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短編小説:橋の下の秘宝

 どうしてもだめだ。今日ずっと、昨日見つけたお宝のことが頭から離れない。まだ、あるだろうか。すぐにでも見たい。こんな気持ちになってしまうならビビらず、昨日の夜家に持って帰ればよかったんだ。

 昨日の放課後はオレとリョウタとアユムの三人だけで河川敷のグランドでサッカーをした。ほんとは仲のいいヒロとか、ナカちゃんとか、モリリンとかも誘った。リョウタもアユムも友達をいっぱい誘ったんだ。でも、やっぱり昨日は6時間目まであったから、全然集まらなかった。

 6時間目まであると、家に帰るころには4時半とかになっちゃうから河川敷から遠い奴らはみんな来れない。それから、中学校に向けての塾に通ってるやつもちらちらいた。そんなんだから、河川敷のグランドに来たのは親が働いていて門限が緩いオレ達だけだったんだ。

 3人じゃさすがにサッカーの試合はできない。最初は一対一とかやってたんだけど、ずっとやってたら飽きてしまった。それで、センタリングを上げてそれをヘディングでゴール決めるやつを順番にやることにしたんだ。この前の日本対オーストラリアのヘディングシュートはみんなしびれたから。

 でも、やってみると意外とムズイ。リョウタはかなりうまくていい位置にセンタリング上げる。だけど、距離感がつかめないし、やっぱヘディングするのは痛そうで怖い。だからオレは1回目のチャレンジで見事に空振りしちゃった。

「ケント! ビビってんじゃねぇ! こんないいボールめったにないのによ!」
 センタリングを上げたリョウがにやにやしながら文句を言う。

「ビビッてねぇし! てかいきなり来るんだからしょうがないだろ!」

 本当はビビってたけど、強がっておかないと俺がビビりだってクラスのみんなにすぐ伝わっちまう。それで、ビビりだからっていじられキャラになっちゃうんだ。

「もー飛ばすなよ」と、ぶつくさ言いながらアユムは草むらのほうにボールを拾いに行く。少したってからアユムは戻ってきたが、サッカーボールは持ってなかった。

「お前ら来い! やべぇもん見つけちまった」

 オレ達はその言葉に興味を示し、草むらの中に入っていった。

 ぐしゃぐしゃになった雑誌だった。表紙はやけに肌色の多い大人の女の人が映っている。そう、エロ本だった。今まではコンビニで、ジュースを選ぶふりや、店内を散策するふりなんかしてチラチラ見るくらいしかできなかった。それなのに、ちょっとくしゃくしゃだけどこうして目の前にある。

 なんだかとてもドキドキして、体がフワフワ浮いている感じだった。普通なら、リョウタは、「アユムはスケベ! 変態!」と叫ぶところだったけれども、リョウタも静かだった。沈黙が流れる中、アユムがその雑誌に手を取り、「いくぞ」と言った。その瞬間勢いよくページが開いた。

 一瞬、クラスの女子や隣のクラスの若い女の先生の中村先生は絶対やらないような感じで股を開いている女の人が見えた。しかも、下着も水着もしてなかったように見える。

 でも、よく見ようとした瞬間、アユムが「キモイ!」と投げ捨ててしまった。

「こんなキモイの大人は見るとかマジやべぇわ。おえー」

 リョウタもアユムに続いてそう言い、近くにあったサッカーボールを拾い上げ、コートに戻った。それでオレは正気に戻った。

 そうやって俺たちはエロ本を見つけたんだ。その時は、オレは正気に戻ったと思ってたけど、正気に戻ってなかった。一瞬みたあの裸の女の人の写真をもう一回見たい、ほかのページも見たい。帰りにチャリを漕ぎながらそこのことしか考えられなかったんだ。だから戻って取りに行こうかとずっと考えちゃったんだ。

 でも、取りに行って皆に見られたらどうしよう。俺はずっとヘンタイだって言われちゃう。それに、いくらオレんちの門限が緩いって言ったって、さすがにここまで遅くなっちゃうと怒られるかもしれない。

 それに、持って帰ったとしても、どこに隠せばいいんだ。落ちててぐちゃぐちゃで汚かったから隠すのも難しいし、汚いから俺の机のロッカーに入れるのも難しい。そうなるとやっぱ持って帰れない。大丈夫、リョウタもアユムもきもいって言ってた。だから、あそこに行けばいつでもエロ本を読めるだろう。俺はそう思って昨日は帰ってしまったんだ。

 でも、授業受けててもどうにもならないから今日はやっぱエロ本を回収しに行こう。そう思ったんだ。でも、今日は金曜日。金曜日は授業が4時間目までしかない。だから、今日は河川敷でみんなとサッカーをやることになっちゃったんだ。

 河川敷では俺とリョウタとアユムだけじゃなく、なんと22人も集まった。ちゃんとしたサッカーの試合ができる。体育の時間とは違って時間制限はないし、仲が悪いやつとかやる気ない奴はいない。ずっと楽しく試合ができる。ずっとやりたかったことだったんだ。いつもならわくわくするはずだ。俺は、これをやるのをずっと望んでたから、毎日モリリン達に声をかけてたんだ。

 でも、それなのに今日はちょっとうれしくない。やっぱ昨日のあれのせいでおかしくなってしまったんだと思う。今まではあんなにずっと、サッカーやりたかったのに今日はちょっと、早く終わってほしいって考えちゃってる。そんなことを思ったその時だった。

「ケント! 昨日の成果を見せるときだ!」

 リョウタの声が聞こえる。ボールは目の前にあった。俺の顔面にボールが直撃してしまった。それでボールはそのまま、コートの外に行ってしまった。

「おい! だいじょうぶかよ!」

「すまん、しくった。次決めるからまた頼むわ」

「そうじゃなくって、お前、鼻血出てるぞ!」

「え?」

 リョウタに言われ、鼻の下をさする。すると、手の甲に赤く鮮やかな液体がべたっとついていた。

 鼻血を止めるためいったんコート外でティッシュを鼻に詰めていると、クリアしたボールがこちらに飛んできた。そのままバウンドして草むらの中に入っていった。

 あの草むらだ。

 あのエロ本が見つかった草むら。

「オレ、取ってくるわ」
 反射的に声が出た。なぜか少しドキドキしている。

 ボールを見た時、胸の高鳴りがさらに大きくなった。ボールの真横にエロ本が落ちていた。

 どうしよう。今ここで見てしまおうか。でも、みんなが待ってる。でも、今日ずっとほしかったんだ。これを逃すとサッカーに集中できないかもしれない。そうだ。服に隠そう。それでボールを渡してこっそりカバンに入れればいいじゃないか。でも、もしばれたら。ああどうしよう。時間がない。時間をかけてると、リョウタとアユムにばれてしまうかもしれないでもどうしても欲しい。オレは手を伸ばした。それはボールへなのか、エロ本へなのかわからなかった。

 5時のチャイムが鳴った。皆は帰る時間だ。オレとリョウタとアユムはまだ門限じゃない。だけど、「みんなも帰るし俺も帰る」とアユムが自転車にまたがったので俺もそれに従うことにした。そうなると、リョウタも一緒についてくる。

 オレは正直それがありがたかった。だってそっちの方がばれる可能性は低い。そう。みんないなくなってからエロ本をとりに行く方がリスクが少ない。オレはあの時、エロ本は手に取らなかった。やっぱ、あそこでばれてしまうことを考得たら、さすがに手が出ない。だってあの場でばれちゃったら学年中に広まっちゃう。やっぱり皆からヘンタイって言われるのはいやだ。

 アユムは俺とリョウタとは方向が違ったから神社で先に別れた。そのあと、リョウタと別れると、俺は超本気でチャリを漕ぎだした。

 もちろん河川敷のほうだった。もう、脳内は妄想でいっぱいだ。おっぱい、おまた、あのエッチなポーズ。ひたすら走った。河川敷についた。やっと見れるとボールが落ちた場所に向かう。どんどん心臓がバクバクしていって、足がフワフワしてくる。ついに、エロ本を見れる!

 ボールがあった場所を見た。しかし、あるはずのお宝はそこにはなかった。

 呆然としながら自転車をだらだら走らせた。いつも通りの道を帰っていると、神社にアユムのチャリが止めてあるのが見えたんだ。それで、ちらっと境内を見るとアユムがいた。でも端の方でしゃがみ込んでいた。

 そうか。アユムがとっていったんだ。俺はちょっと感心してしまった。だって、アユムはそんなエロ本を読みたいなんて気配を出さなかったんだもん。だから、俺だけがねらっていると思った。やっぱ、そういう感じじゃないとエロ本を隠れてゲットできないのかもしれない。

 でもやっぱり悔しい。あんなに欲しかったのに、目の前でかっさらわれた。もし、さっきエロ本を手にしていれば、どうしてもそのことが悔やまれる。

 ああ、どうしたらよかったのか。やっぱりあの時、ボールじゃなくてエロ本を取っていたら。イヤ、それじゃ一緒に狙ってたアユムにばれる。ああ、何かうまい作戦を立てられれば良かった。アユムみたいに。

 それにオレには何度もチャンスがあった。今日もそうだし、昨日帰る時もそうだ。チャンスといえばヘディングシュートだってそうだ。あれも、チャンスだった。逃してしまった。それから先は似たようなシチュエーションにはならなかった。

「そっか。逃しちゃダメなんだな」

 オレは、アユムのチャリの隣に俺のチャリを止めて境内に進んだ。そう、次のチャンスは今なんだ。

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