスである。このブルーレイボックスは全世界で4万個しかない至高の品で、世のはりー・ポッターファンはのどから手が出るほど欲しがる品物なのである。そしてわが部屋は、このブルーレイボックスをただ置くだけではなく、これに合わせたインテリアや家具を配置することで作中にも出てきそうな部屋へと変貌させたのである。

 本棚の上に置かれた魔法の杖の数々に、作中に出てくる城の地図、それに帽子やローブ、さらには空飛ぶ箒が飾られている。壁も朱、青、緑、黄の大きなフラッグを四方の壁にいっぱいになる大きさで貼り付け、それぞれの寮のマークもついている。机やテレビ台も自作のもので重厚な木製のつくりは実に趣深い。天井のシャンデリアを手に入れるのは苦労したが学業に励まず、バイトに専念したことで何とか手に入れることができた。

 こうして、魔法使いが潜んでいるような部屋で、ゴブレットで酒を飲み、これまた怪しげなフォルムをした真鍮の鍋に入ったドロドロに溶けた野菜をつつきながら、ハリー・ポッターの映画を大画面のスクリーンで見て居ると、私は実はハリー・ポッターの世界の住人で会った気がしてくるのである。

 この扉を開けた先に魔法の世界が広がっていないというのは嘘ではないだろうか。しかし、この扉の外ではつえを振り回しても、放棄にまたがっても飛ぶことができない。であれば現実はこの部屋の中の身にあるということになる。ああ、夢の世界など行きたくないのだ。誰か私を真の世界に案内してくれるものはいないのであろうか。

「おじゃましまーす。おお、今日も一人でやってらっしゃいますね。寂しくないのですか?」
「うるさい! このくらいハリーがホグワーツに行く前の11年間に比べたらへでもない」

 作中、主人公は大男のハグリットによって魔法世界に招待されるのである。今この部屋に入ってきた男もまた200センチ近くある大男ではあるのだがこの男はその役割を果たさない。この200センチもありながらもやしのような細い図体をしていて、顔色が悪く、電信柱に間違えてしまいそうな男は私の部屋に踏み込む数少ない、イヤ、たった一人の人物なのである。名前を矢作と言う。どうにも癪に障るしゃべり方をする男ではあるが、私には劣るものの、この作品のファンであり、そのため友人となった。

「しかし、それにしてもいつまでこんな囚人のような生活をするのでしょうか。いい加減ほかの活動もしてみたらどうです? ほら近頃また、面白そうな映画もやってますよ?」

「うるさい! ここはアズカバンの牢獄などではない! 選ばれたものだけが訪れることができる秘密の部屋であるぞ! 元来貴様のようなものが来てもいいはずがないのだ! さっさと帰れ!」

「チェ、冷たいなァ。でもまぁ、いいです。こういう反応をしてくるかただとは予測しておりましたから。今回は宣伝に参ったのですよ宣伝」

 そういうと、その電信柱のような大男は一枚の紙を私に差し出す。それはチラシであった。どうやら新しいサークルを作るらしい。その名は「史喰い人」である。

「なんだこの不快な名前のサークルは。こんな面白くない名前などやめて不死鳥の騎士団かダンブルドア同盟に変えたらどうだ」

「ヤダなぁ。歴史をむさぼるように研究するサークルであるからそのような真似にしたのですよ。まぁ、イギリスの歴史を調べるサークルですからね。関係ないことはありませんが。ウッシッシッシ」

 矢作は気色が悪い笑顔を浮かべてそういった。そして私をそのサークルに誘ってきたのである。

 確かに、英国の歴史を調べるというのはこのハリーポッターを見るうえで何か面白い発見があるかもしれない。しかしながら、私はこの世界の外にある虚構の世界に長く滞在することはできるのであろうか。答えはここでは出ない。

「私は、行くことができぬかもしれない」

「そうですか。まぁ、また来ますからいつでも来てくださいな」

 その男はそう言い残して家を離れていった。部屋から騒がしさが消えてなくなりまたいつものように映画が大画面で上映されている。やはりハリーポッターは実に面白い。しかし、どこか思ってしまうのだ。イギリスのことをより理解していればこの作品は楽しむことができるのではないかと。

 そうかんがえると、どこか映画に集中できぬ自分がいた。そしてサークル活動をしている自分の姿を想像してしまった。乙女に囲まれイギリスの歴史や文化を学び、もはや賢者と呼ばれるまでに詳しくなった私は、乙女に誘われた優雅なティータイムで礼儀正しい英国王子のようなふるまいをするのであろう。そこで罪作りな私は乙女たちからこういわれてしまうのだ。

「きゃー! 素敵! プリンス様!」

 私はもしやすると至高の秘宝である薔薇色のキャンパスライフを手にすることができるのではないだろうか。私は勇気をもって下宿の窓とドアをこじ開けた。

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